高齢者の「ぼっち死」描く77歳漫画家語る理想の最期「死ぬのは怖くないんです」

「死ぬのは怖くないんです」と語る漫画家・齋藤なずなさん

孤独死のニュースが増えている。そのたび、暗い気持ちになる人も多いだろう。そんな中で、独りぼっちで死ぬことを「日常茶飯事」だと、フラットな目線でとらえた漫画が話題を呼んでいる。

「ぼっち飯、クリぼっちという言葉がはやり始めたとき、近所のおばあさん同士で『このままじゃ、ぼっち正月だし、死ぬときもぼっちだよね』って話題になったんです。そんなときに思い浮かんだ“ぼっち死”という言葉を、漫画のタイトルにしました」

こう語るのは、居住者が高齢化したニュータウンを舞台に、孤独死や救急車に運ばれたまま亡くなる現状をリアルに描いた群像漫画『ぼっち死の館』(小学館)の作者・齋藤なずなさん(77)だ。

自らも、50年前に住み始めた都内ニュータウンの2DKの部屋に、3匹の猫と暮らしている。

「つい先日も、近所に住んでいる一人暮らしのおじいさんが、救急車で運ばれたまま戻ってきませんでした。こんなことは日常茶飯事で“最近見ないな。どうしているんだろう?”と思っていると、誰からともなく『入院しているらしいよ』と情報提供があって、その後、部屋から線香の匂いがして“ああ、やっぱりね。親族が片付けに来たんだ”と納得するんです。それでしばらくすると、新しい高齢者が引っ越してくるというサイクル。死は身近にあるし、近所で話題になるときは『次は私だ』と言い合うのが、定番です(笑)」

そんな日常が、漫画の題材だ。作中、国民年金だけでは足りず、漫画を描いて細々と暮らしているキャラは、齋藤さんがモデル。

「ほかの登場人物にもモデルはいたりしますが、いろんな要素を組み合わせてオリジナルのキャラクターにしています」

第1話の「永遠のリア充」では、スマホ片手にSNSに写真を投稿する老人が描かれている。

「LINEをやっていないと、近所の人とつながれないから、高齢者もスマホをなんとか使いこなしています。とはいえ操作は苦手だから、最初に“友だち”になるときはQRコードの出し方がわからず、すごく手間がかかるんです」

Facebookで、スマホで撮影した写真を投稿する人も多いという。

「普通なら知り合いに見せるくらいで終わりますが、Facebookに投稿すると“いいね”がもらえますからね。それが目的で自然だとか、猫だとか、そのへんの花だとかの写真を撮影するんですね。“いいね”があれば、励みになるし、うれしいし、社会とつながっているんだと実感できます」

SNSが趣味の老人のほか、物語には各話ごとに大学生の息子を突然死で失ってしまった女性、生徒の自殺を目の当たりにした元中学教師の女性、パートナー男性の娘から「お金目的の交際」だと責められている女性などが登場。

《どんなふうに生きてきたんだろう…この最後の場所にたどり着くまでーー》というセリフに象徴されるように、孤独な暮らしぶりだけでなく、それぞれに懸命に生きた証しが描かれているのだ。

「人間、70年も80年も生きてくれば、いいときもあるし、悪いときもある。何もない人生なんてありません。実際に葬式すらなく、静かに死んでいく人でも、人生が詰まっているんですね」

■どんなふうに死にたいか考えたことはない

そう語る齋藤さんも、40歳で漫画家デビューという異色の経歴を持っている。

「静岡県の富士宮市に育ちました。高校生のころから『不幸せでもいいから、退屈ではない人生を送りたい』と思って、短大進学を機に上京しました」

英語学校で、教科書や授業で使用するスライドのイラストを描く仕事をしていた。

「職場の人脈で、浅野八郎さんという占い師の本で、手相の絵を描いたりしていました。ところが40歳くらいになるとイラストの仕事も減ってきて……。営業もせずに、ぼーっと仕事が来るのを待っているようなタイプでしたが“さすがにこのままじゃマズイ”とあせって、食べていくために漫画を描いてみたんです」

“退屈しない人生”を選んだ結果、40歳で小学館の新人コミック大賞に輝き、遅咲きの漫画家デビューを果たしたのだった。以来「なんとか漫画家で生計を立てられています」という。

いまでも漫画はアシスタントを頼まず、一人で作品を描きあげる。

「自分のペースで執筆しているため、『ぼっち死の館』では、不定期連載というかたちでした。絵を描くのは楽しいんですが、その前のネーム(物語の構成を含めた下書き)を書くのがいちばん大変だし、苦しい作業です」

第2話を描き終え、第3話のネームを練っている途中で、齋藤さんは脳梗塞で倒れてしまった。

「床がフワフワと揺れだして立っていられなくなりました」

バタンと倒れたときには、死を覚悟したというがーー。

「この年齢ですし、死は身近だったので怖いという感覚はありませんでした。“連載中の漫画が描けなくなったら、担当編集者に迷惑をかける”なんてことも、まったく考えない(笑)。むしろ“このままダメ出しされたネームを描かなくていいかも。すべてから解放されるし、死ぬのも悪くない”って思いました。だから、病院に行かずに、わざわざ1日様子を見たんですね」

幸い、大事には至らず、退院直後こそ文字を書くこともままならなかったが、半年ほどかけて体調が戻り、作品を完結することもできた。そして現在、次回作を執筆中だという。

「どんなふうに死にたいか、考えたことはありません。そもそも猫が死ぬときもそうですが、死ぬ前は1週間ほどは苦しむもの。人生を振り返る余裕なんてないはず。いずれにしても、やりたいことしかやってきていないし、使いきれていない財産があるわけでもありません。だから、この世に未練はないんでしょうね(笑)」

深く悩まず、自由気ままに生きれば、死を恐れることもなく、穏やかな最期を迎えられるのだろう。

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