「上げ馬神事」現場の急坂を見て実感した馬に対する酷使 三重県桑名市、時代とともに変わるべき伝統【杉本彩のEva通信】

写真を拡大 「上げ馬神事」が行われる多度大社の急坂と壁=三重県桑名市
写真を拡大 「上げ馬神事」が行われる多度大社の急坂と壁=三重県桑名市

7月の某日、かねてから動物虐待ではないかと指摘されている「上げ馬神事」が行われている三重県桑名市にある多度大社に行った。「上げ馬神事」とは、毎年5月4日と5日に多度大社で行われる神事で、45年前に県の無形民俗文化財に指定されている。伝統衣装に身を包んだ乗り子と呼ばれる騎手が馬にまたがり急坂を駆け上がり、急坂の一番上には高さ1.8メートルもの垂直な壁がありそれを乗り越えた回数で農業や景気を占う。「上げ馬神事」が行われる多度大社は、愛知県・岐阜県との県境に位置する、公共交通機関で名古屋駅から約1時間程度の所にある。境内には、滝が流れていたり橋が掛かっていたりと自然と調和した歴史ある神社だ。

「上げ馬神事」については、これまで一般の方から当協会に、馬が可哀想で見ていられない。何とかやめてもらえるよう働きかけをしてくれないかといった要望が多数送られてきていたことから、過去の資料などを調べていた。これまで私たちが見ていた動画や写真には、馬が駆け上がる周囲に大勢の人が写っていたから、走路自体はそれなりに広く見えた。だが実際に入口から見てみると、新宮社に続く幅広の石段の横に狭い登り坂の走路があって、その横幅はたったの3メートルしかない。下から見上げて走路の左側には、石垣の上に建てられた木造の桟敷席と、右側には石段の上に人工的な観客席が設けられていた。3メートル幅の狭い坂に大勢の関係者と、そしてそのすぐ横で観客がひしめき合っている中、馬を猛スピードで走らせることになる。そして百聞は一見に如かず、走路はこれまで見る以上に坂が急勾配であることと、その先にそびえ立つ垂直の高い壁は、坂の上の単なる行き止まりにしか見えず、この垂直の壁を勢いで登り上がることはまず難しく、馬にとっても人にとっても非常に危険を伴う行為であるということがよく分かり、逆にこの垂直の壁を登ろうとする行為そのものが信じられない。

当協会は、7月27日に田村憲久元厚労大臣ご同席のもと、一見勝之三重県知事にお時間をいただき、NPO法人アニマルライツセンターと共に動物への扱いの改善をお願いした。一見知事と田村議員からは、上げ馬神事について過去に4頭もの馬が転倒し安楽死させられていることについて、非常に危険を伴い改善していかなくてはならない事案であるとのお言葉をいただいた。またこれまで多くの批判が集まっているにも関わらず開催されることについて、伝統的神事であるがゆえに地元のご年配の方々のご理解を得ることが難しいとのお話しもあった。だが、伝統文化というものは、その時代に合わせて形を変えるからこそ継承されるもので、ましてや過去の記録には、壁を飛び越えたり坂の角度については一切書かれてなく、サラブレットが導入された現代において迫力があるだろうということで、過去の環境とは大きく異なる急坂と垂直の壁を障害とし、そこを全力疾走させているのだ。

5月の農水委員会の参考人質疑では、環境省から、引退馬も愛護動物であり、その愛護動物に対し、正当な理由があったとしても手段が容認される範囲を超える場合は、動物殺傷・動物虐待罪が成立するとのご返答があった。そのため、動物愛護法違反の可能性も非常に高いこの神事について、生きた馬を利用するのをやめる代替法に変更するか、馬を使うのであれば障害物である急坂と垂直壁の撤去や走路の改善、動物を適切に扱うための方法について提案した。

新型コロナウイルスの影響で、今年5月に4年ぶりに開催された様子は、BBCニュースにも取り上げられ今国内外から注目されている。多くの人が社会通念上容認できないのだ。だからこそ、今後は生きた馬を利用するのをやめ、時代に即した形に代替する時だ。馬の形の神輿や山車を組ごとに作って崖に上げたり、巨大なボールを転がし崖を上げるなど、案を一般から募ることで、皆で継承していくことができるのではないだろうか。もしくは代替しないのであれば、皆が納得する大幅な改善が必要だ。そもそも障害競技であったとしても、2メートル程もの高く硬い壁を登らせるようなことはしない。また障害競技では長年の訓練を行っており、それでも事故で馬が死亡することがあり、多くの批判を受ける。壁は高さの改善ではなく撤去する必要がある。

また、急勾配の坂も問題だ。通常、傾斜は馬の速度を制限するためにつけられる。急坂を馬に全力疾走をさせることは無理があるのだ。上の広場までどうしても馬を登らせたいのであれば、走路の前半からなだらかな傾斜をつけ、駆け足程度で登らせるようにする必要があり、坂を全力疾走させることは馬に負担がかかりすぎる。他にも馬に恐怖やストレスを与えないためにも関係者の人数制限が必要だし、見物客とも距離をとるべきだ。鞭の材質や鞭打ちの改善も必要だし、何より馬に乗ったことがないような素人が馬を適正に扱えるようになるには、時間をかけて専門家から知識と技術を得るべきだ。

当協会Evaは、多度大社に向けて上げ馬神事を司る奉納団体の御厨総代会に、改善内容について直接お話しできる機会をいただけないかお願いしている。動物の福祉と、未来ある乗り手の若者と動物の安全が担保できる神事に今こそ変革していく、そういう時代に来ているのだ。

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「杉本彩のEva通信」は、動物環境・福祉協会Eva代表理事の杉本彩さんとスタッフによるコラム。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。今回のEva通信は、杉本さんと共に日頃活動している松井事務局長が執筆しました。

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