重力レンズ効果で像がゆがんだ銀河の数々 ウェッブ宇宙望遠鏡が観測

こちらは「ほうおう座」(鳳凰座)の方向約76億光年先の銀河団「ACT-CL J0102-4915」を捉えた画像です。銀河団全体の質量は実に太陽の約2100兆倍と推定されています。宇宙誕生から60億年ほどが経った当時の宇宙で存在が知られている銀河団のなかでは最も大規模であることから、ACT-CL J0102-4915は「El Gordo」(エル・ゴロド、スペイン語で「太った人」を意味する)と命名されています。

【▲ ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ(NIRCam)で観測された銀河団「エル・ゴロド」(Credit: NASA, ESA, CSA, J. Diego (Instituto de Física de Cantabria), B. Frye (University of Arizona), P. Kamieneski (Arizona State University), T. Carleton (Arizona State University), R. Windhorst (Arizona State University), A. Pagan (STScI), J. Summers (Arizona State University), J. D’Silva (University of Western Australia), A. Koekemoer (STScI), A. Robotham (University of Western Australia))】

この画像は「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(James Webb Space Telescope:JWST)」の「近赤外線カメラ(NIRCam)」で2022年7月29日に取得したデータをもとに作成されました。ウェッブ宇宙望遠鏡は人の目で捉えることができない赤外線の波長で主に観測を行うため、公開されている画像の色は取得時に使用されたフィルターに応じて着色されています(※)。

※…この画像では1.15μmと1.5μmを青、2.0μmと2.77μmを緑、3.56μmと4.44μmを赤で着色しています。

エル・ゴロド銀河団はかつて「ハッブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope:HST)」でも観測されたことがありますが、アメリカの宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)によると、ハッブル宇宙望遠鏡の観測ではうっすらとしか見えていなかった歪んだ像の銀河をウェッブ宇宙望遠鏡は幾つも捉えることに成功しました。

次に掲載する画像では、そのなかでも特徴的な2つの銀河がピックアップされています。STScIによると、Aの四角で示されている細長く伸びた像の銀河はスペイン語で「La Flaca」(ラ・フラカ、やせた人)と呼ばれており、光が地球に届くまでに約110億年を要しました。Bの四角で示されているフック状の像をした銀河はスペイン語で「El Anzuelo」(エル・アンスエロ、釣り針)と呼ばれていて、光が地球に届くまでに約106億年を要したといいます。

【▲ エル・ゴロド銀河団の重力レンズ効果によって像が歪んだ銀河「ラ・フラカ」(A)と「エル・アンスエロ」(B)の位置および拡大像(Credit: NASA, ESA, CSA, J. Diego (Instituto de Física de Cantabria), B. Frye (University of Arizona), P. Kamieneski (Arizona State University), T. Carleton (Arizona State University), R. Windhorst (Arizona State University), A. Pagan (STScI), J. Summers (Arizona State University), J. D’Silva (University of Western Australia), A. Koekemoer (STScI), A. Robotham (University of Western Australia))】

銀河の像を歪ませているのは「重力レンズ」効果です。重力レンズとは、手前にある天体(レンズ天体)の質量によって時空間が歪むことで、その向こう側にある天体(光源)から発せられた光の進行方向が変化し、地球からは像が歪んだり拡大して見えたりする現象のこと。重力レンズは遠方の天体を観測するための“天然の望遠鏡”として利用できますし、その強さを分析することで、未知の暗黒物質(ダークマター)の銀河団における分布を知ることも可能です。

エル・ゴロド銀河団の膨大な質量による重力レンズ効果とウェッブ宇宙望遠鏡の組み合わせは新たな科学的成果をもたらしました。たとえば、エル・アンスエロの像が受けている重力レンズ効果をアリゾナ州立大学のPatrick Kamieneskiさんを筆頭とする研究チームが補正したところ、この銀河は直径2万6000光年の円盤状の銀河であり、その中心部では星形成が急速に弱まる「クエンチング(quenching)」と呼ばれるプロセスが確認されたといいます。Kamieneskiさんたちの研究成果をまとめた論文はthe Astrophysical Journalに受理されており、現在arXivでプレプリントが公開されています。

また、カンタブリア物理学研究所のJose Diegoさんを筆頭とする研究チームがラ・フラカとは別の細長く伸びた像の銀河(冒頭の画像で左下隅付近に見えている)を分析したところ、単一の赤色超巨星とみられる天体が検出されました。この天体は宇宙論的距離で初めて検出された単一の赤色超巨星の可能性があるということです。Diegoさんたちの研究成果をまとめた論文はAstronomy & Astrophysicsに掲載されています。

冒頭の画像はウェッブ宇宙望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡を運用するSTScIをはじめ、アメリカ航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)から2023年8月2日付で公開されています。

※記事中の距離は天体から発した光が地球で観測されるまでに移動した距離を示す「光路距離」(光行距離)で表記しています。

Source

  • Image Credit: NASA, ESA, CSA, J. Diego (Instituto de Física de Cantabria), B. Frye (University of Arizona), P. Kamieneski (Arizona State University), T. Carleton (Arizona State University), R. Windhorst (Arizona State University), A. Pagan (STScI), J. Summers (Arizona State University), J. D’Silva (University of Western Australia), A. Koekemoer (STScI), A. Robotham (University of Western Australia)
  • STScI \- Webb Spotlights Gravitational Arcs in 'El Gordo' Galaxy Cluster
  • NASA \- Webb Spotlights Gravitational Arcs in ‘El Gordo’ Galaxy Cluster
  • ESA/Webb \- Webb spotlights gravitational arcs in ‘El Gordo’ galaxy cluster (NIRCam image)
  • Kamieneski et al. \- Are JWST/NIRCam color gradients in the lensed z=2.3 dusty star-forming galaxy El Anzuelo due to central dust attenuation or inside-out galaxy growth? (arXiv)
  • Diego et al. \- JWST’s PEARLS: A new lens model for ACT-CL J0102−4915, “El Gordo,” and the first red supergiant star at cosmological distances discovered by JWST (Astronomy & Astrophysics)

文/sorae編集部

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