名手・谷口信輝、実質首位でのスピンは「完全に自分の失態」。片山右京監督は“伏線”も指摘/第4戦富士

 レース後のグッドスマイル 初音ミク AMG・谷口信輝は、これ以上ないくらいに落ち込んでいた。

「焦りましたね。スリックなんだから、もっと転ばないように行かなきゃいけないのに……とにかく後ろに抜かれないようにしなきゃと……これは完全に自分の失態です」

 うなだれながら語るその姿は、前日にポールポジションを獲得したドライバーとはまるで別人のようだった。

■的確だったスリックへの交換判断

 赤旗中に降り出した雨によりタイヤ交換が許され、ラスト50分は全車がウエットタイヤを装着。スーパーGT第4戦は雨模様のなかフィニッシュを迎えるかと思われた。

 リスタート直後、ダンロップタイヤを履くゲイナーの2台に先行を許した谷口は、首位の座を失う。ただ、これはある程度想定済み。スタート直後、同じくウエットタイヤを履いていた片岡龍也も、同様の状況に見舞われていたからだ。

「我慢すれば、彼らは落ちてくるだろう」

 谷口は焦ることも諦めることなく、GT-Rのテールランプを追いかけていた。

 果たしてしばらくすると、序盤と同じくゲイナー勢のペースが鈍り始める。谷口は73周目のTGR(1)コーナーでPONOS GAINER GT-Rを、78周目の2コーナー先でGAINER TANAX GT-Rをオーバーテイクし、自力で首位を取り返していた。

 ところがその頃には路面は乾いてきており、スリックへと交換する陣営が出始める。谷口も「もうタイヤがきちゃってて、砂の上を走っているような感じだったから、手遅れにならないうちに入った方がいい」と自ら判断を下し、84周目にピットへ飛び込んだ。実際、外したタイヤの表面はボロボロになっており、この判断は的確だったと言える。

 アウトラップ、まだウエットパッチが残る路面でのスリックタイヤでの走行は困難を極めた。

「もう前も後ろもグリップ感もなにもなくて、用心して1コーナーに入っていったけどそのまま突っ切るし、その後の加速も全然ダメだし、コカ・コーラコーナーのブレーキも止まらなくて、やさしく曲がっていったけどスピンしてしまい……」

 ウォールへの接触は免れたものの、コース復帰に時間を要した谷口の4号車はポイント圏外へと転落してしまった。

「本当、天国から地獄ですよ」。谷口は悔しさを必死に飲み込むように“その瞬間”を振り返る。

「焦らなければよかったんだよ。あの状況でスリック履いたら、みんなグリップなくてフラフラしながら走っているんだから、自分もそうやって走れば良かったのに、俺の中で焦っちゃってたね」

「スピンしてなければ、勝ってただろうねぇ。俺のレース人生の中でも、数えるくらいしかない、大失態だね。今日は実力で勝てそうだったのに。一番やっちゃいけないことやってしまいました」

2023スーパーGT第4戦富士 グッドスマイル 初音ミク AMG(谷口信輝/片岡龍也)

 チームを率いる片山右京監督は「今日は勝たなければいけないレースだった。2位もビリも一緒だった」と振り返る。

「硬めのウエットで行って、そこで頑張ってくれたのはカッコ良かったし、いい走りだったんだけど。まさかそのあと乾いてきて……谷口も、あの歳でいい勉強したんじゃないかな(苦笑)。あれだけ速くて巧いドライバーが、珍しくまるで“小僧”みたいなことをしてしまって。『勝ちたい』って気持ちは見えたけど、レースだからミスはあるものだからね」

 右京監督はミスはミスとして捉えながらも、その背景となった谷口の“焦り”には「伏線がある」とも指摘した。

「セーフティカー(赤旗)が入って逃げていたギャップはゼロになってしまったし、そもそも給油時間がGT-Rと10秒違うから(ピットから)出ていくときにプッシュしなくてはという心理も働く。見ている人は『せっかく速くて強かったのに、もったいない』と思ったかもしれないけど、そこにはいろいろと伏線があったんだよね」

 ギャップがリセットされたレース終盤、しかもコンディションが刻々と変化していくなかで、キャラクターの異なる複数のタイヤメーカーが入り乱れ、続々と周囲がスリックへと変えていくという状況は、適切な判断をすることも、平常心を持って戦うことも、とても困難だ。今回のグッドスマイル 初音ミク AMGのレースには、そんなスーパーGTの難しさが凝縮されていたのかもしれない。

「タイヤは良くなっているし、クルマさえ決まっていればポールを取れることは証明した」とポジティブな要素も語った右京監督。次戦、8月の鈴鹿は昨年優勝を飾ったラウンドでもある。サクセスウエイトも引き続き軽量であることから、再びチャンスがめぐってくる可能性は高そうだ。

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