世界の農業を支える小規模農家の声を聞こう 持続可能な食料システムを共創する4つのポイント

Image credit:Solidaridad

世界には5億7000万の農場があり、その9割を小規模農家が経営している。世界の食料、飼料、繊維などの生産の大部分を担っているのが小規模農家だ。しかし、その存在の大きさに関わらず、大半の小規模農家はサステナビリティの議論の中心に加わることはない。オランダの国際NGOソリダリダードがアジア・南米・アフリカの18カ国1万人の小規模農家の包括的な満足度を調査した報告書『Small Farmer Atlas』(以下、アトラス)は、小規模農家の声を世界の議論の中心に押し上げようとする最初の試みだ。(翻訳・編集=小松はるか)

Image credit :Solidaridad

サステナビリティに関する議論や話し合いの多くは、収入格差や生産性、サービスモデル、土地の広さなどの詳細やデータの話題にとどまっている。課題を検証するのに費やされている時間や費用に比べ、農家自身の視点や考えを理解するのに費やされる時間はわずかだ。

サステナビリティの観点から見て、「アトラス」は企業や政府、NGOに、「小規模農家の考え」「必要としていること」「優先事項」に耳を傾けるチャンスを提供するものだ。アトラスは、3大陸に位置する18カ国1万人の小規模農家を対象とした広範な調査。回答者の半数は、一次産品の持続可能なサプライチェーンの構築に取り組むソリダリダードの支援を過去に受けたことがあるか、現在受けている農家だ。今回の調査により、コーヒー、茶、カカオ、バナナ、コットン、大豆、サトウキビ、アブラヤシという8つの生活必需品に関して多くのデータを得ることができた。

進歩の兆しと根強い課題

調査に応じた農家の半数以上が自身の健康や住まい、教育、栄養、衛生などの基本的ニーズを満たすことが可能だと回答し自信をみせた。これはつまり、調査時にパンデミックやそれに伴う景気後退を経験していたが、サステナビリティ関連の支援や農家との連携が良い効果をもたらしてきたことを意味する。

しかし、ほとんどの農家は価格変動や気候変動がもたらす被害に対処する準備ができていない。特に女性農家は公正な収入を実現し、市場による支援を受け、自然環境と調和した生産を行えるかを懸念している。

左:「シーズン中に製品の価格が25%以上落ちた場合、価格変動に対応できるか」右:「気候変動に適応した農業を行う財政手段はあるか」(-25 〜-1)強くそう思わない (0)どちらでもない (1〜25)強くそう思うImage credit: Small Farmer Atlas

調査では、どの地域の農家もサステナビリティ課題に関心を持っていることが分かった。

・回答者の5割以上は、価格が25%まで落ちた場合(一次産品市場ではよくある)、基本経費を補うことはできないだろうと答えた。
・同じく、農家の半数以上が自らの可能性を十分に発揮できる市場や融資、情報へのアクセスがないと回答。
・また、女性は男性よりも重い負担や不平等を経験している。全体として、女性農家は男性農家よりも回答が悲観的だった。

さらに、気候変動による影響が最大の関心事として立ちはだかった。回答者のほぼ3分の2が気候変動による影響に適応するために必要なリソースが不足しており苦しんでいる。また、18カ国すべてにおいて農家は土壌の劣化と水不足を心配している。

共に改善するチャンス

調査結果の内容は製品や国、ジェンダー、農家の規模によってさまざまだが、アトラスは私たちが共に働く農家の具体的な優先事項や考えを理解しやすくするものだ。アトラスは全体を通して、小規模農家の考えを優先し、農家のニーズを支援する上での基盤となるシステム変革の必要性を説いている。

これはつまり小規模農家の考えや実践的なノウハウを受け入れ、さらに市場やサステナビリティのプラットフォームに参入する門戸を広げる方法を共創するためにより密接に協働していくことを意味する。ここでは、農家の声を押し上げるのに必要な「傾聴」と「インクルージョン」に関する4つの具体事例を紹介する。

(1)女性コーヒー農家の知識交換を促進する

アトラスによると、女性はより重い負担と不平等を経験しており、全体的に女性農家の回答は男性農家よりも悲観的だった。また、世界の女性農家は似たような課題を共有していることも分かった。

女性農家同士が直接交流できるように促進することは、連帯感を生み、新しい働き方について学ぶ機会を提供することにつながる。GIZ(ドイツ国際協力公社)やホンジュラス・コーヒー・インスティチュート、ソリダリダードは、ホンジュラスの女性農家の一行をコロンビア・カウカ県に連れて行った。ホンジュラスの女性農家は、コロンビアのコーヒー業界における地域の現状、技術発展、組織モデル、イノベーションについて学ぶ機会を得た。さらにホンジュラスの代表団はマーケティング、差別化製品、持続可能なビジネスモデルについて経験を共有したという。

(2)ガーナでは価格決定方式で政府と連携

アブラヤシは小規模農家に非常に大きなチャンスをもたらす植物だ。熱帯で育ち、生産性のあるアブラヤシは持続可能な方法で栽培される場合、環境負荷を低減し、確実な収入を得ることが可能になる。ほかの一次産品と同じく、政府による先を見越した方針はより良い実践の支えとなり、より高い価値を提供するための土台作りになる。

ガーナでは、ソリダリダードが「RECLAIM Sustainability!」プログラムの一環で、アブラヤシ果房の最低価格を決める価格決定メカニズムを開発するために政府と連携してきた。安定的で予測可能な価格を設定することは、農家が生産計画を立てたり、生産者とバイヤーとの信頼関係を構築したりするのに役立つ。

ガーナ西部の農家マーティン・オラ氏は「従来、私の最低収益は集荷者や工場の善意で決まり不安定なことが多かった。そのため計画を立てることが難しかった。新たな取り決めにより、最低収益を予測できるようになり、それに基づき効率的に計画を立てられるようになった」と話す。

Image credit: Solidaridad

(3)農家が世界的なサステナビリティの議論に参加できるよう後押しする

EUのコーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令は世界貿易に大きな影響を及ぼそうとしている。指令は、企業に対してバリューチェーンにおける人権・環境のデューデリジェンスの実施を求めるものだ。数百万の農家や労働者、家族の生活を向上させる可能性がある一方で、農業慣行を改善するためのリソースが不足し、不平等な貿易や人権侵害の被害を受けている小規模農家は市場参入のチャンスを失い、除外されるリスクもある。

農家が自らに影響をもたらす政策や指令の議論の場に参加できるよう支援することは、すべての人にとってより良い結果を保証するのに不可欠だ。ソリダリダードは2月、フェアートレード・インターナショナルやフェアートレード・アドボカシー・オフィス、レインフォレスト・アライアンスと協力してアジアやアフリカの小規模農家を欧州議会に連れて行き、農家はそこで自らの経験を共有し、方針の策定に貢献した。

ウガンダのアンコーレ・コーヒー生産者協同組合のピソン・ククンダックウェ氏は「私たちは新たな法律に賛成だ。しかし追加コストを農家が負担せずにすむよう、どうか保証してもらいたい。責任の分担、投資、協力が極めて重要だ」と話した。

農家が政策対話に貢献したり、議会や展示会に参加できるよう支援することは、農家の考えをより良い形で訴える方法の一つだ。

(4)森林破壊を減らす農業の普及と技術支援

南米経済の大部分は農業生産に依存している。しかし、多くの農村部では、農業の改善・改革を促進する農業普及や技術支援サービスへのアクセスが限定されている。これは農業の生産性や農家の生活に明らかにマイナスの影響をもたらし、地域の環境負荷も増加させる。一方で、質の高い普及支援が増えることはベストプラクティスを生み出し、森林破壊を減少させることにつながるのだ。

ブラジルのアマゾンでは農業普及や技術支援によってカカオの生産性が40%増加し、家畜の飼育も22.2%増えた。この事業には無償援助と有償援助の両方があり、専門性が高くなると、料金を支払って追加トレーニングを受けることができる。プログラムに参加した平均的な農家の収入は全体で31.4%増加し、森林破壊は74%減少した。

「良い情報を得られないことが農家を最も貧しくさせることだ。良い情報があれば、さらに先を見越して大きな夢を描くことができる」とブラジルの37歳のカカオ生産者クロヴィス・リオス氏は話している。

サステナビリティは農家の視点に立つことから始まる

アトラスは、企業や政策立案者がサステナビリティ政策や調達政策を設計する際、その中心に小規模農家の視点・考えを据えるための出発点であり招待状だ。また、定量的な視点を超え、小規模農家が成長・発展していくために小規模農家の考えを取り入れた定性的な視点に移行するチャンスでもある。

『Small Farmer Atlas』の詳細はこちらから

© 株式会社博展