ボクシング井岡選手、大麻成分“検出”で波紋…意図的でない「うっかりドーピング」の可能性は?

“うっかりドーピング”でも、選手の成績や記録が抹消される可能性も…(※写真はイメージです。master1305/PIXTA)

7月24日、WBC・WBOスーパーバンタム級タイトルマッチで井上尚弥選手がTKO勝利するなど日本人軽量級選手が活躍するプロボクシング。その1か月前の6月24日に東京・大田区総合体育館で行われたWBA世界スーパーフライ級タイトルマッチでは、挑戦者の井岡一翔(かずと)選手が同級王者のジョシュア・フランコ選手(米)に持ち前の強打を駆使し大差(3-0)で判定勝ちし、試合前にあがっていた自らへのドーピングの疑いを払しょくした。

成分検出巡り“食い違う”両者の言い分

井岡選手陣営にとってはまさに“寝耳に水”の話であった。タイトルマッチ直前の6月21日、日本のプロボクシングを統括する日本ボクシングコミッション(東京都文京区)が一つの発表を行った。

それは、井岡選手が昨年12月末に行ったフランコ選手との「WBO・WBA世界スーパーフライ級王座統一戦」の際に実施されたドーピング検査の結果に関するもので、プレスリリースによると、「井岡選手の尿検体から禁止物質のTHCの代謝物であるTHC-COOH(Carboxy-THC)が検出された」というのだ。

しかし、「世界ドーピング防止機構(WADA)の基準によれば、尿中THC-COOH濃度の閾値(しきいち、境界となる値)は150ng/ml、判定限界は180ng/mlとされており、尿検体のTHC-COOH濃度がこれを超えるものではなかった」ことから、「井岡選手は、ドーピング禁止を定める日本ボクシングコミッションルール第97条には違反しなかったものと判断いたしました」としている。

つまり、WADAの禁止薬物にも指定される大麻(マリファナ)等に由来する成分、THCが検出されたが、微量でWADAの基準に抵触していなかったため、昨年末に行った試合において不正は認められなかった、という発表だった。

これに対し、井岡選手が所属する志成ボクシングジム(東京都目黒区)は猛反発した。6月22日、ジムのホームページに「井岡は、24日(土)に、フランコ選手との再戦を予定しており、その直前にこのような発表がなされることについては、当ジムとして、非常に困惑しているとともに、疑義を有さざるを得ません」と見解を載せ、発表のタイミングに疑問を呈するとともに、「井岡は、2022年12月31日の試合前において、THC-COOH成分が検出されるような大麻等の禁止物質を摂取も使用もしておりません。(中略)当ジムおよび井岡としては、今回も井岡の潔白を証明していく所存です」と、ドーピング疑惑を否定した。

かみ合わない発表・主張の真実を知りたく筆者は両者にそれぞれ取材を申し込んだが、受けてもらえなかった。

WADAが定める約250種類もの禁止物質

ドーピングとはどういうものなのか。WADAと連携する日本アンチ・ドーピング機構(JADA、東京都文京区)によると、それは、「スポーツにおいて禁止されている物質や方法によって競技能力を高め、意図的に自分だけが優位に立ち、勝利を得ようとする行為」。

また、「ルールに反する様々な競技能力を高める方法や、それらの行為を隠すこと」もドーピングとされる。

肉体的、あるいは精神的にアスリートの能力を意図的に向上させ、本来持つ力以上のパフォーマンスを発揮させる禁止物質は、WADAが公開する「2023禁止表国際基準」によると、「常に禁止される物質」「競技会(時)に禁止される物質」「特定競技において禁止される物質」の大きく三つに分けられ、さらに、筋肉増強作用等のある「S1(タンパク同化薬)」など九つのカテゴリー別に計約250種類もの禁止物質が指定されている。

ちなみに、井岡選手が疑惑を持たれた大麻等由来物質は、「競技会(時)に禁止される物質」内の「S8(カンナビノイド)」のカテゴリーに分類される。主成分のTHC(テトラヒドロカンナビノール)には、気分の高揚、多幸感などがあるとされ、一方で過剰摂取により、幻覚作用などの精神異常を誘発することも指摘されている。

また、禁止物質には、「S7(麻薬)」のカテゴリーに分類されるジアモルヒネ(ヘロイン)など、「麻薬及び向精神薬取締法」で規制され、所持・使用すれば刑事罰に問われるものもある。

“うっかりドーピング”の危険性

ドーピングを心配すべきは、特別なチーム・選手に限ったことではない。

出場する大会レベルによって「アスリート・カテゴリー」が定められ、特に国際レベルアスリートに属するオリンピックをはじめとする国際大会に自身や家族、関係者らが出場する場合、注意を怠ると、せっかくの結果が水泡に帰すことにもなりかねない。

禁止物質の“意図的”な摂取はないとしても、治療のための薬や各種サプリメントなどによる「うっかりドーピング」で体内に入れてしまう場合もあるからだ。また、WADAは11のアンチ・ドーピング規則違反を定め、違反の種類によってはサポートスタッフ(コーチ、チームドクターなど)も制裁の対象となる。それらによって違反が確認された場合、選手の成績や記録が抹消されることも考えられる。

JADAは薬とサプリメント類の使用についてはそれぞれ、「体調が悪い時、けがをしてしまった時に薬を使用するときは、使用する前に、禁止物質や禁止方法ではないか確認が必要です。(それらに該当する場合)薬を変更できないか、医師や薬剤師に相談をしましょう」、「表示されていない、確認できない物質が入っている可能性があるというリスクを十分に理解したうえで、本当にそのサプリメントや栄養ドリンクが自身に必要なのかを、アスリートは判断することが求められます」と呼び掛けている。

クリーンなTeam JAPANの活躍に期待

こうした禁止物質は、特に個人競技において成績を飛躍的に向上させ得る。2021年東京五輪では、陸上男子400Mリレーで銀メダルを獲得したイギリスチームの1人の選手にドーピングが発覚。メダルが剥奪された。

国威発揚も懸かるオリンピックなどでは、国家ぐるみで違反が行われることも少なくない。WADAの調査により、国家的不正の疑いが持たれたロシアが、2018年平昌冬季五輪、東京五輪、2022年北京冬季五輪と、「国家」としての出場が認められず、「ROC(ロシア・オリンピック委員会)」に所属する選手・チームとして出場したことは記憶に新しい。

しかし日本では、こうした意図的な違反は全くと言っていいほど見られない。国際舞台に選手を送り出す日本オリンピック委員会(JOC、東京都新宿区)は、JADAと連携して競技団体・選手への啓発活動、研修等を積極的に行い、クリーンな「Team JAPAN」を推進している。過去には違反を指摘された国際級選手もいたが、前述した「うっかり」により体に入れてしまったケースなどがほとんどだ。

筆者は、ある個人競技の五輪日本代表監督経験者に質問した。「ドーピングを行えば日本選手の成績はどれくらい伸びますか」という問いに監督経験者は、「表彰台に上がることができます(メダルを取れます)」と答え、飛躍的に記録が向上することを伝えてくれた。

来年夏にはパリ五輪が開催される。世界が注目するスポーツの祭典で、連帯感をもって練習の成果をぶつけるとともに、「クリーン」な心身で世界の強豪に挑む「Team JAPAN」のパフォーマンスに声援を送りたい。

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