経口中絶薬は女性の選択拡大につながるか?職場では?はたらく女性は?

2023年4月28日、厚生労働省はイギリスの製薬会社ラインファーマの経口中絶薬「メフィーゴパック」の製造・販売を承認しました。
海外では30年以上前から使用されている経口中絶薬ですが、日本では初めて使用可能になりました。

厚生労働省「令和4年(2022)人口動態統計月報年計(概数)の概況」によると、女性1人が生涯に産む子どもの推定人数「合計特殊出生率」が1.26でした。
合計特殊出生率が年々低下している理由は、女性の社会進出が進む一方、労働環境、子育て支援体制が整っておらず、安心して子どもを産み育てられる社会環境とはいえないからかもしれません。
また、自身のキャリアアップに集中したいと考える女性も増えているのかもしれません。

はたらく世代の女性が経験するライフイベントのひとつである「妊娠」において、企業は母性健康管理の義務があります。
これまでは妊娠の継続が主流だったかもしれませんが、今後は選択的な中断も増えてくる可能性が考えられます。
そのような場合のサポートにもあらためて目を向けていく必要があります。そこで今回は、今回承認となった経口中絶薬とは、企業としての関わり、はたらく女性ができることについて解説します。

経口中絶薬とは?

経口中絶薬とは、人工妊娠中絶を行う薬です。
現在、日本では市販はされておらず、登録申請を行った医療機関のみで処方できます。(登録手続きが完了した医療機関は、販売元ウェブサイトで検索できます)
外科的な中絶方法は子宮の内壁を傷つけるリスクがあります。
一方、この経口中絶薬は子宮に器具を入れることがないので、子宮にも精神的にも負担が少ない中絶法と考えられており、WHO(世界保健機関)も最も安全な方法として経口中絶薬を推奨しています。

時期:現在わが国では経口中絶薬は妊娠9週0日までが対象です。それ以降は、外科的な方法を検討します。(海外では妊娠中期の22週まで使用可能)
条件:2つの条件が設けられています。1つ目は「母体保護法指定医師の確認のもとで投与を行うこと」、2つ目は「適切な使用体制のあり方が確立されるまでの当分の間、入院可能な有床施設(病院または有床診療所)において使用すること」です。(オンライン処方や医療機関の外での内服が認められている国もあります)
費用:人工妊娠中絶は、原則として健康保険が適用されない自由診療のため、薬による中絶にかかる費用は各医療機関・地域によって異なります。薬の価格はおよそ5万円、それに加えて診察料と入院費などをあわせると10万円程度になることが予想されます。
安全性:日本で行われた臨床研究では、薬剤投与24時間以内に、93%が中絶に至っています。従来の掻把法・吸引法といった外科的手術に比し、子宮を損傷するリスクがない一方で、出血が長引くことが報告されています。

企業ができること

母性健康管理

男女雇用機会均等法には、母性健康管理措置として、以下が定められています。

妊娠中および出産後の女性労働者が、健康診査等を受け、医師等から指導を受けた場合は、その女性労働者が、その指導を守ることができるようにするために、事業主は、勤務時間の変更や勤務の軽減等の措置を講じなければなりません

はたらく女性が妊娠9週0日までに経口中絶薬による人工妊娠中絶をした場合も、以下の母性健康管理措置の対象となると考えられます。

対象者:流産・死産後1年以内の女性労働者(妊娠の週数は問いません)
内容:医師等から出血や下腹部等への対応として一定期間の休業等の措置が出されることがあります。事業主は、女性労働者が、健康診査等を受けるための時間の確保や、医師等からの指導事項を守ることができるようにすることが義務付けられています。出産した場合だけに限らず、流産・死産後1年以内の女性労働者についても同様です。

現時点では、経口中絶薬使用の条件として、「適切な使用体制のあり方が確立されるまでの当分の間、入院可能な有床施設(病院又は有床診療所)において使用すること」があります。
薬剤投与後、中絶完了までの時間の医療機関滞在を要しますし、その後も出血や下腹部痛などへの対応として、医師から一定期間の休業などの指導が出されることも考えられます。
企業はその指導を守ることができるように措置を講ずる必要があります。
利用できる社会保障制度については、はたらく女性自身が事前に知らないことが大いに考えられます。
職場からの情報提供は重要です。

ハラスメント防止の視点

先にご紹介した母性健康管理による措置をはたらく女性が受けたときに、マタニティハラスメント同様それを理由に嫌がらせや不当な扱いを受けることがあってはなりません。
中絶に関する考えは個々人の宗教観や倫理観によってさまざまで「新しい生命を殺す」とか、「命の芽を摘む」として、中絶を批判する声があることは事実です。
しかし、中絶に至る状況は周囲からは目に見えないことも多くあります。
妊娠の中断を選択したはたらく女性は、精神的、社会的、経済的に妊娠を継続できない状況かもしれません。
あるいは、妊娠を継続していくことが困難な身体的健康状態にあるのかもしれません。
個々人の宗教観・倫理観で、ともにはたらく仲間に対応するようなことがないようにしなくてはいけません。
ハラスメントや私的な領域や個人の選択への批判・誹謗中傷などを恐れて、上述の母性健康管理措置を受ける権利があるのに、事実を秘匿し、有休で賄っている女性も多く潜在していることが予想されます。
はたらく女性が安心して最低限の開示ができる職場環境の醸成が欠かせません。

ヘルスリテラシーを高める・相談窓口の設置など

経済産業省の調査では、女性従業員が会社に求める女性特有の健康課題や症状、妊娠・出産・妊活等におけるサポートとして、柔軟な勤務形態を支えるサポートなど母性健康管理につながるもののほかにも、専門家への相談窓口や予防や意識啓発を図るための健康教育などもありました。
はたらく女性たちが、自身のキャリアプラン・ライフプランの中での最適な選択ができるようなサポート体制が求められています。

はたらく女性たちができることとは

妊娠できる性である女性が、妊娠の「継続」もしくは「中断」を選択することは権利です。しかしながら、生命の重みのある選択ゆえに、難しく厳しい選択でもあります。女性にとっては体だけでなく心にも大きな負担となりえます。

だからこそ、望まない妊娠をしないことは大切です。そのためには避妊が必要です。女性が主導権を握って避妊できる方法として、ピルや緊急避妊法があります。大事なことは、今が産むタイミングでなかったとしても、いつか産みたいと思ったときに妊娠・出産できるよう、こころとからだをすこやかに保つことです。

こころとからだを傷つけない、ベストな選択を今することが重要です。
そのために、正しい知識が必要ですし、信頼できる専門家に相談することも役立つことでしょう。

おわりに

すべてのカップルと個人が自分たちの子どもの数、出産間隔、ならびに出産する時期を自由に決定でき、そのための情報と手段を得ることができるという基本的権利、ならびに最高水準の性に関する健康およびリプロダクティブ・ヘルスを得る権利がある

これは1994年にカイロで開催された国際人口開発会議における、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)の定義です。

人工妊娠中絶については、様々な観点で議論を呼んでいます。
たとえば、日本では堕胎罪が廃止されていないこと、女性本人の意志だけでは中絶を受けることができない配偶者同意の要求などがあります。
また、費用についても海外では国の助成等で自己負担額がない、もしくは軽減が実現している一方で、日本では全額自己負担となっていることもあります。

SDGs(持続可能でより良い世界を目指す国際目標)の17の目標のうち、目標3に「すべての人に健康と福祉を」があります。
このなかで、2030年までに家族計画、情報・教育及び性と生殖の健康を国家戦略や計画に組み入れていくとともに、性と生殖に関する保健サービスをすべての人々が利用できるようにすることが掲げられています。

今回の経口中絶薬の承認はこの目標の一歩かもしれません。枠組みが一歩進んだことにより、今後は実際に利用する人が暮らす環境での一歩進んだ対応も必要になってくるかもしれません。

<参考>
・ 厚生労働省「令和4年(2022)人口動態統計月報年計(概数)の概況」
・ 厚生労働省「働く女性が流産・死産したとき」
・ Yutaka Osuga、Kazuhiro Shirasu、Ruriko Tsushima、Ken Ishitani「Short‐term efficacy and safety of early medical abortion in Japan: A multicenter prospective study」
・ 厚生労働省:いわゆる経口中絶薬「メフィーゴパック」の適正使用等について
・ 柘植あづみ「日本におけるセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツの現状と課題−医療・ジェンダーの視点から−」(「連合総研レポートDIO」2022年9月号)
一般社団法人日本女性心身医学会
公益社団法人日本産婦人科医会
一般社団法人日本家族計画協会
・ 長谷川潤一「安全な人工妊娠中絶について(PDF)」

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