7年ぶりの優勝でも多くを語らない国本雄資の男気と大きな変化。坂東監督の強すぎる絆

 レース結果が二転三転する形となった2023年のスーパーGT第3戦鈴鹿のGT500クラス。最終的にWedsSport ADVAN GR Supraが7年ぶりに優勝を飾った。同時にチーム加入7年目となる国本雄資にとっても“7年ぶりの勝利”となった。7年と言葉にするのは簡単ではあるものの、国本自身にとっては様々な変化と葛藤があった期間だった。

 MOTUL AUTECH Z(松田次生)のアクシデントで赤旗が出され途中終了となった。この時に義務となっていた2回の給油を伴うピットストップを消化し切れていなかったNiterra MOTUL Zが優勝となり、暫定表彰式が行われた。しかし、レース後に10チームから抗議が出されたことで、3号車のレースタイムに1分加算されることが決定。暫定結果の改訂版が発行されたのは夜の20時40分だった。

 19号車の坂東正敬監督からの電話で優勝を知った国本。ちょうど新幹線で帰路に着いている途中だったとのこと。

「あの時は帰っている途中で、普通にレースが終わって『疲れたなぁ』と言う感じでお酒を飲んでいました」と国本。「抗議するとは聞いていましたけど、抗議が通るというのは今までレースをしてきた中で経験がなかったですし、『抗議したい』と言っても『どうせ無理だから』と言われたこともありました」

「『たぶん(今回も)無理なんだろうな』と思っていたのですけど、たくさんのチームが一緒に抗議してくれたこともあって結果が覆って、嬉しかったです」

 坂東監督によると、優勝の一報を受けた国本は泣いていたという。当の本人は「たくさん飲んでいたので、あまり覚えていないですね」とはぐらかしたが、国本にとって7年ぶりの勝利は、とても長い期間だったとともに、それまでにたくさんの思いが詰まったものであったことは間違いない。

「これまでなかなか結果が出せなくて、すごく苦しいシーズンもありました」と国本。「7年間でたくさんの速いドライバーと組めたし、ヨコハマタイヤだったり、エンジニアだったり……たくさんの人と仕事をして、なかなか勝たせてあげられなかったというのが悔しかった部分ですね。いろいろな感情が混ざって、嬉しさと、やっと勝てたというのと……。周りの人たちが喜んでいる姿を見て自分も嬉しかったですね」と語った。

昨年の予選番長から、今年はレースでもしっかりと強さを見せるヨコハマタイヤとWedsSport ADVAN GR Supra

共に歩んだ7年間、坂東正敬監督の国本雄資への信頼と苦労
国本がバンドウに加入したのは2016年。関口雄飛とのコンビを組み、全戦でポイント圏内に入る活躍をみせ、第7戦タイでチームにGT500初勝利をもたらした。

「2016年の時は一緒に組んでいた関口の方が年上ですし、国本は新しくチームに入ってきた存在で、今でいう晴南選手のようなポジションでした。当時はのびのびやらせていた部分がありました」

そう語るのは、国本とともに7年ぶりの勝利を経験した坂東監督。

 この7年間、国本のパートナーは毎年のように変わり、2018年には山下健太、2019年は坪井翔、2020~21年は宮田莉朋、そして昨年から阪口晴南と自分よりも若いドライバーとコンビを組んできた。その中で、坂東監督も“ある決断”を強いられていた。

「どんどん年下と組むようになっていって、自分のことよりもチームのことを考えないといけない部分もありました。特に莉朋と組んでいる時は国本の役割は“Q1を突破すること”だけでした。ですのでQ1は全部国本に担当させて、Q2で莉朋がポールを獲るという……そこで国本よりも莉朋を輝かせるという、僕の中での決断でもありました」

 そんな中、国本に変化が現れる。阪口の加入だ。

「晴南が入ってきてコンビネーションが良かったので、関口と組んでいた時以来にQ1/Q2のサーキットによって変えています。晴南が入ったことで、今までの若手たちとは違うコンビネーションができました」と坂東監督

「そこから国本の表情も変わってきましたね。今まではサーキットに来て、与えられた役割をこなすというプロの仕事をしていただけでした。それが昨年あたりから国本自身の意見を自分で言うようになりました」

 さらに坂東監督はこう続ける。

「国本も若手を押し上げていかなければいけないなかで速さを見せなきゃいけないという状況にありました。昨年もそうですけど、スタートドライバーを国本に担当させて、1周も経たない間にライバルに追い抜かれて帰ってくることがありました。時には『あれはドライバーにとっては、ものすごいストレスになるとも思いますよ。晴南くんにやらせた方が良いのではないですか?』と、他のトヨタ系のドライバーから言われたことがありました」

「それでも『国本、悪い。作戦的にこういう形でいきたいから』と説明して、いってもらいました。もしかしたら、ファンの人たちも『国本が遅いんじゃないか?』『国本のピークが終わったんじゃないか?』と思われていたかもしれません。でも、それを我慢してくれた部分もありました」

国本と阪口、ドライバーが生み出す相乗効果
しばらく勝てなかった期間のことについては多くを語らなかった国本。それでも「いつも一生懸命やるだけでしたけど、晴南選手が入ってくれたおかげで、助けになった部分はありました」と阪口とのコンビが、彼にとって大きなターニングポイントだったことは間違いないようだ。

「晴南選手はすごく開発に興味を持ってくれているドライバーなので、そういったところでは晴南選手が助けにもなったし、『一緒に頑張ろう』という気持ちにさせてくれました」

「やっぱり、若手ドライバーは自分が速く走ることにフォーカスしがちです。もちろんドライバーにとってそれはすごく重要だし、晴南選手もそこにフォーカスしていました。それにプラスして開発に興味を持っていろいろなことをエンジニアに聞いたり、僕に聞いたりしているので、そこはすごく助けられたなと思います」

「いろいろ意見交換をするし、考え方も似ているような気がします。何より開発に興味を持ってくれているのが、すごく助けになっています」

 さらに国本は「ヨコハマタイヤの担当エンジニアも変わって、チームのエンジニアも2年目で……本当に若いメンバーでやっています。みんなが細かいことまで疑問を持って、その都度意見をして、『ああじゃない、こうじゃない』と言っている時間がすごく長くなりました。それが良い方向に進んでいるなと感じています」と、周辺で携わるメンバーの変化も、快進撃の一助になっていると語る。

 そんな国本の変化を、傍らで見守る坂東監督も感じていた。

「国本の本音は聞けなかったですけど、彼の表情を見ていると『してやったり!』という部分はあったと思います。まだ今年の3戦でこの状態であれば、もっともっとチームが良くなりますよ。という感じでした」

「僕が『優勝ですよ!』と国本に電話した時にすごく泣いていました。それを考えると、たぶん僕よりも国本の方が、この1勝に対する重みというか、苦労してきたものがあったのではないかなと思います」

 この勝利でランキング4番手に浮上した国本/阪口の19号車コンビ。今シーズンはヨコハマタイヤのパフォーマンスが飛躍的に向上しており、シーズン中盤戦も手強い存在になるのではないかと言われている。

「特にウォームアップが良くなってレースが強くなってきたので、これをコンスタントに続けることが一番重要だと思います。コンスタントに良いペースで走れるような開発をしていきたいなと思います」と国本。

「常に上位にいれば、また優勝できるチャンスが巡ってくると思うので、そこをしっかりと掴みにいきたいなと思います。もう1回勝って……チャンピオンを獲りにいきたいですね」と今後の目標を語った。

 昨年の4回ポールポジションを皮切りに、鈴鹿で7年ぶりの優勝を飾ったことで勢いに乗りつつある19号車。そのチームを引っ張る存在として、国本の今後の走りから、ますます目が離せない。

チームエンジニア、そしてヨコハマタイヤの開発スタッフとも密にコミュニケーションを取る国本雄資

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