「首相経験者に聞く」①森喜朗さんが語る岸田政権「僕は86歳、マイナカードは高齢者の不安に目を向けて」

インタビューに答える森元首相=7月4日、東京都内

 岸田政権が発足して10月で丸2年を迎える。当初は安定した内閣支持率を維持したが、昨年7月の安倍晋三元首相銃撃事件を機に、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党の関係、安倍氏国葬などが批判を浴び、支持率は下落。その後、先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)でいったん持ち直したものの、マイナンバーカード問題の続出などで、再び低迷する。
 この7月に86歳になった森喜朗元首相は、同じ早稲田大卒業の岸田首相誕生を喜び、折に触れて激励してきた。政権のご意見番的存在に、首相の政権運営はどう映るのか。「聞く力」を掲げる首相の課題を挙げてもらった。安倍派の後継会長選びの行方も聞いた。(共同通信=橋本昌明)

インタビューに答える森元首相

 ―岸田首相の政権運営をどう見ているのか。
 「安倍さんと違い、ソフトに物事を進めるタイプだね。安倍さんはハードに進めるタイプだった。岸田さんは分かりやすい語り口で人気が出たでしょ。素人っぽくて。ところが難しい問題が増えるにつれ、だんだんと彼の特長がなくなり、官僚が書いた文書を読むようになった。ここはちょっと岸田さんも考えなきゃいかん。ぜひ自分の言葉で説明してほしい」

 ―重要政策を国民的な議論がないままに、いつの間にか決めているという印象だ。
 「仕事するのはいいが、政権が取り組むメニューが多すぎる。解決したのは半分もないよ。例えば少子化対策。『異次元』という発想は良かったが、厚生労働省が喜ぶような中身を発表しただけじゃないか。なぜ若い人が結婚しないのか、子どもをつくらないのかが問題なはずだ。役人に任せて、役人向けにしゃべって、役人が後処理している。ふたを開けてみたら大したものじゃなかった、ということが続くと、支持率は下落してしまう」

記者会見で「こども未来戦略方針」について説明する岸田首相=2023年6月13日、首相官邸

 ―例えば防衛費増額に伴う増税には説明不足との声がある。
 「安全保障関連法など防衛議論をけん引した安倍さんの遺志を継承し、防衛力強化に取り組んでいる。防衛増税については人間岸田としてね、岸田さんらしい言葉で『国民の皆さん、協力してください』と語りかけるべきだな」

 岸田内閣の支持率は続落している。共同通信世論調査では、5月のG7広島サミット直後に47・0%まで上がったものの、直近の7月14~16日の調査では34・3%まで落ちた。秘書官だった長男翔太郎氏の公邸写真問題に加え、マイナンバーカード問題の続出が影響している。

 ―マイナカードを巡る混乱が続く。
 「僕は、森内閣でIT基本法を成立させた張本人ですよ。今はデジタル化時代。慣れれば、確かに便利なものなんだろう。自動車だって、交通事故で犠牲者が出ても『車をなくせ』とは誰も声を上げない。なぜかと言えば便利だからだ。日本のデジタル化の遅れを象徴するのがマイナカードであって、普及へ思い切った首相は勇気があると思う」
 「だけども80歳、90歳のじいちゃん、ばあちゃんのことも考えてほしい。僕は86歳。今だってスマホを持ってないよ、よく分からないから。マイナカードは持っているが、女房に任せきり。年寄りにとっては、健康保険証が一番の心の支えですよ。マイナ保険証と言われても、ますますややこしくて。ここの不安にもっと目を向けてほしい」

健康保険証の代わりにマイナンバーカードを利用する読み取り機=2021年10月、東京都内の病院

 岸田首相は安倍内閣で外相を約4年8カ月間務め、国際的な人脈も持つ。例えば中国外交トップの王毅外相兼共産党政治局員、イギリスのジョンソン元首相は、同時期に外相を務めた間柄。首脳外交にも自信や思い入れは強いようだ。ロシアのウクライナ侵攻が長期化し、政権にとって外交の重みは増している。

 ―G7広島サミットの評価は。
 「成功ですよ。唯一の戦争被爆地である広島で平和を説いた。核兵器を使わないと申し合わせるのに最適の場所だったね。それ以外のことをする必要はなかった。なんでウクライナのゼレンスキー大統領を参加させたのか。G7が中国、ロシアの対抗勢力みたいになるのは、まずいんじゃないのかな」

世界遺産・厳島神社からの景色を楽しむ岸田首相(中央)らG7首脳=5月19日、広島県廿日市市の宮島

 ―森氏の首相就任の翌月、ロシアのプーチン大統領が就任した。プーチン氏との親交は長い。
 「昔からプーチンは、北大西洋条約機構(NATO)の存在をすごく気にしていた。会うたびに『ソ連解体後、ロシアは日米と同じ価値観を持つようになったのに、なぜポーランドやハンガリー、ルーマニアはNATOへ加盟するんだ』と」

 ―岸田首相は7月、昨年に続いてNATO首脳会議に参加した。
 「NATOに日本が入っちゃっているでしょ。あれは北大西洋の軍事同盟。日本は太平洋なんだからね。あっちの軍事同盟とは関係ないんだ」

母校の早稲田大で講演し、校歌を歌う岸田首相(左)=6月18日、東京都新宿区

 森氏は早稲田大時代に雄弁会に入り、自民党の青木幹雄元参院議員会長、小渕恵三元首相ら人脈を築いた。岸田首相は雄弁会ではないが、早稲田大の同窓。森氏も折に触れて助言を求められ、後輩の活躍に期待する。

 ―早稲田大卒の首相が誕生した。
 「6月に首相が早稲田大で講演したのを聴いたが、大観衆の割には学生から一度も拍手が湧かなかった。東大受験に3度失敗したエピソードを紹介していたけれど、母校で話す話題じゃないね。『私は東大を目指したけれど落ちた。でも今、早稲田大で学んだおかげで、このような歓迎を受けた』と感謝の気持ちを話せば、人間性があふれ出てもっと良かったんだよ」
 「僕が首相の時、役所出身の秘書官は4人しかいなかったけど、今は7人いるでしょう。役人にあまりに縛られると官僚発言になってしまう。もう少しスピーチに気を付ければ人気は高まる」

 安倍元首相が銃撃事件で死去して1年。自民党安倍派(清和政策研究会)はかつて森氏が率いた派閥だ。現在100人が所属する党内最大派閥でありながら、安倍氏の後継会長をいまだに決められずにいる。森氏は、有力メンバーを「5人組」と称した生みの親。定期的に相談を受けつつ、行方を心配する。

自民党安倍派有力メンバー「5人組」。左から高木国対委員長、萩生田政調会長、世耕参院幹事長、西村経産相、松野官房長官=7月6日、東京・永田町の党本部

 ―安倍派の現状をどう見るか。
 「岸田さんを支えるというのが安倍さんの遺志だ。銃撃事件後、会長ポストが空席のまま中堅、若手は1年間我慢してきた。高木毅国対委員長、松野博一官房長官、西村康稔経済産業相、萩生田光一政調会長、世耕弘成参院幹事長の有力者『5人組』は仲が悪いわけじゃない。でも、お互い譲り合っているところがある。これじゃ、責任と自覚がないと言われてもしょうがない。いつまでもぬるま湯に漬かり、何の結論も出さないなら烏合の衆だ。人事をちゅうちょなく、果断にずばずば決めていた泉下の安倍さんが現状を知れば怒るに違いないな。高木氏は派閥事務総長。『決断するので一任願いたい』と言えばいいんだよ」
 「安倍さんの父晋太郎元外相が急逝した時も、三塚博元蔵相と加藤六月元農相が跡目を争う『三六戦争』があった。わが清和会からは加藤氏ら派閥を抜けた人がたくさんいるが、幸せになった人はいない。そういう歴史に学ばなきゃいけない」

自民党安倍派パーティーであいさつを終え、森元首相(中央右)に話しかける岸田首相=5月16日、東京都内のホテル

 ―岸田首相が率いる岸田派(宏池会)との違いは。
 「あの派閥は大蔵省(現財務省)か東大を出た人間じゃないと偉くならないお公家集団。岸田さんも修羅場をくぐり抜けていない。岸田さんのそばには党内全体に顔が利く人が誰もいないから、宏池会出身で谷垣グループの遠藤利明さんに相談するよう推薦したんですよ」

 銃撃事件後、安倍派は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係が取り沙汰された。

 ―旧統一教会との接点はどうだったのか。
 「安倍さんの祖父岸信介元首相は、韓国内で北朝鮮との対立が強まり、対共産主義戦略として、教団の政治団体『国際勝共連合』と付き合っていただけだと思う。政府は教団による社会問題で、宗教法人法に基づく質問権を行使している。早く結論を出さないと政権の足手まといになるだろう」
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インタビューに答える森元首相

 もり・よしろう 2000年4月~01年4月に首相。文部相や通商産業相、自民党政調会長、幹事長を歴任した。日本体育協会会長や東京五輪・パラリンピック組織委員会会長も務めた。86歳

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