二度三度来たくなる観光地作り コロナ禍で見つけた3つの宝(その2)

大分県の湯布院町湯平温泉にある小さな旅館「山城屋」が、コロナ禍を経験して見つけた大切な宝物。そして、これからますますグローバル化する観光業界の取り組むべき課題について回を分けてご紹介します。

人が動かなければ物を売ろう

これまでの宿泊業に加え、「日帰り温泉」と「ランチ」を始めた当館ですが、コロナ禍で「人流の抑制」が声高に叫ばれる中、旅館への集客は依然として厳しく、売り上げはそうそう元に戻るものではありませんでした。

そこで私たちは、さらなる一手を打つ必要に迫られました。

これまでのただ「待っている」営業ではなく、こちらから何か仕掛けられるものはないだろうか?

そう考えたときにふと頭に浮かんだものは、「人が動かなければ物を売ろう」という新たな営業スタイルです。

とはいえ、何か「旅館山城屋」に関する商品と言ってもこれというものが思いつかず、何を売るかが問題でした。

おそらく、今回のような不測の事態でも起きなければ、このような試みは考えもしなかったことでしょう。

しかしながら、この「コロナ禍」だからこそ与えられた「チャンス」として捉え、私たちはこの新たな取り組みにあえて挑戦してみることにしました。

そこで見つけたものが、「三つの宝」の第二の宝となる「大女将秘伝の味噌」だったのです。

「茄子の味噌田楽」は大女将秘伝の味

どこの旅館でも「自慢の料理」というものがあると思います。

常連のお客様が、「あの味が忘れられない」「またあの味を食べたい」と言ってくれるお料理です。

当館にとっての自慢の料理は「茄子の味噌田楽」でした。

素揚げした茄子に、当館の大女将(後藤幸子)が50年来作り続けた秘伝の甘味噌をかけたものですが、これまで国内外を問わず多くのお客様に喜んで召し上がっていただきました。

この「秘伝の味噌」こそが、当館の「強み」であり、これを商品化できないかと考えたのです。

秘伝といっても材料はシンプルに、地元産の白みそに砂糖・みりん・酒を加えて火にかけ、じっくりと煮詰めることによって完成します。

出来上がった味噌は甘さ加減が絶妙で、前述の茄子だけでなく、あらゆる「天ぷら料理」にも合いますし、湯平温泉の朝の定番ともいえる「ピーナッツ豆腐」にかけると、もはやスイーツといえるほどのおいしさです。

作り方はいたってシンプルなのですが、実はこれを大女将以外の人間が同じように作れるかというと必ずしもそうではないのです。

その違いは、それぞれの調味料の配分であるとか、煮詰める火加減の微妙な調整と混ぜ具合など、大女将が50年間作り続けた「感」による部分が非常に大きいからです。

これを商品として量産化しようというのですから、並大抵のことではありません。

先ずは、大女将の秘伝の味を忠実に再現するための「レシピ作り」に取り掛かり、そのレシピ通りに作っていただける工場に依頼、試行錯誤のうえ「大女将」が納得できる味として完成したときは既に半年が経過していました。

大女将とスタッフ## 「越境クラウドファンディング」への挑戦

完成した商品を販売するために、当初は国内市場を想定して「自社ECサイト」を立ち上げました。

「自社ECサイト」は旅館山城屋の公式ホームページの中にリンクで紹介していますが、FacebookやインスタグラムなどのSNSとも連携しています。

この連携とは、それぞれのSNSに商品に関する投稿をした後、その投稿した写真に「タグ付け」という方法で「自社ECサイト」へ誘導する仕組みです。

SNS自体は無料で作成出来ますので、この方法はお金のかからない広告宣伝としてとても有効なのでお勧めです。

実は、このSNSを通じて「大女将秘伝の味噌」のPRを始めて2カ月程した頃、突然、外国の方から写真付きのメッセージをいただきました。

それは英語で書かれていましたが、次のような内容でした。

「私はかつてあなたの旅館に泊まったことがあります。あなたの旅館は九州で一番好きな場所です。去年はコロナだったので日本には行けませんでした。あなたの旅館が本当に恋しいです。だから私はこの味噌を注文してタイでずっと過ごします。私はあなたにとてもおいしいと言いたいです。」

そのメッセージの送り主はなんと、以前当館にご宿泊いただいたことのあるタイ人のお客様だったのです!

私は大変うれしく感じるとともに、この時からお味噌の販売について、本格的な海外進出を考えるようになりました。

そうした中、私は偶然にも、ある耳寄りな情報を入手したのです。

それは「越境クラウドファンディング」というものでした。

クラウドファンディングは、昨今、金融機関からの借り入れとは異なる新しい資金調達として広く知られるようになっていましたが、私がそのとき初めて知ったのは「越境」、つまり主に海外へ向けての資金調達という方法だったのです。

しかも、一般的に「リワード」と呼ばれる「返礼品」も海外へ送ることになるので、まだ知られていない商品そのものを海外へ届けることも可能となるのです。

運営会社の方へ相談した際に最も印象的だった言葉がありました。

「クラウドファンディング(購入型)は、支援者に対してリワード(返礼品)を送るため短期的な販売活動と思われますが、これを単なる販売と捉えると間違っています。この期間に、どの国の人が、どのようなモノやサービスに、どれだけ関心を持たれたかということを知るためのマーケティングリサーチなのです。」

私は、まさに「これだ!」と興味を示し、早速、そのプロジェクトに取り組むことにしました。

世界中から意外な反響

私は「越境」どころか、国内のクラウドファンディングでさえ未経験でしたが、あらかじめ用意された入力フォームに沿って必要事項を入力する作業はさほど難しいことではありませんでした。

大事なことは、「なぜこのクラウドファンディングに挑戦するのか?」という挑戦者自身の「熱い思い」を、いかに簡潔にかつ分かりやすく表現するかということでした。

支援の募集対象は多言語で全世界ですから、実質的に世界中どこからでも参加できる仕組みです。

私は、「リワード」(返礼品)の種類はできるだけ多い方が良いというアドバイスをいただいたので、主力商品である「大女将秘伝の味噌」の各種類に加え、旅館山城屋の「三年間有効宿泊券」や調理方法を紹介する「動画のライブ配信」など計10種類のリワードを用意しました。

なかには、「旅館山城屋一棟丸ごと貸切券」という半分冗談のようなリワードも用意しましたが、果たしてどこの国の方がどのリワードに興味を示してくれるのかとても楽しみでした。

クラウドファンディング

資金調達の目標金額を30万円、募集期間2カ月で開始した私たちのクラウドファンディングは、募集開始後、なんと18日目で早々と達成してしまいました!

目標達成後も、期間中続々とご支援をいただいたのですが、対象が全世界ということで、その支援は国内だけではなく海外からも数多く得られ、最終的に達成額は734,000円(対目標244%)で128名の支援となりました。

国ごとにみると11カ国からのご支援です。

日本発のクラウドファンディングなので、当然、その内訳は日本国内からの支援者が一番多く38件でしたが、二番目に多かった国は意外なことにアメリカからの35件でした。

また、このコロナ禍にもかかわらず、「旅館山城屋三年間有効宿泊券」を求める方が遠くフランスやアメリカからも現れたことに大変驚くとともに、提供する私たちでさえためらった「旅館山城屋一棟丸ごと貸切券」も完売してしまったのです!

「コロナが落ち着いたら、あなたの旅館へ必ず伺います」

「一緒にコロナを乗り越えよう。頑張れ!(加油!)」

そんなメッセージを数多くいただいて涙が出るほどうれしく思うと共に、家族共々大いに勇気づけられました。

何事も一歩踏み出すまでは何が起こるかわからないものですが、私は、このクラウドファンディングに初めて挑戦して本当に良かったと思いました。

おかげで、私たちが作る「大女将秘伝の味噌」は、世界中に一定数の需要があることが証明される結果となったからです。

「偶然は準備のないものには微笑まない」

まだまだ取り組むべき課題は山積ですが、これまで「やるかやらないか、やるならとことん」の精神で取り組んできたインバウンド事業と同様、この「大女将秘伝の味噌」も先ずは「とことんやってみよう」と思っています。

私の好きな言葉に「偶然は準備の無いものには微笑まない」というものがあります。

これは、細菌学者のパスツール(1822~1895年)の言葉です。

ある日突然、狂犬に噛まれた少年が担ぎ込まれたのですが、パスツールは狂犬病の原因がウイルスであることをあらかじめ突き止めてワクチンを作っていたため、この少年にワクチンを接種して回復させることが出来たといいます。

ことわざは、このことでパスツールの研究が広く認められたことに由来していますが、一見、偶然に見えることも、精一杯の準備を日頃から行っているからこそ起こるものと言えます。

日本の地方にある小さな旅館が作り続けてきた「秘伝の味噌」ですが、その対象が世界となった場合に、いつどこでブレイクするかもわからないと信じています。

私たちは、その日のために今は地道に準備を続けているのです。

寄稿者 二宮謙児(にのみや・けんじ)㈲山城屋代表 / (一社)インバウンド全国推進協議会会長

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