大阪の地で100周年、立ち飲み「赤垣屋」が愛され続ける理由

街にはさまざまな居酒屋があるが、100年以上愛され続けているチェーン居酒屋はなかなかないのではないか。難波・千日前の本店をはじめ、梅田や京橋など大阪市内に7店舗を構える立ち飲み店「赤垣屋」は、今年100周年を迎えた。

2023年で100周年を迎えた「赤垣屋」(写真はなんば店にて)

■ 朝から晩まで絶えず客が訪れる「赤垣屋」

大正12年(1923年)、大阪・福島での酒販店ではじまり、関東大震災や不況、戦争、そしてコロナ禍という数々の試練をくぐり抜けてきた同店。朝10時から営業している「なんば店」には、朝から晩まで絶えることなく人がやってきては、思い思いに飲んで帰って行く。

取材した日に一緒になった常連さんは、「僕らはまだまだ新参者やで」と言いつつ、全員通いはじめて20〜30年! なかには毎日訪れるという人も。「赤垣屋」に通い続ける理由は? と訊くと、「仕事終わりに来たらホッとするねん」「店員さんみんな好きで、会いに来てる」「1人にもなれるし、仲間にもなれるから」など笑顔で話してくれた。

「赤垣屋」に通い続けて20年以上という常連のみなさん。「居心地がいいし、店員さんも話しやすい」

「赤垣屋」といえば、生中360円、どて焼2本300円、自家製ポテサラ160円などの定番をはじめ、月2回変わる季節のおすすめメニューでは、はもちり390円(7月)・・・と、安くて早いのにどれも本格的なクオリティなラインアップなどで知られるが、それは大前提。常連さんが口を揃えて言うのは「居心地が良い」ということだった。

「赤垣屋」のお客さんは半数以上がおひとりさま。でもスタッフと話をしたり常連同士で乾杯したり・・・殺伐としがちな立ち飲み屋で、この心地良さはどう作られているのだろう? 「赤垣屋」で20年以上働く、なんば店の大島 哲店長に話を聞いた。

ネオンサインが目印、千日前商店街にある「赤垣屋 なんば店」

■ 「どないしてお客さんに安く飲んでもらうか」

──100周年おめでとうございます。「赤垣屋」の「お客さまの心のオアシスであり続ける」という理念についてお聞きしたいんですが、これは創業当時からなんですか?

「心のオアシス」というのは3代目の現社長からなんですが、昔から大事にしていることは変わっていないと思います。

創業当初は酒販店だったんですが、大正14年(1925年)には角打ちをやっていたんですよ。でもその後に戦争があって酒の配給制度がなくなったときに、初代・尾崎政雄社長はタクシー会社をやったり、パチンコや遊戯場、中国で酒場をやったりと飲食以外のこともいろいろやったそうです。

その後、昭和24年(1949年)に千日前でまた立ち飲み店を再開したんですけど、そのときに社長が「お客さんから『ありがとう』って言われる仕事しかしたくない」って言うたらしいんです。

そこが多分ね、うちの創業の精神。飲食の世界っていうのは、お客さんが来てくれて、「お前のとこのお酒はうまいな。よかったよ。おおきに、ありがとう」ってお金払ってくれる。うちの1番大事にしてるとこですね。

大正12年(1923年)、酒類販売店「尾崎政雄商店」を開業(写真はなんば店にて)

──それにしても100年続くっていうのが、本当にすごいなと思います。戦争も震災もあったし、コロナもあって、どう乗り越えてきたのかをお聞きしたいんですが。

遡っていくと先代の時代になると思うんですけども、トータルして言えることは、やっぱりお客さまとの関係性やと思うんですね。

──信頼関係ですか。

はい。正直な商売してると思いますわ。先代もよく言ってたんですけども、嘘ついたらアカンでと。 たとえば適正価格。僕が20代ぐらいのとき、客単価を上げていきたいという思いがあって、「これ、もうちょっと、あと10円、20円取れまっせ」とか言ってたんですよ。でも当時の店長(現常務)が、「そんなんアカン」って。

「うちに来てるお客さんっちゅうのは、みんな1000円札を握りしめてきてんねん。それで会計が1020円、1030円ってなって『高い』って思われたら、次来えへんようになるんやから」っていう言葉をすごく覚えていますね。

そういう形で「どないしてお客さんに安く飲んで価値を感じてもらうのか」を考え続けてる。でもめちゃくちゃ安売りをするわけじゃないですよ。どうやって適正価格のなかで楽しんでもらうか・・・。正直さ、真面目さ、誠実さ。儲けたろやないかいって、そんな感じじゃないですね。

お客さんと会話しながらビールを注ぐ、「赤垣屋」なんば店の大島店長

──コロナ禍はどうでしたか。

コロナのときはキツかったですよ。全店休業したので、売り上げが一気に0になりましたからね。でもそこでオンラインで集まって、インスタグラムをはじめSNSのこととかみんなで勉強しました。あとはテイクアウトにチャレンジしたりとかね。

でも売り上げ0の経験をしたのは良かったと思います。僕らって立ち呑みメインでずっとやってきてるんですけども、それ以外のことって結果的に生み出せてないんですよ。

今まで先代が築いてきてくれた、僕たちの先輩たちがずっと作ってきてくれた商売のやり方に乗っかっていたということに気づきました。これは結構キツい現実でした。だから今、勉強していくことがこの先の5年後、10年後を作っていくとみんなで再認識して、新しい価値を作っていかなアカンと思っています。

■「難しいお客さんを呼んでたのは自分たちやった」

──100年もの間、大阪の地で立ち飲みをやっていて、ここ数年で「変わったなあ」と感じることはありますか? 今日も若い女性が何人かいらっしゃいますね。

考えられない、もうほんまに男性ばっかりでしたから。でも今は常連の女性のお客さんも多くて、話を聞いてみると安心して飲めるって。それはうれしいことです。

あとはね、やっぱりこれは会社の成長とともに、というとこもあると思うんですけど、僕たちがちゃんと襟を正したっていうのもあると思いますわ。

ネクタイとシャツが印象的な「赤垣屋」のユニフォーム

──制服ですか? みなさんネクタイを締めてはりますよね。

そうです。今の常務が店長やった頃(30年ほど前)、新人で入った高卒の社員はまず「パンチパーマ当ててこい」って言われるんですよ。お客さんに舐められんように。そのとき常務はサングラスかけてオレンジ色のスーツ着てて・・・新喜劇みたいな(笑)。「なんやこのイカつい会社は」って思ったのをよう覚えてます。

──想像つかないです(笑)。

そのときはお客さんは敵という感じでやってた。お店を開けたらもうなんぼでも入った時代やったんですよ。だから、今聞いたらびっくりするんですけど、「おでんの厚揚げと卵ちょうだい」って言われたら、もう注文させんように2つずつ出すとか、焼鳥も6本一気に出したり。こんな頼んでないやんって言われたら睨みきかして。

そんな時代があったんです。でも先代の社長が「このやり方やったらアカン」と言って、そこから接客マニュアルを作ったんです。「いらっしゃいませ」「こちらへどうぞ」「はい、かしこまりました」っていう感じで、全部みんなに説明して実践したんですよね。

──なかったんですね、それまで。

そう。で、僕らはサービスが良くなると自信満々でやったら、お客さんに「なんやお前。こんな赤垣屋みたいな立ち飲みで堅苦しい言葉使いやがって」って言われて(苦笑)。

──ええ。

もうビビリあがりましたわ。僕らは良かれと思ってやってるのに。それで社長に「無駄ですよ、お客さん嫌がってますわ」って言ったら、「ちゃうよ大島くん、そういうお客さんは来んでええねん」って言うて。

そのあとも言葉遣いをきっちりして、お客さんも仕事帰りでネクタイを締めてるんやったら、僕らもネクタイ締めようということで、ネクタイ付の制服に変えたりとかして。それからね、やっぱりそういうお客さん、減っていきましたよ。

僕らが言葉遣いを改める、身なりを改める、お客さまに対する態度を改めることによって、お客さんも変わってきた。結果的に難しいお客さんを呼んでたのは自分らやったんですよ。多分、気づかずにそのままやってたら、もう衰退していったと思います。

■ 関西人も大満足、「早い」「安い」の秘訣

──今の接客はその頃にできあがったんですね。そういうお客さんが減って、大阪で愛され続けるお店になったわけですが、やっぱり料理やドリンクの提供スピードは素晴らしいと思います。

うちの強みですよね、ファーストドリンクの速さは。「飲みに来てるんやから、お客さん来たら、はよ飲み物出せ」って先代に叩き込まれてました。なのですぐにドリンクを出せるよう、カウンター3カ所にビールサーバーを置いてるんです。

──本当だ。だからあんなに早いんですね(笑)。

料理はポテトサラダとか一品ものは、各ポジションごとのショーケースに振り分けといてパッと出せるように。

料理の提供がとにかく早い。揚げ物を作るスタッフ・松野さん

──なるほど! あと安さですけど、最近では物価も上がってるなか、この安さはすごいと思います。

お客さまに理解いただいて値段を上げたんですけど、生ビールも330円やったんが360円、瓶ビールも500円が550円っていう形で。これも会議で議論して、どれぐらいが適正価格かシミュレーションして、いろいろ数字見ながら検証して、この値段でお客さまに納得してもらおうと。

お客さまには、もう何十年って来てる人もいてて、毎日同じ金額で帰る人もおるから、かなりのご負担があるんかなって僕は思ってたんですけど、意外になかったんです。「いや、しゃあないやん」って。適正に上がってるっていう風に感じてくださったんでしょうね。

──それは、正直に今までやってきたからってことですよね。

そうですね。ありがたいです。

創業100周年の「赤垣屋」

■ 「これが、社長が言うてたことなんか、と」

──数ある居酒屋があるなかで、常連のみなさんが「赤垣屋」に通う理由について、大島店長は何だと思いますか?

「ここは癒やしや」っていう人もおるし、あとは人と人との、僕らとの繋がりとかね。安いから、おいしいからっていうのは前提なんやけど、何かホッとできる場所っていうのが1番大きいんかなっていうのはすごく感じます。

先代がよう言うてたんですよ。お客さんが来たとき、僕らがニコッとして迎えたら、お客さんの心もほどけてリラックスして、1000円で飲んで、家帰るやろ。仕事で嫌なことがあってもな、赤垣屋来てホッとして帰ったら、奥さんや子どもにやさしくできんねん。

で、そうなったら家庭が円満になるやろ。円満になったら、また明日も仕事頑張ろうかってなる。そこで頑張ってまた赤垣屋に来る。このサイクルができたら、日本の世のなかが良くなるんちゃうかって。

僕、最初はよう分からんかったんですけど、梅田店で店長やったときにね、レジに立ってて、カウンターにずらっと並ぶお客さんたちの背中を見てたときに、なんかだんだんとわかるようになってきて。いろいろみんな背負ってるんですよ。

──カウンターにずらっと並ぶ方々が。

いつも来るお客さんでね、怖い顔してなんか怒ってるような人がおって。いつも500円で帰るんですよ。忘れもしない、日本酒1本300円とおでんの厚揚げとたまごで500円。そのお客さん、1000円札をいつも出すから、僕が500円渡して帰られるんですね。

いつも怒ってるような顔してて、同じ時間に来て、同じ時間に帰るんです。で、ある日僕が「毎度おおきに」って言って500円を渡したら、僕の顔をじーっと見てくるんです。「どうされましたか」って聞いたら、「店長、俺のこと覚えてるんか」って。

カウンターにずらりとお客さんが並ぶ

──わぁ。

「覚えてますよ。毎日来ていただいて」って言ったら、「そうか。俺、中間管理職で残業するなって言われてるからはよ帰らなあかんねん。で、帰ってもな、家で仕事すんねん。でもちっさい家やから、子どももバタバタするし、酒もゆっくり飲まれへん。やからここの赤垣屋での10分間だけが俺の時間や。ありがとう」って帰っていって。

──えー、めっちゃ良い話。

そのときに、「あーこれが社長が言うてることやねんな」と思って。そうなってくると、作業でやってることが仕事になってくるんですよね。「ほんまにいつもありがとうございます」って思うし、「どないしてお客さんに早く飲み物を出してあげるか」とか、そのお客さんの好み覚えて、とかね。

──なるほど。それにしても先代、名言多いですね。

確かにね。それで、創業時の「兄ちゃん、おいしかったで」というようなエピソードとかを思い出して、「心のオアシス」という理念になったんですよね。

「赤垣屋」なんば店のみなさん

■ 「心のオアシスとして、正直に誠実にやっていきたい」

──そんな心のオアシスを求めて、朝から晩までいろんな方が訪れるんですね。

朝やったらガードマンのおっちゃん、ホテル業、宿泊施設。そう、コンビニやってる人、市場の人、 駅員さんも多いです。ほんまにいろんな人いてますよ。

──1人でゆっくり飲みたいけど、でも、1人ぼっちで飲むというのは、なんか違いますよね。その距離感が「赤垣屋」は絶妙で、それがやっぱり癒やしであり、心のオアシスなんやろなと思います。

確かに距離感は保つようにしてますね。たとえば、差し入れはもらわない、連絡先の交換をしない、一緒に飲みに行かない。もう社員全員に最初の初期研修のときに話をしてます。これぐらいの規模の店やと、絶対それはしたらアカンと思っています。

──踏み込まず絶妙な距離感を保ちながら、お客さん1人1人を思って接する。これは簡単なようで難しいですよね。100年続く秘訣はここにあるように思います。

今後も、お客さまの「心のオアシス」であり続けるよう、正直に誠実にやっていきたいと思います。

(左上から時計回りに)どて焼2本300円、スーパーなんばビーフカツ300円、スーパーなんばステーキ300円、赤ウインナー190円

創業当時から支持されている「どて焼き」をはじめ、なんば店・なんばウォーク店限定の「スーパーなんばステーキ」「スーパーなんばビーフカツ」など名物もたくさん。いつ行っても楽しいメニューと出合うことができる。

安い、早い、うまい、そして心地が良い。昨今、売り上げ重視の企業の不祥事がよく報道されるが、その真逆をいく「赤垣屋」がこんなにも愛され、100年続いているという理由。先代が残した「ウソついたらアカンで」は、今の時代にこそ響く言葉ではないだろうか。

取材・文/Lmaga.jp編集部 写真/木村華子(外観は編集部)

立ち呑み 赤垣屋

「お立ち吞み処 赤垣屋 なんば店」
住所:大阪市中央区難波3-1-32
営業:10:00~22:30(LO22:15)、日祝10:00~21:30(L.O 21:15)
電話:06-6641-3384

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