「炎が子どもを焼かないように」元ちとせさんが大切にし続けてきた曲に込める平和への思い 原爆資料館で受けた衝撃が歌い手としての姿勢を変えた【思いをつなぐ戦後78年】

インタビューに答える歌手の元ちとせさん=7月26日、東京都渋谷区

 「ワダツミの木」などのヒット曲で知られる歌手の元ちとせさん(44)は、平和を歌い継ぐことを大切なテーマにしている。夏の期間限定で広島原爆に関連した楽曲を毎年配信し、収益を寄付してきた。非戦を訴え続け、今年亡くなった音楽家の坂本龍一さんとも深い縁があり、思いを受け継ぐ。元さんに、音楽を通して平和の意識を広めることへの思いや世界の現状をどう見ているのかを聞いた。(共同通信=島田喜行)

 ▽戦争は憎しみしか生まない
 年代、性別、国籍も問わず、私の音楽を聞いてくれる全ての人に平和のありがたさ、命を大切にする思いが届けばありがたいと考えています。終戦から78年間、世界で争いは途切れず、ウクライナでは今も戦争が続きます。戦争で解決できることはなく、憎しみしか生まれないと知ってほしい。

 大切に歌い続けてきた曲があります。広島原爆がテーマの「死んだ女の子」という曲です。原爆で犠牲になった7歳の女の子を題材にして、トルコの詩人が書いた作品の和訳に、作曲家の故外山雄三さんが曲を付けたものです。悲劇を繰り返さないよう平和な世界の実現を痛切に訴え、最後にはこんな歌詞があります。

 「炎が子どもを焼かないように あまいあめ玉がしゃぶれるように」

 2002年のデビュー前、プロデューサーに勧められて歌ったときは、意味が理解できず、どう表現すべきか分かりませんでした。デビュー後、イベントで広島を訪れた際に原爆資料館に足を運び、衝撃を受けました。通学途中に突然命を奪われた女の子の展示に胸が痛みました。

広島市の原爆資料館

 ▽誰かに何かを伝え、考えるきっかけを与えたい
 二度と起きてほしくない、この曲をたくさんの人に届けたいと強く思いました。歌う姿勢も大きく変わりました。ただ楽しく歌うだけでなく、誰かに何かを伝え、考えるきっかけを与えられる歌い手になろうと心に決めました。

 海外へも伝えたいと思い、世界で活躍する音楽家の坂本さんに「死んだ女の子」の編曲を依頼し、被爆から60年の2005年に音源を発表しました。広島原爆の日の8月6日に合わせ、原爆ドーム前から坂本さんのピアノと私の歌を生放送で届けました。戦後70年の2015年夏には、この曲を含むカバーアルバム「平和元年」を発表しました。

 今年5月に開かれた先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)で、各国の代表らが原爆資料館を訪れました。私がそうだったように、世界の代表者たちにもまた、新しい意識が生まれたと信じたい。目の前のプライドだけで核を使うと、応酬となり国が滅びます。手放す勇気を持ってほしい。

 ▽音楽が持つ力を信じて歌い続けたい

インタビューに答える歌手の元ちとせさん

 今は出身地の鹿児島・奄美大島に家族と住んでいます。島には2019年に自衛隊の駐屯地が置かれました。いろんな考えがあることは当然ですが、災害時などに助けられることもあります。大切に思うふるさとが今後も美しくあるように、争いのないようにしてほしい。

 島では人と人との絆が大事にされています。だから許せることも増えます。国同士も譲れないものがあるのでしょうが、理解し合えば絆が深まります。

 心が豊かであれば前向きな言葉が増え、笑顔も生まれます。音楽には聞く人の心を豊かにし、それが優しさや思いやりにつながり、平和への意識を「大きな花」として広げていく力があると思います。小さいことかもしれませんが、音楽が持つ力を信じて歌い続けたい。
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 はじめ・ちとせ 1979年生まれ。代表作に「ワダツミの木」、「語り継ぐこと」。

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