議論が「誰が一番愛されていたか」になったらキケン−−相続が泥沼化する典型例とは

夏と言えば、お盆休みを利用して墓参りをしたり実家に帰省したりと、普段は離れて暮らしている家族が実家や祖父母の家に集まったり、親戚一同と顔を合わせる数少ない機会ではないでしょうか。

そんなとき、終活についての話題が祖父母や両親から出てくることも、最近ではそれほど珍しくないと思います。子どもの方から「近くに引っ越してこない?」と提案したり、「家の片づけをした方がいいんじゃない?」と提案したりすることもあるでしょう。世間話のつもりのちょっとした会話から、深刻な相続問題に発展することも珍しいことではありません。

お金が絡むと、親しい親族同士でも揉めてしまい、なかには「相続が争続になった」という話も聞きます。今回は、実際に法定で争われた2件の相続問題から、トラブルを防ぐにはどうすればよいか考えていきたいと思います。


【事案1】気づかれないと思っていたのに……

とあるご家族の、お婆様がお亡くなりになりました。このご家族は、息子さんが既に亡くなっており、孫の世代が相続人となっていました。孫同士の関係性は従弟にあたるので、普段からそれほど親密な関係があるということもなく、年に1回やりとりがあればいい方でした。

亡くなったお婆様の近くに住むAと、遠方に住むBが相続人です。葬儀も無事に済み、納骨なども無事に終わって落ち着いた頃合いを見て、AからBに連絡がありました。「お婆さんの相続財産は殆どないため、遺産として渡すのが50万円になるから、必要な書類に署名押印して送り返してくれ」というのです。

ご高齢で、施設と病院を行ったり来たりしていたことを考えると、随分とお金がかかっていたとしても不思議はありません。とはいえ、Bが数年前に祖母から聞かされていた話では、数千万円の預貯金があるということでした。都心の方でもなく、祖母が施設に入って数年間で何千万もお金がかかるほど物価が高いとも思えなかったため、BはAの話に不信感を抱きました。

そこで、弁護士に相談したところ、相続人として銀行の取引明細書や、祖母の認知能力を証明できる資料などを集めるようにアドバイスされました。

さっそくBがこれらの資料を取り寄せると、祖母の認知症が進行して、日常生活を一人でできなくなったころから、引出し上限の金額を繰り返し引き出している履歴が見つかりました。数千万円あった預金残高は見る見るうちに減っていき、最後は200万円程度になっていました。

Bとしては、祖母の遺産をあてにしていたわけではなく、貰えるものがなくても構いませんでしたが、明らかにAが祖母の財産を使い込んだと思われる状況に、黙っている訳にはいかないと思いました。BはすぐにAに連絡をして、使い込みがあったとしか考えられないと指摘しました。Aはあっさりと認めましたが、使ってしまったものはもう戻せないので、遺産として渡せるのは50万円だけだと言って、話し合いに応じようとしません。

このままでは埒が明かないと考えたBは、遂に弁護士に正式に依頼しました。

こういった事案では、多くの弁護士が数回の遺産分割協議の申し入れをして、話し合いがまとまらない場合には遺産分割調停の申立てをして、引き出した金額を遺産に戻すよう主張していくと思われます。また、遺留分侵害額請求(改正前民法では遺留分減殺請求と呼ばれていました)は、遺留分侵害の事実を知ってから1年又は遺留分損害を知らなくても、相続が発生してから10年経つと時効にかかってしまうため、合わせてこちらの請求をすることも忘れてはいけません。

被相続人の生前に行われた引出しについては、本人が依頼して引出しが行われている場合もあるため、相続財産に戻すというのも一筋縄ではいきません。引き出した人物が、「任意後見契約」を締結しているケースもあります。その場合、基本的な戦略としては、当時の通院履歴や近所の人の話から、任後見契約が締結された時点や、引出しが行われている時点で既に認知症が進行していたという証拠を提出して、委任の無効を主張することになります。

そう簡単に立証できませんが、ただ、短期間に高額の引出しと費消をしている場合、およそ委任に基づき必要な費用を支払っていたとは考え難いですから、そういった不合理な状況そのものが証拠になることがあります。

今回紹介したケースでは、Aが介護保険を利用するために、早い時期から医療機関での認知症の検査を受けていたため、重度認知症の立証に成功しました。これに加えて、ケースワーカーさんや担当のヘルパーさんの話から、Aがお婆様の面倒をみていなかったことも明らかになりました。お婆様は、週1回訪問ヘルパーさんが食事を用意したり、掃除をする以外、身の回りの世話をしてもらえない状態で生活していました。そんな生活で体調を崩したため病院に入院し、そこから施設に転居したことがわかりました。

Aはお婆様の生活の面倒をみるのに、食費や交通費を支出していたと主張していましたが、ケースワーカーさんやヘルパーさんの話から、Aの主張が全く事実と異なることも証明されました。

強力な証拠が見つかりましたが、親族関係の問題の難しいところで、AとBの和解がすぐにまとまるということはありませんでした。

【事案2】誰が一番親に愛されていたの?

母親が先に他界しており、父親が亡くなったことで、残された子どもたちだけで遺産分割の話し合いが始まりました。しかし、兄弟の中で、誰の学費が高かった、誰は長く実家に住んでいた、最後の介護をしたのは自分だ、自宅の修繕費を出してもらった人がいる、会社の設立時に援助してもらった人がいる……と、それぞれに誰かが優遇してお金を貰っていると指摘し出し、法定相続分での遺産分割が不平等である、自分に一番たくさん分配されるべきだと主張し合う事態になりました。

いよいよ話し合いでは決着がつかないということで、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てました。証拠の有無である程度認められるお金のやり取りが定まってきましたが、その頃には兄弟間の紛糾は次のステージに発展していました。「自分がどれほど両親に愛されていたか」を言い争い始めたのです。自分が一番愛されていたから、今までも自分に一番お金を使ってくれていて、今回も自分が一番お金を貰えるべきだ−−まとめるとこういった主張をそれぞれにし始めたのです。

個人的な見解ですが、遺産分割の場で、貰えるお金の量や貰ったお金の量で被相続人の愛情の大きさを量り始めると、どうにもならない本当の意味での泥沼化が始まると感じています。はては、「あの子は両親にこんな酷いことをした」「両親はあの子を嫌っていた」などというネガティブキャンペーンに発展し、もはや相続財産を無事に分け終えたとしても、兄弟間の関係は修復不可能になることが多いと思います。

弁護士が代理人についている場合、感情論に繋がる話は事件後に禍根を残し過ぎるので、できるだけ主張しないように説得することが多いです。法律的に意味のある事実を主張することが、弁護士が専門家として担っている役割の一つでもあり、本人が自分で主張する場合に意外と難しい点でもあります。どんなに冷静な方でも、自分の感じた感情や出来事への評価を含めて、物事の経緯や事情を説明をしています。日常的な会話は、感情や評価を含めて行うものですから、当然です。

誰が一番愛されていたかという答えのない論争を始めないためにも、身近な人との問題だからこそ、相続問題には弁護士など専門家を選任されることをお勧めします。


弁護士をしていると、訴訟に発展しかねない相続問題だけが相談対象になりますから、こちらが一般的と勘違いしそうになりますが、殆どのご家族では裁判所の力を借りずに相続手続きを済ませているはずです。

家庭によって事情は違いますが、親は子どものことを等しく愛していると思います。両親は、自分たちの死後、子どもたちがそんな泥沼の訴訟をするとは思っていないでしょうから、遺言書を残す方が子どもを信用していないように考えてしまうものかもしれませんが、遺言書は両親の最後の「手紙」と考えてみてはどうでしょうか。

遺言書は一度作っても新しく作り直すことができますし、書いた本人であれば破棄することもできます。あまり気負わずに作成されてみてもいいのではないでしょうか。それが泥沼化の相続問題を防ぐ一番の方法でもあります。

いきなり遺言書の話はハードルが高いかもしれませんが、一般的になってきた「終活」という言葉も使いながら、少しずつ話し合う機会を設けてみてはいかがでしょうか?

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