「スザンナ 聖なる夜」 インドネシア・ホラーの金字塔を再リメイク 【インドネシア映画倶楽部】第57回

Suzzanna Malam Jumat Kliwon

ホラー映画からインドネシアの文化・社会を知る?! 「インドネシア・ホラーの金字塔」的な作品のリメイク。「聖なる夜」とは? インドネシアの有名な幽霊「スンデルボロン」とは? ジャワの文化や時代背景を知ることができて興味深い。

文・横山裕一

インドネシアでは一年中夏だが、日本の夏に合わせてホラー作品を紹介したい。日本でいう「四谷怪談のお岩さん」的にインドネシアで定番とされる内容の作品でもある。

1981年公開でホラー映画の名作ともいわれる「スンデルボロン」(Sundelbolong)の再リメイク版。「スンデルボロン」では主役を演じた女優スザンナが高評価を得て「インドネシアホラー映画の女王」とまで呼ばれたため、2018年にはタイトル、主役の役名に「スザンナ」が冠されてリメイクされている。本作品はその再リメイク版で主役の女優は2作目と同じルナ・マヤが演じている。

サブタイトルの「聖なる夜」(Malam Jumat Kliwon)とは、太陽暦の金曜日(Jumat)とジャワやバリで伝統的に使用されてきたジャワ暦の曜日のひとつ、クリオン(Kliwon)が重なる日の前夜を意味する。古くから神聖な夜とみなされるとともに神や霊などが現れやすい晩であるともいわれている。時間帯はズレるが、日本で言う「草木も眠る丑三つ時」といったところか。太陽暦は7曜日であるのに対して、ジャワ暦は5曜日であるため、金曜日とクリオンが重なる日は概ね1カ月に1回程度である。

物語も前2作とは設定が変えられている。舞台は1986年の東ジャワ州のとある村。美しい女性・スザンナはスルヤという若者と結婚を誓い合う恋人同士だったが、彼女の父親が抱えた多額の借金の肩代わりを条件に、後継である子供を産むため地元名士ラデン・アリオの第二夫人として結婚せざるを得なくなってしまう。

一方、子供が産まれない第一夫人はスザンナに憎悪を込めた嫉妬を抱き、祈祷師に対して黒魔術を使ってスザンナを殺害するよう依頼、スザンナは出産の際に非業の死を遂げてしまう……。

死後、スザンナはスンデルボロンという幽霊になって自分を死に追いやった関係者に復讐を始めるのは過去の作品とも共通しているが、大きな違いはスザンナの元恋人スルヤがこれまで以上に、スザンナの幽霊への再生から幕引きまで大きな役割を演じているところだ。それだけに今作品はホラー映画というよりもラブロマンス映画の要素が色濃く打ち出されている。さらに、スルヤの現実的な心境の変化によるラストシーン、そしてエンディングは従来の作品とは異なり、見どころのひとつともいえそうだ。

ホラー映画制作が盛んなインドネシアの背景には、当然のことながらインドネシア人の怪談好きが背景にあり、日本と同様に多種多様な妖怪や幽霊がいるとされている。今回登場するスンデルボロンは代表的な幽霊の一つで、白く長いドレスの出立ちに髪の長い美しい女性の幽霊である。特徴は背中に大きな穴が空いている。諸説はあるが一般的には強姦で妊娠(あるいは出産)したのちに死亡した女性の幽霊だとされていて、出産直後の赤子をよくさらうともいわれている。古くより夜道の女性の一人歩きは危険なことが起きやすいので避けた方が良いという教訓から生まれた幽霊話だともいわれているようだ。

スンデルボロンは日本語訳するとスンデルは「悪戯な」という意味合いから娼婦を指す言葉でもあり、ボロンは特徴である穴が空いているという意味である。その意味からみると、今作品の原点である1981年の作品「スンデルボロン」の主人公が元娼婦の設定だったのは、幽霊の由来に忠実に構成されたのかもしれない。

ちなみに、Netflixインドネシア版では過去の作品(Sundelbolong/1981年、Suzzanna Bernapas Dalam Kubur/2018年)が配信されていて、興味のある方は見比べると制作された時代背景なども伺えて興味深い。またマニアックだが、今作品で幽霊となったスザンナがバッソ(肉団子)料理を10杯ペロリと食べてしまうシーンは第1作の「スンデルボロン」でサテ(串焼き)を200本食ベるオマージュであり、ニヤリとしてしまう。

前述のように鑑賞後はホラーというよりも恋愛ドラマを観た印象が強い作品で、愛情ある生活とは何かと元恋人が選択した道を含め劇場で鑑賞していただきたい。(英語字幕あり)

© +62