苦戦が続くヤマハとホンダ。日本メーカー復活の処方箋(後編)/御意見番に聞くMotoGP

 2023年のMotoGPは第8戦を終えて7月はサマーブレイクとなりました。8月から後半戦を迎えますが、日本メーカーであるヤマハとホンダが後半戦に活躍できるのかが気になるところでしょう。

 そんな2023年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム第13回目です。

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–いよいよ復活の処方箋についてお伺いしたいのですが、準備はいいですか。

 前回の歴史の振り返りで、レースで成功するためにはライダーの資質が重要だと結論付けたわけだけれど、これを経営資源の三要素である(人・物・金)に当てはめると、まさしく「人」だね。

 レースの結果も、開発の方向性もライダー次第なのは否定できない事実なので。だからこそ、ここに一番「金」をつぎ込むのもレースで成功するための正しいマネジメント手法なんだよ。こう言い切ってしまうと身も蓋も無いんだけどさ(笑)

 前回触れたように、ヤマハがリーマンショックを乗り切って勝ち続けたのも「金」の力なんだ。リーマン前にタイトル奪還の為に大金を投じたけれど、技術資産という「物」に変えていたので、その後レース予算は大幅に減らされても勝ち続ける事が出来たんだ。

–と言っても、大金を投じてもうまくいかないケースもありましたよね。

 前回も触れたけど、バレンティーノ・ロッシ選手がドゥカティに移籍した時の話だね。あの時は高額な契約金が動いたらしいし、当事者だけでなくて周囲の期待感がはんぱ無かったから、あの結果には大いに落胆したろうね。

 あの失敗の原因は、推測でしかないけれど、やはり「人」の問題に帰結するんじゃないかな。レースにおける「人」の要素の中でライダー以外に重要な要素が、「物」を生み出すエンジニアだというのは理解できるよね。エンジニアがライダーの望むような「物」を生み出すためには両者の間に特に緊密なコミュニケーションが必要なんだ。

–両方ともイタリア人なので細かいニュアンスまで伝わって良かったんじゃないですか?

 いや、そういうんじゃなくて(笑) 僕の言いたいのは、ライダーの評価を技術用語に置き換えて理解するエンジニア側の資質という事なんだよ。例えばドクターと自称して開発能力に長けていると言われるロッシ選手にしても、フットレストの長さとかハンドルの角度とかは具体的に指示するけれど、キャスター角を何度にしろとか重心位置をもっと上げろとか具体的に指示してくれるわけじゃない。

 現在のマシンの状態は、コース内のこことこことでこんな現象が起きていて、だからタイムをロスしているというような情報でしかない。つまりこういったライダーの評価コメントをエンジニアは正しく咀嚼して、技術用語に置き換え、データと突き合せたうえでマシンづくりに反映しなければならないんだ。

 残念ながら、当時のドゥカティのエンジニアリング部門のトップは、ロッシ選手の言うままにマシンに手を加えていったらしいけれど、意図がうまく伝わっていなかったんじゃないかな。まあ、高い授業料だったけど、その後の体制立て直しが奏功して結果的に現在の成功につながったわけだから結果オーライってことだね。

–そうなんですね、それじゃマルク・マルケス選手やホルヘ・ロレンソ選手は更に難しいという事ですね。

 残念ながらそういうことになるね。どんなマシンでも乗りこなすなら楽じゃないかと思うけど、良くわからないなりにエンジニア主導で開発を進めて行った結果、本人以外は誰も乗れないし、最終的には本人も知らないうちに速く走れなくなるって事もあり得る。そこで重要なのが開発ライダーの存在なんだ。

 開発ライダーはレギュラーライダーのように速い必要はないけれど、センサーが正確でマシンの状況を的確に分析してエンジニアに伝える能力が必要なんだ。ここがしっかりしていると、レギュラーライダーがテストする前にしっかりふるいにかけられるのでテストの効率が良くなるし、開発の効率も上がる。

 その点ではヤマハの体制はしっかりしているんじゃないかな。かつては藤原と吉川、つい最近までは中須賀と野左根というタイプの違うテストライダーを使って、評価が偏らないように配慮していたようだし。

–つまるところ、やっぱり「人」ってことですね。

 どんどんそういう結論に近づいているみたいだね(笑)

 でも「人」についてはもうひとつ追加しておきたいね。それは誰かと言えば絶対の裁量権を持つ経営者の皆さん。この階層が、レースで成功するためには恐ろしく金が掛かって、それでいて事業に対する効果は見えにくい。でも「金」を惜しんで中途半端に続けたり撤退しようものなら、そのダメージは計り知れないとしっかり認識することなんだ。

 ホンダもヤマハも会社の創成期には経営者自らが陣頭指揮してレースに参戦し、そして勝ち上がることで現在まで続く経営基盤を確立したことを忘れちゃいけないと思うね。

 小賢しい側近連中が、レースを止めたら来期はなんとか赤字に転落しなくて済みます、と進言をしようものなら「バカヤロー、俺の目の黒い内はレースは絶対止めねーぞ」とか、毅然とした態度で一蹴するくらいの気概を示して欲しいと思うわけだよ。

 今風に言うと「コミットメント」って言うのかな、これがあるとレースに関わる全ての従業員の士気が上がるってもんだ。

–なんかすごい剣幕になってきましたが、三要素の内の「物」についてはどうなんでしょう。

「物」は端的に言うとマシンという事になるけれど、それを構成している技術も「物」。技術を開発するうえで必要な資材、設備も「物」。そう考えると、事業を多角的に展開している日本のメーカーは、ものすごい「物」持ちだよね。

 ホンダなんてジェット機も作っているしF1のパワーユニットも作ってるすごい会社だ。ヤマハにしたって、基礎研究や先行開発、解析なんか専門にやってる部署があるはず。そういう部署の人材と技術と設備を、レースの為に横断的に使ってよいという勅令をトップが出してくれたら、バイクしか作ってない連中に負けるわけがないだろう?

–そうですよね、全くその通りで本気出したら負ける気がしませんよね。

 そういう事。ゆっくりと時間を掛けて弱ってきたので、急速に回復するためには、いわゆる「異次元レベル」で「人・物・金」を投入する必要があるけれど、それが決断できるかどうかだね。僕としては一刻も早い日本メーカーの復活を祈るだけだね。

 日本メーカーにコンセッション(優遇措置)をと議論してるみたいだけど、キッパリと拒絶して欲しいね。

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