裁判記録を”原典”にした映画『サントメール ある被告』

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⽣後 15ヶ⽉の幼い娘を殺害した罪に問われた⼥性の裁判。母は「なぜ娘を殺したのか?」という問いに「分かりません。裁判を通じてそれを教えてほしい」と答えた。

実際の裁判記録をベースにした衝撃の法廷劇『サントメール ある被告』。RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、クリエイティブプロデューサーの三好剛平さんは今年1番の作品と太鼓判を押す。

ケイト・ブランシェット「いつかこの監督に演出されたい」

本日は、福岡では明日8月4日(金)からKBCシネマ1・2で公開される『サントメール ある被告』という映画をご紹介します。

この映画、まず概要を紹介すると「⽣後 15ヶ⽉の幼い娘を殺害した罪に問われた、ある若い⼥性。彼⼥は本当に我が⼦を殺したのか—? 観客は裁判に投げ込まれ、実際の裁判記録をベースにした衝撃の法廷劇を⽬撃する。」といった作品になっています。

本作は2022年 第79回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞を受賞したフランス映画で、あらゆるメディアで5つ星評価を獲得。今年のアカデミー賞では国際長編作品賞にフランス代表の作品として選出されています。そして映画界を代表する女優でもある あのケイト・ブランシェットからも本作には「ここ10年のフランス映画で最もパワフルな映画のひとつ。いつかこの監督に演出されたい」とコメントが寄せられるなど、作品および監督の演出力に国際的に高い評価が集まりました。

僕自身としても、早くも2023年下半期、どころか本気で今年ベストの1作に挙げたいほど素晴らしい作品です。

『私たち』のアリス・ディオップ監督

監督を務めたアリス・ディオップは、1979年生まれ、セネガル系フランス人の女性で、本作が長編劇映画デビューとなる新鋭の監督です。しかし彼女は実のところ既にドキュメンタリー映画監督として作品を多数発表し国際的な評価も積んでおり、2021年の『私たち』という作品では、パリ郊外の鉄道沿いに暮らす市井の人々の様子と監督自身の個人史を重ね合わせ、この国に暮らす「私たち」という存在の輪郭線をあぶりだす素晴らしい演出で、ベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞も受賞しています。

(ちなみにこの『私たち』という彼女の最新ドキュメンタリー作品はAmazon prime videoでも日本語字幕付きで鑑賞できます。こちらも驚くほどの傑作なのでぜひ本作と合わせてご覧ください)

今回ご紹介する『サントメール ある被告』という作品において、監督がセネガル系フランス人の女性であること、そしてドキュメンタリー監督としての視点を持っていることがポイントになってきます。

物事の「理解できなさ」

『サントメール』は冒頭にも紹介した通り、生後15ヶ月の幼い娘を海に置き去りにした若き母の裁判のようすが主軸となった劇映画、フィクションの法廷劇です。しかし、その法廷で語られる言葉は、実際に2015年に起きた同内容の裁判記録をほぼそのままセリフとして〈再演〉したものになっています。

被告となるロランスという女性は、セネガル出身で、幼少期からきちんとした教育を受け、「完璧なフランス語」を話せる聡明な女性であり、自身もその罪は既に認めていながらも、裁判で「なぜ自分の娘を殺したんですか?」という問いには決然と「分かりません。裁判を通じてそれを教えてほしい」と答えます。

映画は、そのロランスの裁判を傍聴する若き女性作家であるラマの視点で進んでいくのですが、このラマもまたセネガル出身の両親を持ち、フランスで生まれ育った女性です。彼女は毎日裁判に通ううちに、被告であるロランスに「もしかしたらあの場に座っていたのは自分かもしれない」と共通点を感じながらも慄き、しかし一方でロランスの証言のなかに宿る「理解できなさ」に翻弄もされていきます。

この映画において、とても大切なのはこの「理解できなさ」にあります。そこは本作が法廷劇というフォーマットを使っていることも重要です。法廷劇映画を見慣れてきた私たち観客からすると、当然のごとく最後には明快な「シロ/クロ」がついて終わる物語を期待するのですが、そのおかげで、観客は証言台に立つ一人ひとりの——現実の裁判で発された、どうにも掴みどころのない——発言の数々に翻弄されていきます。

やがて本作の主格に置かれたロランス自身の発言から、ワンオペ育児の孤独と危険や、母と娘の難しい関係、2つの国にアイデンティティを持つ人々の生きづらさなど社会問題も浮き彫りになってこそいきますが、一番の核となる「どうして自分の娘を殺害してしまったのか」という問いについては、やっぱり本気で「理解できない」でいる彼女のようすを見つめ続けるしかないのです。

こうなると映画の観客は、劇場にいながらにして、いよいよこの裁判の傍聴席に座るラマたちとともの隣にいるような感覚とともに「なぜ彼女は自身の娘を殺さなくてはいけなかったのか」という圧倒的な「理解できなさ」に思いを巡らせ、自分なりの仮説を準備しながら、その判決をともに見届けていくことになります。

「解釈」を介することで、やっと見えてくる“真実”

思えば私たちも、何かをしでかしてしまったとき「どうしてそんなことをしたのか」と問われても、どうにも答えられない場面を経験したことがあると思います。人の思考や物事というものは、そんなふうにすべてが「因果」や「シロ/クロ」で測れるほど単純なものではありません。そもそも人類みんなが言葉通りに「合理的」であるならば、そもそも殺人なんてものは起きないわけで、それでも現実には「そんなことをするはずがない人」でも殺人を犯してしまう、説明しようのない不条理な顛末というものも確実に存在します。

この映画は、実際の現実=裁判記録をいわば戯曲の原典のようにして、監督がその原典の言葉の奥に潜んでいたかもしれない「読み(読解)」の可能性を、被告の女性への最大限の尊重と共感を携えたうえで誠実に追求した「ひとつの解釈」であり、そういう意味からもフィクションであると言えるかもしれません。そもそも私たちが「真実」と信じてやまない事実たちも、所詮ある視点からの「解釈」に過ぎないのではないか?といった問いにもまた直面していくはずです。そういう気づきも与えてくれる作品です。

映画の終盤には、僕も鑑賞しながら思わず「なんと、この映画はこんなところにまで辿り着いてしまうのか…!」と驚かされ、思わず画面が涙で見えなくなるほど感動させられた素晴らしいシークエンスもあります。また、音楽好きの方にも「ここでこの曲を…!」となるような、ある音楽演出も用意されています。鑑賞後には真っ先に妻のもとへ駆け寄り、「この映画は、女性であり母であり娘でもある、あなたたちの映画だと思う。お願いだから、絶対見て。」と熱弁したほどです。どうか皆さん、劇場でお見逃しなくご覧ください。

8月4日(金)~ @KBCシネマ1・2

『サントメール ある被告』

2022|フランス|原題:Saint Omer|123分

監督:アリス・ディオップ

出演:カイジ・カガメ、ガスラジー・マランダ、ロバート・カンタレラ 他

田畑竜介 Grooooow Up

放送局:RKBラジオ

放送日時:毎週日曜~水曜 24時00分~24時00分

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