早田ひなが織りなす、究極の女子卓球。生み出された「リーチの長さと角度」という完璧な形

2023全農CUP東京大会。女子シングルスでは早田ひなが圧巻のパフォーマンスで優勝を飾った。決勝戦の相手は、長年のライバルにしてダブルスの相棒でもある伊藤美誠。この試合を4-0という圧巻のストレート勝ちで決めた。早田を“無敵のゾーン状態”にまで導いている要因は何か。そこには、「リーチの長さと、それを生かしたコース取り」という、もともと持っていた武器を余すところなく使いこなせるようになった、大きな進化があった。

(文=本島修司、写真=西村尚己/アフロスポーツ)

「これが入っていても返球できていた」と思わされる完璧な動き

勝利への執念が違った―――。

7月23日に行われた全農CUP、伊藤美誠との決勝戦。早田は1ゲーム目から、相手を左右に揺さぶりながらも、自身も左へ右へと素早く動く卓球を展開。

8-4としてからの1本では、フォアに大きく動かされ、続いて、バックに強くミートを打たれるが、目にも止まらぬような動きで左右のフットワークを使い対応して、全て返球している。このゲームを象徴するかのような一本だ。

足と、体が、しっかりとボールに間に合っている。そのままこのゲームを勝ち切る。2ゲーム目。3-6とリードされた場面では、伊藤が連続した「ミドル攻め」を披露。ピッチも速く、本当に良いボールだが、早田はこれもバックハンドでしのぎきる。

このゲームは、巻き込みサーブをフォア側から出すなど、伊藤の創意工夫と巧さが見られ、一度は4-9まで追い込まれるが、フォアの連打で5-9、逆チキータを打ち返して、6-9と、差を詰めていく。そして8-10からはリーチの長さを生かしたフォアハンドをたたき込んだ。ジュースに持ち込むと、体を流すようにして、シュートドライブを決めて、11-10と逆転。次のラリーではカーブドライブをフォアクロスに叩き込んだ。

とにかく、リーチの長さがあるぶん、角度がつきすぎて、サイドを切るようにして伊藤の台に入っている。「リーチの長さと角度」が、最高の形で混ざり合っているようだ。

2ゲーム目を勝ち切り、3ゲーム目。伊藤は、再び早田のミドルへ攻撃を放つ。早田のリーチの長さを封じる、またしても最高のコース取りで、3-0からの一本ではこのボールが決まった。これにはさすがの早田も「このコースを押さえるんだ」という“スイングの見直し”の仕草を見せる。

そして、早田は再びミドルを攻められないように、伊藤を左右に振りながら、突き放していく。7―2から8ー2への一本では、伊藤がミドルを狙ってミスになったボールにさえも、体を間に合わせるように動いて、スイングだけはしている。「もしこれが入っていても返球できていた」。そう思わされる完璧な動きだ。そのまま早田が勢いに乗り、このゲームも取ることになる。

間違いなく二人とも強い。伊藤美誠と早田ひなの駆け引き

決して、伊藤の調子が悪いわけではないのだ。それでも早田を崩せない。それほどまでに、今の早田には凄味がある。

4ゲーム目。伊藤は、これまでのゲームより、さらに前陣に張り付いて速攻卓球を開始。台に張り付くことで、伊藤自身の持ち味を生かす作戦だ。0-1からの一本では、前陣バックミート。これを強烈に速いタイミングで放ち、早田を打ち抜いた。4-3からも同じようなバックミートを、連打で繰り出して得点。このあたり、伊藤の持ち味は十分に出ている。

しかし、この一連のラリーが、さらに早田の闘志に火をつける。

5-6から6-6へ追いつく場面では、早田が得点と同時に絶叫。溢れるような闘志も、ハンパなものではない。7-6の場面では、激しい打ち合いの中に、ループドライブで緩急をつけた。伊藤はここから、「みまパンチ」と呼ばれるコンパクトに振るスマッシュを連発。ジュースへ持ち込む。

こうして何度も何度も、「今日はもうダメか」と思われる場面から食い下がっている伊藤の姿からは、近年ささやかれた「不調」という言葉が消えつつあるように感じる。準決勝では、今シーズン絶好調の平野美宇を振り切って勝ち上がってきた。その直後の疲労もある中での決勝戦ということも加味すれば、今の伊藤は「再び強い“大魔王”に戻ってきている」ように感じる。

試合を決めたこのゲームは、長い競り合いの末に、16-14で早田が勝ち切った。間違いなく二人とも強い。しかし、その中での4-0という現実。そこには、「隙のない早田」という言葉が似合う、究極の女子卓球ができ上がっているように感じられた。

今シーズン、すでに披露されていた「緩急をつけたボール」

思えば、5月に開催された世界卓球において、早田は世界ランク3位の中国が誇るトップの一角、王芸迪に競り勝っている。“歴史に残る死闘”といわれたこの試合は1時間15分を超え、フルゲームの末に早田が勝ち切った。

この時から、早田は「ゆるいボール」を駆使していた。

今までにない、まったく新しい早田のスタイルが完成した瞬間だった。この王戦では、2ゲーム目でリードを奪って以降、わざとだと思えるタイミングで「ゆるいボール」を挟んだ。

特にバックミートの打ち合いで、ゆるいボールを挟むシーンが目立ち、これに世界トップクラスの王が、前のめりになったり、戸惑ったりする形で失点を重ねた。

どんどん「早田が点数を取れるパターン」が増えていった。この、良い意味での“意外な姿”に、世界中が驚かされた。

きっと誰もが、世界最高峰のラリーが展開されるはずと思っていた試合。その予測を違う意味で裏切る「ラリー戦に持ち込みすぎない」ような、技巧派・早田の新スタイルがさえ渡った。

歴史的一戦となったあの試合で、早田は「一つ違う領域に入っていた」のだ。

“完璧な女子卓球の形”が生まれた瞬間

そして、今回の全農CUPだ。伊藤との前に対戦した準決勝の相手は、絶好調の19歳、大藤沙月だった。この試合でも、早田は何度か追い込まれるシーンがありながら、振り切った。

だが、そのたびに決まるのは、長いリーチを生かしてのフォアドライブ。しかもそれが、角度がついてストレートに決まる。次はクロスにも決まる。その繰り返しによるものだった。

もともと早田には、生まれ持ったリーチの長さというストロングポイントがあった。幼少期からの卓球人生の中で、試行錯誤が繰り返されて、まず、最初に身についたと思われる武器が「男子のようなドライブ」だった。これには、「男子化」を掲げる中国の選手とも互角以上に戦えるのでは、と思われた。

その後、苦しい時期も経験した。東京五輪では代表落ち。サポートメンバーに回った。その悔しさをバネにして、快進撃が始まった。そしてたどり着いたのが、2023年の世界卓球。王に勝利しての3位獲得だった。

男子のようなドライブ、そこに緩急という武器が加わった。

さらにそこに加えて、「第3の武器」といえる長いリーチを生かしたドライブに強烈な「角度」まで加わったのが、今回の全農CUPの決勝戦だったように思う。衝撃的な強さだった。

目指す頂は、ただ一つ。中国の全選手撃破

ライバルの伊藤美誠も、ハリケーンと称される速攻卓球が完全に蘇っている平野美宇に逆転勝ちで決勝までたどり着いた。大変な試合が続いていたが、早田との試合ぶりを見ても、完全復活に近い状態になっているといえるだろう。

そこを、ストレート勝ちで仕留めた。これは、早田ひながパリ五輪代表争いでのポイントが示す通りに「頭一つ抜けた」ことを意味する。

さらに戦術として、特筆すべき点がもう一つある。伊藤美誠は、バックハンドに「表ソフトラバー」を貼っている。定石通りなら、早田は表ラバーの“泣き所”となる、「強めの下回転サーブを、表ラバーの方に出す」という戦法を使うところ。

しかし、早田は伊藤のフォア前にサーブを集めていた。伊藤は、時折、逆チキータも混ぜていたとはいえ、基本的にはフォア側の裏ソフトラバーでストップやツッツキをしたり、フリックをしたり「普通の卓球」をする形になった。

そこを、フリックやチキータで「打たせて」から、早田はカウンタードライブを入れた。あまりにも冷静に、まるで「バック表ラバーへの下回転サーブ」は封印するように。

試合後、伊藤美誠は「歯が立たないくらい強かった」とコメントしている。

「打倒、中国選手」から「中国“全”選手の撃破」へ。

付け入る隙がなくなった今、早田ひなの夢は、さらに壮大なものへと描き直されているのかもしれない。

<了>

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