<北朝鮮内部調査>各地で「放浪者」=ホームレスが増加 困窮し捨てられた老人や子供が路上に…死者も 内部文書入手 当局は対策を徹底指示

(参考写真)取材中に出会った女性の「コチェビ」。23歳でだと答えた。後にトウモロコシ畑の中で死亡しているのが発見されたという。2010年5月に平安南道で撮影アジアプレス。

◆内部文書にも記されていた「放浪者増加」

北朝鮮の都市部で「コチェビ」と呼ばれる放浪者、ホームレスが増えている。家を失って路頭に迷う人、扶養を放棄された子供と老人、あるいは都市生活を放棄して放浪する人たちだ。「コチェビ」の増加に対し、当局は住民動向の徹底把握で臨んでいるが、原因が貧窮であるだけに有効な手立てになっていないという。(カン・ジウォン/石丸次郎

◆内部文書に記されていた「放浪者増加」

アジアプレスが入手した2020年8月発行の労働党の内部文書がある。「*近放浪者たちが増えている動向*」というタイトルだ。対策について、党の文書では次のように指示している。

*民委員会(地方政府)と安全機関(警察などの公安組織)で、自己の地域で彷徨っている放浪者たちを漏れなく捉え(把握し)、救護所に送って生活を安着させ、非常防疫事業に支障を与える現象が現れないよう掌握統制を強化するように*」
※( )内は筆者の補足。

この文書が発行された年の1月に新型コロナウイルス・パンデミックが始まっている。金正恩政権は中国との国境を封鎖して人とモノの出入りを徹底して制限、国内でも個人の経済活動や移動を強く規制したため、都市住民の誰もが現金収入を減らした。貯えが尽きて暮らしに窮した人は、家財を売り、借金し、最後には家まで売ることになった。

すでに3年前には経済悪化で放浪者が増加していたことを、金正恩政権の内部文書が認めていたわけだ。そして今、各地で「コチェビ」がさらに増えていることが、北朝鮮国内でのアジアプレスの調査で分かった。それは「転落」する住民が継続して発生していることを意味している。

北部の4都市で3~4月に行った調査について報告する。

アジアプレスが入手した2020年8月に発行された労働党の内部文書。「最近放浪者たちが増えている動向」とタイトルにあり、「漏れなく捉えよ」と指示している。

◆困窮して「親捨て、子捨て」まで

〇両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)市からの報告。

最近、近所でも「コチェビ」を見かけることが増えた。ほぼ老人や子供たちだ。市場の入り口で物乞いをしている。

今、生活が苦しい世帯の中には、老親にろくに食事をさせない場合が少なくない。そのため、年寄りを追い出したりが虐待したりしていないか、人民班長が確認するために家々を回っている。

離婚など家庭不和で起こると、扶養されていた老人や子供たちが放棄されてしまうケースがある。それで安全員(警察官)が人民班で家庭不和の世帯について調べている。また生活が困難な家では、子供を実家や農村の親戚の家に送るケースがあるが、本当に送ったのかそれとも捨てたのかも調査している。

渭淵(ウィヨン)洞で3月に、不和で家を出た夫婦が、70歳を過ぎたおじいさんを家に置き去りにして、2日後に遺体で発見された事件があった。この夫婦はともに「労働鍛錬隊」に送られたそうだ。子供を捨てた場合も送るそうだ。

年老いた親や子供の扶養を放棄してしまう現象が数多く現れているため、安全員が、人民班会議に来て講演した。「親を虐待したり捨てる行為は『非社会主義行為』であり、子供を学校に行かせず金稼ぎをさせたり、捨てたりする行為は法的に強く処罰する」と警告した。学校では担任教員に欠席する生徒たちの管理を徹底するよう求めている。

※人民班は最末端の行政組織のこと。地区ごとに20~30世帯程で構成。町役場に相当する洞事務所からの指示を伝達し、住民の動向を細部まで把握する役割を担う。

※労働鍛錬隊とは、社会秩序を乱したと見なされた者、軽微な罪を犯した者を、司法手続きなしで1年以下の強制労働に就かせる「短期強制労働キャンプ」のこと。全国の市・郡にあり警察が管理する。

◆当局は対策を指示するだけ

(参考写真)寒空に一人で杖を突いて歩く老婆に声をかけた。「80歳。生活が苦しくなって息子夫婦から出て行ってくれと言われた」と答えた。2011年2月平壌市郊外にてキム・ドンチョル撮影(アジアプレス)

◆当局は対策を指示するだけ

私の暮らすアパートの倉庫に3世帯が住んでいる。万策尽きて家を売って他人の倉庫を間借りしている人たちだ。恵山市の党組織から人が来て、家の売買は不法だとして、元の家に戻そうとしたが、今度は家を買った人が行く所がないと泣き喚いて大騒ぎになった。
※北朝鮮のアパートには各戸むけの小さな倉庫が併設されている。

今年1月から、家を失って他人の家の倉庫や、公共の場で寝泊まりしている者をすべて把握して対策を講じるよう、恵山市の労働党委員会が指示を出した。放浪している者、倉庫やほら穴などに住んでいる者が対象だ。党直々の指示なので、行政の幹部が駆け回っているが、生活が困難なのをどうやって解決するのか。対策なんかないようなものだ。

◆「コチェビ」が凍死や餓死

〇咸鏡北道(ハムギョンプクド)の茂山(ムサン)郡からの報告。

1月の大寒波の時に、外で凍死した人の死体があちこちで発見された。「コチェビ」たちは風よけを張っただけ寒空の下で寝たり、畑のトウモロコシの藁に潜り込んで寝たりするが、それで凍死したのだ。

郡の中心部でも貧窮する人が大変多くて、市場に「コチェビ」の姿が増えた。私の住むアパートの前にも「コッチェビ」たちが座っている。飢え死にする人もいるが、死ぬのはほとんどが扶養する身寄りがいない子供か高齢者、そして病弱者たちだ。

〇咸鏡北道会寧(フェリョン)市からの報告。

春になって「コチェビ」がたくさん出現している。死ぬ子供もいる。先日、〇〇里の橋の下で女の子が死んでいるのが発見された。ぼろを被っていたので死体だと気づかなかったのだが、匂いがひどくて死体だと分かったそうだ。私はたまたま遺体を処理するところを通りかかって見ていたのだが、川のそばを適当に掘って埋めていた。

最近は若い人たちにもお金が無くなって「コチェビ」に転落したのがいる。検挙しても食べ物を探していると答えれば、役人にはどうしようもない。住んでいた地域に引き渡しても、何もあげられないし家もない。それでまた出てくる。彼らは大人なので、強盗をしたり人を殴ったりするのではないかと怖がる人が多い。

〇平安北道(ピョンアンプクド)の新義州(シニジュ)市からの報告

あちこちで「コチェビ」の姿を見るようになった。子供の場合は、救護所や中等学院(孤児院)に収容するが、食事が粗末なのですぐに逃げ出してしまう。街中で物乞いをしているけれど、もう食べ物をあげる人はほとんどいない。自分たちがしんどいから。可哀そうに、最近では建設中の建物や道端で子供が死んでいたという話をしばしば聞く。

※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

北朝鮮地図 製作アジアプレス

あわせて読みたい記事

© アジアプレス・インターナショナル