“ウィスパー・ヴォイスの妖精”ブロッサム・ディアリーの未発表音源を27曲収録した奇跡の発掘盤

キュートな歌声と確かなピアノ・テクニックによる弾き語りで1950年代から活躍を続けた「ウィスパー・ヴォイスの妖精」、ブロッサム・ディアリー(1924~2009)。その演奏は若きビル・エヴァンスなど多くのジャズ・アーティストに影響を与え、マイルス・デイヴィスからは「ソウルを持った唯一の白人女性」と評された伝説的なミュージシャンズ・ミュージシャンで、ノラ・ジョーンズやファイスト、カイリー・ミノーグなどが彼女の楽曲をカヴァーするなど今なお多くのファンに愛され続けている。

<YouTube:Long Daddy Green

そんな彼女が1966~70年にロンドンのフォンタナ・レーベルに残した未発表音源を27曲収録した奇跡の発掘盤『フィーリン・グッド・ビーイング・ミー』が7月26日にリリースされた。今回はその中から、ジェミー・スミスによるライナーノーツを僅かだが抜粋してお届け。彼女がなぜロンドンに渡っていったのか、その理由を少しだけ垣間見ることが出来る。

プロローグ

ブロッサムは昔のことをあれこれ書かれるのが嫌いだった。バイオグラフィーに記されるのは“陳腐な”ストーリーばかりで、過去のイメージが付けば逆効果だ。そのため、ブロッサム・ディアリー の人となりを深く知るには、幼少期の話を飛ばして現在から始め、すぐにその先の話をする必要がある。しかし、1966年初頭に行われたロンドンを代表する老舗ジャズクラブ、ロニー・スコッツ でのライブ録音や、その後10年におよぶロンドンでのレジデンシー公演、そして、その間に制作した4枚のアルバム(いずれもロンドンにてレコーディング)といった活動がなければ、現在や未来の彼女はなかっただろう。ミス・ディアリーには申し訳ないが、ここではブロッサムとジャック・シーガルが共に作った曲に出てくるような彼女の過去について少し触れようと思う。

 ブロッサム・ディアリーとロンドン 長年にわたる遠距離恋愛

 世界にその名を轟かせる以前のブロッサム は、アメリカの野心家たちがこぞってそうしたように西部へと向かおうとした。目指すはハリウッドにあるキャピトル・レコード だ。だが、その目論見は失敗する。当時は、ビートルズ の全盛期だった。ラジオの放送枠やレコード店の棚はビートルズ一色で、レコード購買層の音楽の嗜好が変わっていったのだ。1964年にブロッサムがリリースした当時最新のLP『May I Come In? (メイ・アイ・カム・イン ?)』 (キャピトル・レコード)も、ビートルズの陰に隠れ、 たいした反響を呼ぶには至らなかった。

数年後、ビートルズに取って代わった新星アーティストの存在は、さぞかし彼女の慰めになったことだろう。あの当時の自身の心情を「Discover Who I Am (ディスカヴァー・フー・アイ・アム) 」という曲で、「遠い昔、進むべき道がはっきりしていて笑いながら走っていたのに、あの時あった明確な道はいつなくなってしまったの?」と歌っている。1950年代 に海外で成功を手にしたものの、この頃の彼女はどことなく喪失感やプロのミュージシャンとしての先行きの不安を感じていたようだ。そして、友人のアニー・ロス からの誘いを受け、ブロッサムは東方へ向かうことを決心する。彼女はロンドンの音楽業界に根差した活動を模索しようとしたのだ。

<YouTube:Discover Who I Am (B-Side)

彼女はいつも身軽で、書き留めていたちょっとしたメロディやナイトクラブではちょっと珍しいピアノスタイルといったものを少し用意するだけだった。彼女のピアノ奏法は当時のナイトクラブではあまり見ない独特のスタイルだった。魔法のような抜け目ないユーモアのセンスあふれる演奏は聴衆を魅了し、デイヴ・フリッシュバーグ やジョン・ワロウィッチ などの友人が書いた曲だけに絞った演奏がショーの目玉となった。

こうしたことが、すぐに彼女のミュージシャンとしての方向性を決める大きな要素になった。彼女が書き留めたメロディが楽曲として発表され、そして、ブロッサム・ディアリーの音楽となる。こうして彼女の人気はロンドンで火がつき、これが後に世界中で演奏活動をする足掛かりとなった。彼女の少し変わった奏法が、後に彼女の地位を不動のものとするのだ。彼女は、ミュージシャンに畏敬の念を抱かせる“ミュージシャンのミュージシャン”と評される存在になる。

Written By ジェイミー・スミス
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【リリース情報】

ブロッサム・ディアリー AL『フィーリン・グッド・ビーイング・ミー』
7月26日(水)発売 UCCU-1671/2 2SHM-CD ¥3,520(税込)
https://Blossom-Dearie.lnk.to/FGBM

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