アスベストの切断規制“実質緩和”で労働者らばく露増か 「濃度低くなる分析法」採用でも高濃度飛散

厚生労働省が進めるアスベスト(石綿)を含む建材の切断・破砕規制の改正は専門家から“実質緩和”との批判が出ている。じつは同省が改正の根拠として公表する実証実験の測定データからも労働者らの石綿ばく露が増える可能性が示されているのだ。(井部正之)

アスベストを含む建材を除じん機能を有する電動工具で切断する実証実験のようす。手元が黒塗りされているのは使用した工具のメーカー名や機種名をわからないようにするためという(厚生労働省資料より)

アスベストを含む建材を除じん機能を有する電動工具で切断する実証実験のようす。手元が黒塗りされているのは使用した工具のメーカー名や機種名をわからないようにするためという(厚生労働省資料より)

◆集じん機付き電動工具で湿潤不要

5月16日の「建築物の解体・改修等における石綿ばく露防止対策等検討会(座長:鷹屋光俊・労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所所長)」で同省は、石綿を含有する成形板など「石綿含有成形品」(通称「レベル3」建材)を除じん機能を有する電動工具を使って切断・破砕する場合、薬剤や水を噴霧するなど飛散を抑制する「湿潤」の義務規定を免除する政令改正を提案。委員から反対はなく、その場で基本合意した。6月15日の会合で報告書案を示す。早ければ今秋にも政令改正の見通しだ。

もともと労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)では、湿潤すればいくら石綿が含まれていても成形板などを破砕撤去してもよいとの規制だった。これが2005年7月の石綿則施行当時から批判され続け、15年経ってようやく見直されたのが2020年の石綿則や大気汚染防止法(大防法)改正である。

同10月の施行以降、石綿を含む成形板など「石綿含有成形品」の除去は切断・破砕など(切断や破砕だけでなく、せん孔、研磨も含む)せずに割らないように手作業でネジを外すなどしておこなう、原則「手ばらし」が義務づけられた。例外は「技術上困難なとき」だけだ。

この改正では、上記の原則のうえで天井や軒天などに多く使われる「けい酸カルシウム板第1種」と内外壁などに多用される「石綿含有仕上げ塗材」を切断・破砕などする(手工具の作業含む)場合、作業場をプラスチックシートで「隔離」養生することに加えて「常時湿潤」するよう義務づけた。

それ以外の石綿含有成形品も同じく上記の原則のうえで、例外規定で切断・破砕などをする場合に「湿潤」を義務づけた。ただし湿潤化が「著しく困難なとき」は「除じん性能を有する電動工具の使用」を努力義務で位置づけている。

今回の検討されている石綿則改正は、「技術上困難なとき」以外は「切断など以外の方法により」実施するという原則は維持しつつ、
(1)けい酸カルシウム板第1種と石綿含有仕上げ塗材の切断・破砕などにおける「隔離+常時湿潤」規定について「隔離+集じん機付き電動工具」でも作業を可能とする
(2)そのほかの石綿含有成形品の切断・破砕などにおいて、湿潤以外の選択肢として集じん機付き電動工具の使用を義務規定として位置づける
──との2項目である。

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同省は文献調査及び実証試験から、「除じん性能を有する電動工具には、十分な石綿等の粉じん発散防止効果があることは明らかである」とした。

だが文献調査は「リフラクトリーセラミックファイバー(RCF)」という人造繊維についてのデータで、実際に石綿繊維について調べたものではない。「石綿ではないが、石綿に近い状態である」と説明がつけられているだけで、実際に石綿繊維に適用できるのかどうかを示すデータなど裏付け資料はとくに提示されていない。会合でもそのあたりの説明はなかった。また石綿含有建材を切断する際の飛散データは多数存在するはずだが、そうした論文に言及しないのも不自然さを感じる。なにか都合の悪いデータでもあるのだろうかと勘ぐりたくなる。

さらに問題なのは実証実験である。

ことし2月と3月に計3日間実施した実証実験では、石綿含有スレート板(クリソタイル4.3%、アモサイト0.4%含有)の切断、石綿含有けい酸カルシウム板第1種(クリソタイル2.8%、アモサイト6.6%、クロシドライト4.1%含有)の切断、石綿含有塗材(クリソタイル0.8%含有)の研磨はく離について、それぞれ「湿潤なし+集じん機なし」、「湿潤なし+集じん機あり」、「湿潤あり+集じん機なし」について調べた(塗材の研磨はクリは「湿潤あり+集じん機なし」未実施)。それぞれ作業者の口元での石綿濃度を測る「個人ばく露測定」を調べた。また各実験を2回おこない、それぞれ出力の異なる集じん機(吸気能力95Wと300W)を使った。

その結果から、同省は「実証試験結果を踏まえると、除じん性能を有する電動工具の使用は、石綿等の湿潤化と同等以上の粉じん発散抑制効果を有するものであると認められる」と結論づけた。

この結論には2つの問題がある。

1つは実験時に石綿繊維を調べる分析法として、“悪徳業者御用達”といわれる「位相差・分散顕微鏡法」を採用していることだ。

この分析法は、石綿飛散が問題になった際にこれを使うと「飛散してないことにできる」と有名でデータ偽装に重宝されたとされる。

兵庫県立健康環境科学研究センターの元研究員として、多数の石綿除去現場で測定・監視にかかわってきた小坂浩氏は、かねて「分散染色法は石綿濃度を実際の10~100分の1に過小評価する」と指摘してきた。

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空気中を浮遊する石綿の測定は、電動ポンプで空気を引き込みフィルター(ろ紙)に吸着させて、そのフィルターを顕微鏡で観察している。問題の位相差・分散顕微鏡法は顕微鏡で調べる際に使う手法だ。

小坂氏によれば、石綿が吸着したフィルターをスライドグラスに載せて、石綿の種類ごとに特定の浸液を垂らしてカバーガラスで覆うと繊維が浸液中に浮いた状態になって発色し、石綿を顕微鏡で計数できる。ところが問題の「位相差・分散顕微鏡法」では前処理で使う有機溶剤・アセトンによる蒸着と有機繊維を除去する「低温灰化」という熱処理により、石綿繊維がスライドグラスに密着して浸液がその下に入らず、発色しなくなってしまうという。

実証実験でもクリソタイル(白石綿)4.3%とアモサイト(茶石綿)0.4%を含む石綿含有スレート板の切断では、集じん「なし」の場合に石綿以外の繊維も含む可能性のある「総繊維数濃度」が空気1ccあたり654本ないし329本だった。ところがその中に含まれていた白石綿は同17本ないし13本だったが、茶石綿はなぜか毎回「不検出」である。いくら含有率が0.4%と低いといっても、電動工具で切断して飛散しないのは考えられない。

前出・小坂氏も「飛散しやすい茶石綿が出ないのはあり得ない」と指摘する。

白石綿0.8%を含む石綿含有塗材の研磨はく離実験でも、総繊維で同25本ないし14本検出していても、白石綿が「不検出」であり、同様に見落としている可能性がある。

この分析法についてはかねて専門家から細い石綿繊維が計測できないことが論文などで指摘されてきた。そして環境省の委託調査でも石綿濃度を過小評価することが裏付けられた。その結果、同省は2010月6月以降、「微細なアスベストを精度良く計測しにくい」と空気中の石綿測定を解説したマニュアルから除外して、使用しないよう求めている。

「よっぽど太い繊維で浮きがあったりすればたまたま見えるということはあるでしょうが、細い繊維は軒並み見えなくなる。いまどき分散染色法を使うとすれば、石綿飛散を隠す目的しか考えられません」(小坂氏)

国による実証実験は“悪徳業者御用達”の分析法により、石綿濃度を10~100分の1に過小評価されたわけだ。実際にはもっと高濃度の飛散だった可能性が高い。しかも電動工具の使用で大量に発生する細い石綿繊維が見落とされているとすれば、国が強調する集じん機使用の効果自体に疑問符がつく。空気中の石綿濃度をより正確に調べることのできる走査電子顕微鏡(SEM)もごく普通に使われているのに、なぜあえて使わなかったのか。国によるデータ偽装を疑われても仕方あるまい。

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もう1つの問題は、石綿濃度が多少なりとも減少すれば本当にそれだけでよいのか、ということだ。

じつは石綿濃度を実際より大幅に低く「見せかける」ことができる分析法が採用されたにもかかわらず、非常に高濃度なのだ。

すでに述べたように石綿含有スレート板の切断作業では、集じん機なしで空気1ccあたり17.53本ないし13.69本の白石綿を検出。集じん機ありでは1.42本ないし1.89本だった。集じん機なしに比べ、「15%以下に抑制した」と国の報告は強調する。また湿潤ありでは12.18本ないし4.78本のため、やはり集じん機ありは「40%以下に抑制した」と同じく報告した。

これらの測定値は小さいように感じるが、一般大気中の測定で使われる空気1リットルあたりに換算すると、集じん機なしで1万7530本ないし1万3690本、集じん機ありでも1420本ないし1890本という高濃度である。

石綿含有けい酸カルシウム板第1種(クリソタイル2.8%、アモサイト6.6%、クロシドライト4.1%含有)にいたっては集じん機なしで空気1リットルあたり白石綿1万300本、茶石綿7万8800本、青石綿5万8950本で計14万8050本に達する。もう1回の測定でも茶石綿5万2780本、青石綿4万9790本で計10万2570本(白石綿は不検出)。集じん機ありでは湿潤化に比べ、「濃度を60%以下に抑制した」と国の報告は強調するが、それでも白石綿400本、茶石綿2万1910本、青石綿1万9520本の計4万1830本。もう1回の測定でも茶石綿5180本、青石綿3590本で計8770本。

環境省のマニュアルは「一般環境のアスベスト濃度は、近年、濃度レベルが低下してきており、(石綿以外を含む)総繊維でも概ね0.5f/L以下のレベルで推移している」と解説(f/Lは1リットルあたりの繊維数)。同省の全国調査でも、一般環境では石綿はほとんど不検出。住宅地では近隣の解体現場などの影響でわずかに検出される程度で平均0.21本(2022年度)にすぎない。そのため同省は石綿以外も含む総繊維で1本超を漏えいの「目安」としている。こうして考えるとどれだけ高濃度かわかるだろう。

だが厚労省は今回の実証実験から「除じん性能を有する電動工具は、湿潤化した状態での(除じん性能を有しない)電動工具を用いて作業した場合と比較して、粉じん濃度を大幅に低減させることができる」と結論づけた。

国の有識者会議で委員も務めたことがある分析機関の専門家に測定データを伝えると「そんな高いんですか。ずさんな吹き付け石綿の除去工事並みじゃないですか」と驚いていた。

そして、「これでは現場の作業員は基準超の石綿にばく露してもおかしくない。実質的に規制緩和ですよ」と批判した。

もっとも危険性が高い吹き付け石綿の除去では、現場からの飛散防止措置としてプラスチックシートによる「隔離」養生だけでなく、場内を減圧し、石綿を特別なフィルターで除去する「負圧除じん」などが必要になる。しかも作業者のばく露防止として、加圧式の全面防じんマスクと防護服の着用が義務づけられる。

ところがけい酸カルシウム板第1種の切断や石綿含有塗材の研磨はく離で、国が飛散防止対策として義務づけているのは隔離養生と湿潤化だけ。ばく露防止では半面式の防じんマスクと作業着の使用だけだ。

さらに重大なのは、「大幅に低減」してもなお吹き付け石綿の除去と変わらないほどの高濃度ばく露であることだ。しかもそれが石綿飛散の“隠ぺい”に好んで使われる分析法でさえ、それだけの高濃度であることを忘れてはならない。実際にはこれよりも10~100倍の可能性がある。

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今回の実証実験では、吹き付け石綿並みの高濃度飛散・ばく露する作業に本来必要な装備なしに作業させている実態、すなわち規制の不備が裏付けられたといえよう。幅約2メートル、高さ2.5メートルの隔離内の実験ではあるが、狭い屋内作業ではそうした高濃度ばく露が起きているということだ。

同省化学物質対策課は「最適な作業を選べるようにするということで全体の安全は底上げされる」「湿潤と同等以上の措置として見直す」などとして、「規制緩和ではない」と強調する。

だが、少なくとも現状では石綿含有けい酸カルシウム板第1種と石綿含有仕上げ塗材の切断・破砕作業では、現状は「隔離+常時湿潤」のうえで集じん機付き電動工具を使うことが義務づけられている。そのため「常時湿潤」が不要となり、実質的には規制緩和である。

石綿測定・分析の専門家である東京労働安全衛生センターの外山尚紀氏(労働安全衛生コンサルタント)は「集じん装置による吸じんしながらの作業は、必要性がある場合があり否定はしないが、可能な限り従来の工法である破砕せずに除去することと湿潤化をおこなうべきです。湿潤できない場合についてのみ、(湿潤なしの作業は)認めるべきである。実証試験では、かなり高濃度の石綿が発生していることから、石綿含有成形品(レベル3)の作業における保護具の性能を上げることも検討すべきだ」と指摘する。

前出・分析機関の専門家は「電動工具といっしょに使う集じん機なんておもちゃみたいなもんで、フードがちょっとずれたらすごい飛散しますし、(石綿を除去する)高性能(HEPA)フィルターもすぐ目詰まりします。あまりに何度も交換しなくてはならないので、施工側が(吹き付け石綿の除去と同等の)負圧除じん装置の設置を申し出たこと事例もあります」と管理の重要性を訴える。

外山氏も「集じん装置は吸じん性能が十分にあることを担保するために、規格(構造、風量などの性能)を示すべきだ。またスモークテスターなどによって風量が十分であることを現場で使用時に確認し、排気が清浄であることも一定時間ごとにデジタル粉じん計などで確認し、記録を残す必要がある」と提言する。

こうした専門家の求める対策は労働者らのばく露を減らし、外部への飛散を防ぐために当然必要だろう。

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すでに述べたように吹き付け石綿と同様のばく露濃度であれば、本来ならそれと同等の飛散・ばく露防止措置が必要のはずだ。ところが厚労省は「今回の見直しの対象外」として無視しようとしている。

イギリスやアメリカ、オーストラリア、韓国などでは、今回のような石綿スレートのような成形品であっても、切断・破砕作業では吹き付け石綿の除去と同様の飛散・ばく露防止措置が義務づけられている。とくに労働者などのばく露防止対策で防護服の使用を義務づけていないのは先進国では考えられない。米軍基地内の石綿除去なども請け負う老舗の除去業者はこう呆れる。

「米軍基地内では石綿スレートなどレベル3(法令上の石綿含有成形品)の除去でも日本の吹き付け石綿の除去と同様に隔離養生や負圧除じんが義務づけです。もちろん加圧式の防じんマスクに防護服も着用です。さらに作業時はつねに石綿濃度も測定して、すぐその場で測定値が示され、場合によっては作業のやり方を変えたりもします。日本では規制は作っても管理・監視がないからいまでも石綿スレートなんて湿潤もしないでみんな破砕してます。本当に正直者がバカをみる状況がまったく変わってない。うちはもう米軍の仕事中心にシフトしてます」

米軍基地内の石綿除去は日本の「思いやり予算」でまかなわれている。日本国内でも米軍基地内ではアメリカの規制で対策が講じられ、その外では先進国というにはあまりにもお粗末な現実がまかりとおっている。

5月中旬、都内の再開発現場で屋根の石綿スレートが違法解体されていた。自治体は再発防止を求める形だけの指導をするだけ。孫請けあるいはさらに下層とみられる施工業者の若い責任者に違法な破砕作業だったことを指摘すると「(割らずに除去するのは)絶対無理ですよ。できるってんなら自分でやってみればいい!」と反論された。

仮に適正な金額で発注されていたとしても、重層下請け構造により現場に適切な費用と工期が確保されなければ、規制をしても絵に描いた餅でしかない。解体費用が100%公費でまかなわれる再開発事業ですらこのありさまなのだ。

今回の“規制緩和”で労働者らの石綿ばく露をむしろ増加させ、被害者を増やす可能性がある。何度も指摘していることだが、規制・対策の抜本改正が必要だ。同時にそれが実現できる体制の整備も不可欠だ。現場の労働者らはこれまで同様“使い捨て”なのか。

【関連資料】電動工具による切断・研磨時におけるアスベスト濃度のまとめや関連資料

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