ソロじゃ味わえない「アンサンブル」の魅力、演奏を成功させる秘訣は?【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】

音楽の懐は広く、1人でも楽しむことができますし、1000人を超えるような大編成の楽曲もあります。1人での音楽と2人以上の音楽では演奏の質が根本的に異なります。2人以上での演奏のことを「アンサンブル」と言いますが、今回はこの「アンサンブル」を演奏者の視線から紹介したいと思います。

「アンサンブル」で最も重要なこと

「アンサンブル」をする上で、絶対に外れてはいけないことがあります。それは「時間の共有」です。時間とは、大きな視点では「楽曲のどの部分を演奏しているか」ということで、細かな視点では「リズム」のことです。 実際にアンサンブルを行う時は、どのようなテンポで、どういう順番で演奏していくかを決めないことには始まりません。逆にこれさえ一致していれば「アンサンブル」は成立します。 音を間違っていたり、強弱がちぐはぐだったりしていても、「時間の共有」さえできていれば一旦は成功です。

たとえばジャズやポップスでは「ソロ回し」を行うことがあります。「ソロ回し」とは、各楽器の人たちが順番に即興演奏で自分の演奏を披露することです。 事前にどのような順番で「ソロ回し」を行うかを決定することもありますが、視線や呼吸感で演奏しながら決めていくこともあります。視線や呼吸、音の作り方で自分がソロを続けたいことを示したり、他の人にソロを譲ったりすることができます。 これは大きな視点での「時間の共有」ということになります。

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クラシック音楽ではフレーズの終わりにテンポが落ち着いたり、旋律の歌いまわしでテンポが変動したりします。これはクラシック音楽の独特なテンポ感ですが、この時間の流れを共有できると、噛み合った感じが非常に気持ち良いものです。 これは細かな視点での「時間の共有」ということになり、曲中にあらゆるところでぴったり合わせていく必要があります。

「落ちる」恐怖

「アンサンブル」を続けていると、時間の共有が上手く行かなくなって、みんながどこを演奏しているかわからなくなってしまった、またはリズムが分からなくなってしまった、ということが必ず起こります。楽譜を見てもどこを演奏しているのかわからず、復帰することができません。このような状態になることを「落ちる」と言います。

落ちてしまったら、それははっきりとアンサンブルが失敗したことになり、頭が真っ白になってしまいます。練習だったらすぐその場で止めれば良いですが、本番で落ちてしまったらもう大変です。曲を止めるわけにもいかず、ただなんとなく音を鳴らして曲が終わるのを待つだけという地獄のように長い時間を過ごさないといけなくなります。

複雑なリズムで、練習のときから不安があった、という場所で落ちることもあれば、毎日通っている道で交通事故に合うように、「こんな場所に危険を感じたことがなかった!」と思う場所で落ちることもあります。

自分が落ちてしまった!どうしよう?

自分がもし落ちてしまったら・・・、そんなことは考えるだけでも恐怖ですが、アンサンブル活動を続けていれば必ず落ちるときはやってきます。 軽く落ちただけであれば、一旦自分だけ演奏をストップし、次の小節から復帰することが大切です。無理に演奏を続けようとしても復帰は難しいので、まず自分の中でテンポとリズムを取り戻しましょう。

自分がどこを演奏しているか分からなくなってしまった場合も、一旦自分だけ演奏をストップし、周りの音、とくに旋律に注目します。 落ちた時は、いつも聞いているはずの曲が途端に知らない曲のように感じられますが、旋律を聞くことでまた普段の光景を取り戻すことができます。身体の中で、時間の流れを取り戻すことができたと確信できたら、その次の小節から落ち着いて復帰しましょう。

いずれの場合も、落ちたら演奏から一旦離脱することが大切です。

相手が落ちてしまった!どうしよう?

いくら自分が練習を重ねて完璧に演奏できていたとしても、相手が落ちてしまったらアンサンブルとしてはやはり失敗です。「自分は上手く行っているのに相手のせいで失敗した!」という怒りの気持ちがあるかもしれませんし、「この人でも失敗するんだ、安心した!」と思うこともあるかもしれません。「間違っているのは自分かもしれないから復帰しなきゃ!」となって、引きずられるようにお互いが崩壊していくこともあります。

相手が落ちてしまったときこそ、アンサンブルの実力が試されるときです。基本的には相手がいずれ復帰してくれることを信じてテンポとリズムをキープしたまま演奏を続けます。相手に落ちた自覚があればそこで演奏をストップして復帰しようとしてくれるはずです。

このような場合、2人のアンサンブルであれば、旋律に合わせるようにするとよいでしょう。3人以上の場合は、人数が多い方に合わせます。たとえ自分が正しくて、みんなが間違っている、と思っている場合でも、自分のほうが演奏をストップして、みんなに合わせていくことになります。

「アンサンブル」の練習!90%は個人練習

よほど楽器に熟達していない限り、いきなり楽曲として完成したレベルで演奏することは難しいです。なので、「アンサンブル」といっても、90%は個人練習になります。不完全なところがあったとしても、時間の流れを止めないように、楽曲を最初から最後まで演奏できるようになったら、いよいよアンサンブル練習が可能になります。

初合わせでは、それぞれが考えてきた歌いまわしやテンポ感があり、どうしてもちぐはぐな演奏になるでしょう。また普段の練習と全く違う演奏方法を要求され、練習なら演奏できていた、というところが全く演奏できなくなったりします。

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そして初合わせによって、アンサンブルメンバーの曲への考え方を一致させていって、それをもとに、また長い個人練習が始まります。

非常に複雑なリズムだったり、特殊な演奏方法が要求されるような曲では、メンバーで一緒にゆっくり練習したり、一人ひとりの演奏を聞いてコメントする、というようなこともありますが、アンサンブル練習は時間が限られていることも多く、できる限り「個人でできる範囲の精一杯」の演奏で臨むようにしましょう。

アンサンブルの楽しさ

こうしてみると責任が伴い、少しのミスも大事故につながる可能性のあるアンサンブルは恐ろしいものに見えてきますが、実際にアンサンブルをしてみると一人の演奏には無い楽しさがたくさんあります。 その楽しさを見ていきましょう。

豪華な演奏になる

一人ではできることにどうしても限界がありますが、アンサンブルだと豪華な演奏になります。演奏できる曲の範囲が広がりますし、一度に響く音色も豊富です。 一人では演奏不可能だった憧れの曲を、みんなと一緒に演奏することができるというのはアンサンブルの持つ大きな魅力です。 自分が旋律を演奏する時は、自分のためにみんなが伴奏をしているという特別感を得ることもできますね。

伴奏で曲を支える

ソロで演奏するときは、どうしても旋律を一番大切にする必要がありますが、アンサンブルでは、自分が伴奏にまわり旋律を演奏しないときがあります。他の楽器を引き立てたり、曲全体のバランスをとっていくのは伴奏側の実力が問われるところで、このときこそ、アンサンブルならではの楽しさがあります。

演奏を介したコミュニケーション

人間同士のコミュニケーションは、会話やチャットなど様々にありますが、演奏も充実したコミュニケーションです。呼吸に合わせて演奏を始めるだけでも楽しいものですが、一緒に曲を盛り上げてみたり、相手にソロを譲ったり、と演奏中に起きる様々なやり取りは気持ちよく、演奏が終わったら自然と笑みがこぼれてしまいます。

打ち合わせ・打ち上げ

アンサンブルにおけるコミュニケーションは演奏中だけではありません。どの曲を演奏するか、という打ち合わせの段階から始まり、演奏が終わったあとの打ち上げまでコミュニケーションは継続します。時に意見が食い違ったり、立場や実力の違いに悩まされることもありますが、楽曲を演奏するという共通の目的を持って、本音をぶつけることができるコミュニケーションはいくつになっても楽しいものです。

自分の練習の披露・演奏技術の向上

育て上げてきた自分の技術を、アンサンブルの練習を通して披露したり、逆に練習で行き詰ってしまったところを仲間に相談したりすることができるのもアンサンブルの楽しさです。練習のモチベーションにもなりますし、一人でずっと練習するよりも楽器そのものの上達速度が上がります。 また相手の音や、自分の音を聴く力も身に付き、より客観的に自分の演奏を見ることができるようになります。

シンクロの快感

そして、アンサンブルの最大の楽しさは、シンクロが起こったときの快感です。ぜひメトロノーム(クリック音)を取り払ってアンサンブル演奏をしてみてください。人はそれぞれ心拍数も呼吸の速さも違い、感じている時間の速度も違いますが、アンサンブルの時に、それらがピッタリ合った!と感じる瞬間があります。このシンクロの快感は、まるで音楽の魔法にかけられたようです。これを知ってしまうと、もうアンサンブル演奏を止めることができなくなるでしょう。

アンサンブルをしてみよう

アンサンブルはまず仲間を見つけなければならず、また予定も調整しなければいけないため、ソロよりもハードルはかなり高いです。 なんとか楽器を演奏する人、または興味がある人を見つけ、まずは2時間音楽スタジオで演奏してみる、というところから始めてみると良いでしょう。 オンラインでのアンサンブルは遅延が大きく難しいですが、最近はヤマハの「SYNCROOM」など、低遅延の音楽アンサンブル通信アプリもあり、気軽にアンサンブルを体験しやすくなっています。 楽器を始めたばかりだったり、音楽仲間が少ない方にはなかなか敷居が高く感じるかもしれませんが、まずは1人音楽仲間を見つけるところから始めてみましょう。(作曲家、即興演奏家・榎政則)

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 榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。

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