“正義”の名の下の大量殺戮は許されるのか?「戦争の爽快感」という恐るべき皮肉を突きつける『破壊の自然史』

『破壊の自然史』©️LOOKSfilm, Studio Uljana Kim, Atoms & Void, Rundfunk Berlin-Brandenburg, Mitteldeutscher Rundfunk

1945年、ドイツを降伏させた大爆撃

セルゲイ・ロズニツァの『破壊の自然史』は、昨年のカンヌ国際映画祭で私が最も期待していた作品だった。前作『国葬』や『粛正裁判』と同じ、ニュース映像を編集した、いわゆるアーカイヴ・ドキュメンタリーで、第二次大戦中の連合軍によるドイツへの空襲を描いている。ドイツ軍によるイギリス本土への空襲も登場するが、割合は圧倒的に少ない。その理由は、最初は優勢だったドイツ軍が次第に苦境に追い込まれていくからだが、まずは時代背景を簡単に説明しよう。

1940年5月から6月にかけて、ダンケルクで英仏軍40万人を取り逃がしたドイツ軍は、1940年7月から10月にかけて、イギリス本土上陸作戦の前哨戦として“バトル・オブ・ブリテン”を仕掛けた。しかし、上層部の命令系統の混乱もあって失敗、進軍の方向を東部に転じる(結果的に、この方向転換が墓穴を掘ることになる)。

制空権を確保したイギリス空軍は、1940年11月にハンブルクを空爆。1941年12月にアメリカが参戦すると、豊富な軍事力を背景に、ドイツ各都市への空爆を拡大し、ハンブルク、ブレーメン、ベルリン、リューベック、ロストックなどの都市を集中爆撃、都市機能を破壊していった。最後は、中世以来の美しい街並みが残るドレスデンを、のべ1300機の重爆撃機が合計3900トンの爆弾を投下し、徹底的に破壊しつくした1945年2月13日から15日の空爆で、ドイツ降伏の3か月前のことだった。

“正義”の名の下の大量殺戮は許されるのか

カンヌ映画祭のカタログには、この映画が提起する2つの命題が載っていた。1つは「一般市民を戦争の道具として扱うことは倫理的に許されるか?」、もう1つは「より高い“理想”のために大量破壊を正当化できるか?」だ。

第一次大戦までは、かろうじて戦争には“戦場”があったが、航空技術や兵器が発達した第二次大戦以降は、無差別爆撃が可能になり、戦場と銃後の境界が消え、戦闘員・非戦闘員の区別がなくなった。だからといって、“正義”の名の下に、罪のない人々を大量殺戮するのは許されるのか? とロズニツァは問いかける。

ページ分割:ノーラン新作『オッペンハイマー』との繋がり

「破壊の爽快感」は人間の性なのか

『破壊の自然史』には、ナレーションや説明が一切ない。音楽もほとんどない。のどかなドイツの田園風景(ミヒャエル・ハネケの『白いリボン』[2009年]の世界に似た、古き良きドイツの田舎だ)から始まり、ハーケンクロイツの旗がたなびく都会のカフェで、のんびりとお茶を楽しむ人々が登場する。すると一転、真っ暗な闇の大地に、ポツポツと炎が上がるシーンに変わる。(おそらくハンブルクへの)夜間爆撃だ。そこからは、爆撃機の離陸、飛行、爆撃。燃え上がる炎、崩れる建物、瓦礫と化す街の映像の繰り返し。数々の都市が次々に破壊され、灰燼に帰していく。

親が戦中世代なので、空襲の話は親や家族の体験談として知っていた。なので空襲というと、焼夷弾が不気味な音をたてて落ちてくる、燃え上がる炎から逃げ惑う、大火傷を負うといったイメージしかないのだが、本作は、空から攻撃する側の視点で描かれているので、炎の熱さや焼け焦げる臭いといったフィジカルな感触がまったくない。

完成した砂の城を足で踏み潰すような、破壊の爽快感さえ感じる。都市を機能不全にするのでは収まらず、形がなくまるまで破壊しつくそうとする衝動がなんとなく理解できるような気がしてくる。ロズニツァは、その衝動こそ人間の歴史にとって“自然”なのだと言う。『破壊の自然史』(The Natural History of Destruction)というタイトルには、そんな恐るべき皮肉が込められているのだ。

けれども、本作は難しい映画ではない。シンプルすぎるほどシンプルで、ある意味とても面白い映画だ(特に爆撃機・戦闘機マニアには必見のシーンが数々ある)。そして、破壊の快感がどこから来るものかを考えてみることに意義がある、人間としての理性をなくさないために。それこそがロズニツァの狙いなのだ。

C・ノーラン『オッペンハイマー』につながる時代背景

最後に参考映画を何本か挙げておこう。バトル・オブ・ブリテンの発端となるダンケルク撤退については、アンリ・ヴェルヌイユの『ダンケルク』(1964年)/クリストファー・ノーランの『ダンケルク』(2017年)、バトル・オブ・ブリテンについてはガイ・ハミルトンの『空軍大戦略』(1969年)、デヴィッド・ブレアの『バトル・オブ・ブリテン 史上最大の航空作戦』(2018年)などがある。

そして、日本公開が待たれるクリストファー・ノーランの新作『オッペンハイマー』は、まさに本作でロズニツァが問うた「より高い“理想”のために大量破壊を正当化できるか?」に間違った答えを出してしまった男の悲劇なのである。

文:齋藤敦子

セルゲイ・ロズニツァ《戦争と正義》2選『破壊の自然史』『キエフ裁判』は2023年8月12日(土)よりシアター・イメージフォーラム(東京)、第七藝術劇場(大阪)、京都シネマ(京都)にて2作品同時公開

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