「原爆の被害が矮小化されている」広島の被爆男性(83)が語った『バービー』原爆騒動への思い

(映画『Barbie』公式HPより)

笑顔のバービーの背後に立ち登るキノコ雲の画像――。

「そのキノコ雲の下でどういうことが起こって、どういう悲劇が起こったかってことは、一切なしって言ったら言い過ぎかもわからないけど、想像が及んでいないのかもしれませんね」

そう静かに語るのは、広島県原爆被害者団体協議会の事務局長・大越和郎さん(83)。大越さんは5歳の時に原爆を経験した被爆者だ。

米ワーナー・ブラザーズの映画『バービー』の米SNS公式アカウントの行動が大きな波紋を広げている。原爆投下を連想させる『バービー』のファンアートに対して、米の公式Xアカウント(旧Twitter)が好意的な反応をして、主に日本国内から批判が殺到。冒頭の発言は、問題となっている画像の1つを見た大越さんの言葉だ。

ことの発端は、アメリカで7月21日、原爆開発を主導した物理学者の半生を描いた映画『オッペンハイマー』と 、バービー人形の実写版映画『バービー』という対照的な2作品が同時公開され話題となったこと。両作品のタイトルを組み合わせた「バーベンハイマー」という造語が生まれるなど社会現象化。さらに、SNS上ではバービーと原爆を象徴するキノコ雲を絡めて合成・加工した”ネタ画像”までもが相次いで投稿されることとなった。

「それだけなら一般人の無知と無神経からなる冗談で終わったかもしれませんが、米公式アカウントがそれに便乗する形で、バービーと原爆のキノコ雲を絡めた画像に対し、《忘れられない夏になりそう》とハートの絵文字を添えて返信したり、バービーの髪をキノコ雲のヘアスタイルにした画像に、《(バービーの恋人の)ケンはスタイリストだね》などと反応したため、SNS上で批判が殺到しました」(全国紙記者)

《バービーの映画は公式がもう完全に原爆やキノコ雲のミーム化に乗っかってるから駄目だ。ファンが盛り上がってるだけで公式にはその意図がなかったなんて言葉じゃ救いようがない》
《原爆は冗談やネタにしていいものでは決してない》
《9・11やナチスをネタにすることは絶対にない。でも原爆のことはネタにできるんだな》

こうした批判を受け、同社日本法人のワーナーブラザースジャパンは7月31日、《米本社の公式アカウントの配慮に欠けた反応は極めて遺憾。事態を重く受け止め、米本社にしかるべき対応を求めている》とSNSに投稿。米ワーナー・ブラザースも1日、各メディアに公式声明を発表。「ワーナー・ブラザースは先の配慮に欠けたソーシャルメディアへの投稿を遺憾に思っております。深くお詫び申し上げます」と正式に謝罪した。指摘の多かった該当ツイートはすでに削除されている。

一連の騒動について大越さんに思いを聞いた。

「まあ、こんなことが起こるとはわしらは予想だにしてなかったのでビックリしたんですけどね。加工・合成した画像を見ましたが、表現やその他色々な自由はあるんだろうから、原爆のことを茶化してもパロディ的に出しても構わないのだろうけれども、被曝の実相がなかなか知られてないのかな、というのが私の個人的見解です」

あくまでも表現の自由だとして、問題となった画像に対しては指摘しない大越さんだが、被爆者としての複雑な胸中を明かす。

「あの日の実際のことは、記録にはいっぱい残っているけど、私は5歳で爆心地からはずっと離れたところでの被害でした。肉親が亡くなったり、伯父さんが亡くなったり、姉が被曝をして大変な思いをしたってのは今でもあって。だんだん実際にあの日を経験した人たちが少なくなる中で、原爆の被害の実態が矮小化されてることについての危惧を私自身は持っています」

原爆投下から今年で78年。原爆による死者数は推定だが、1945年8月6日の原爆投下で広島市では、当時の人口約35万人のうち約14万人が、8月9日の長崎市では、人口約24万人のうち約7万4000人が同年末までに亡くなったとされている。

「実際、その原爆が人の大勢集まったところに落とされるってことが、どんな状況になったかっていうことが、情報はいっぱいあるんだけど、本当の真相のところが、今まで民間も公式なところも努力をして実相を知らせたり記録する活動を続けてきた。でも、やっぱり80年近く経つと、そこらの努力が無駄にはなっていないとは思うんだけど、若干歪められてくるというかね。

当時から世界情勢や核兵器をめぐる情勢なんかも大きく変わっているし、現実に核兵器が使われる可能性もあったりして、世論とか考え方の多様性の中で色々な見解やら思いが出てくるのは仕方がないとは思うんだけども。しかし、私たちから言えば、あの日の実相を正確に残すことが必要なのかな、というのが私自身の思いなんですが、現実にはちょっと難しいのは難しいんですがね」

原爆を実際に経験した人にしか、結局のところわからないのではないか。そんな歯痒さを抱えつつも、使命感で伝え続けてきたことが伺える。

「ツイートした若い担当者も含めて、原爆に対する認識が足りていないことは、まあしょうがないよね。体験から見とるわけじゃないし。でも、いろんな資料から原爆被害の実態をそれなりに理解して、最大限に想像力を働かせることが大切だと思います。

日本人以外だとよく知らない人がいることも当然だし、日本人でも被害の実態を見た人と見てない人で認識はかなり違う。我々の内部ですら、ちょっと話をすれば若干ニュアンスの差があったりして難しいなと思うので。しかし、忘れちゃいけないことだし、実際はきちっと記録をして、残し続ける努力を続けなければいけないということは、最近特に思います」

最後に大越さんはこう言う。

「忘れ去られていく。だから被害の実態は本当に正確に伝えられていったと思うんだけど、途中で色々なものが混ざって正確ではなくなったり、このようにパロディみたく変な格好で出されたりして、正確に伝えることが難しくなってきていることは間違いないと思います。

でも、原爆の被害を茶化していいってことじゃないってことは言い続けなきゃいけないと思います。80年も経てば、こういうのが出てくるのはある意味では、風化って言ったら正確じゃないかもしれませんが、実態が忘れ去られたというか、不正確に伝えられて、それがどんどん拡散しておかしくなるのは、時間が経てばやむを得ないとは思うけど、やっぱり原点の、あの被害のところはきちっと受け止めて、我々が言うていかねばいけないのかなということを強く感じました」

今回の騒動では、多くの人が「#NoBarbenheimer(ノーバーベンハイマー)」というハッシュタグをつけて、原爆の被害を写した白黒写真やアニメーションをSNSに投稿するなど、原爆の悲惨さを伝える動きをしている。大越さんたちの活動は決して無駄ではない。

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