ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が「ガニメデ」と「イオ」の謎を解明

高い赤外線感度と高性能な分光器を持つ「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」は、遠方の深宇宙だけでなく、太陽系内の天体を観測する機能も有しています。今回、木星の4大衛星であるガリレオ衛星のうち、「ガニメデ」と「イオ」の観測と分析結果がそれぞれの研究チームより発表され、それぞれの天体にまつわる謎が解明されました。

【▲ 図1: 可視光で撮影された木星の衛星ガニメデ(左)とイオ(右)(Credit: NASA, JPL, USGS)】

ガニメデの過酸化水素が極地に限られることを解明

「木星」は強い磁場を持っており、宇宙空間に存在する荷電粒子(電気を帯びた粒子)を捕らえて加速します。これらの粒子は時々木星の衛星たちに衝突し、表面にある物質を分解する「放射線分解」というプロセスが発生します。これは地質活動があまり活発ではない天体表面で発生する主要な化学反応の1つです。

木星が保持する衛星たちは表面が水の氷で覆われているため、放射線分解では水分子 (H2O) が分解されて、酸素(O2)、オゾン(O3)、そして過酸化水素(H2O2)が生じることが分かっています。

しかし、これまでの観測では過酸化水素が見つかっていない衛星もありました。それは「ガニメデ」です。直径5268kmのガニメデは木星に限らず太陽系で最も大きな衛星で、太陽系最小の惑星である水星(直径4880km)よりも大きいほどです。これほどの大きさがあるガニメデは中心部が金属に富んでおり、そこから磁場が発生していることが観測で判明している唯一の衛星でもあります。

磁場は荷電粒子の進路を曲げるため、表面の氷に衝突する荷電粒子の数が大幅に少なくなり、結果的に放射線分解が抑制されると考えられます。例外は磁場が弱い両極域であり、そこだけは荷電粒子が到達しやすくなると考えられます。同じことは地球でも起こっており、荷電粒子と大気分子との衝突で起こるオーロラの発生が極域に限定される理由にもなっています。

放射線分解は十分に理解されているとは言えず、ガニメデ表面に過酸化水素が存在しない理由はこれまで判明していませんでした。もしもガニメデの高緯度地域に限って過酸化水素が見つかれば、磁場によって低緯度地域での発生が抑えられることで、過酸化水素の存在を示すシグナルが弱すぎて見えなかった、と説明することができます。

【▲ 図2: ガニメデ表面の過酸化水素の分布図。先行半球 (左) の両極地域に偏っており、ガニメデの磁場が低緯度地域への荷電粒子の衝突数を減らしているという予測と一致する(Credit: Samantha K. Trumbo, et.al.)】

コーネル大学のSamantha K. Trumbo氏などの研究チームは、ウェッブ宇宙望遠鏡によるガニメデの観測データから過酸化水素の分布を分析しました。その結果、ガニメデで初めて過酸化水素を発見しただけでなく、過酸化水素は公転方向と同じ側の半球(先行半球、leading hemisphere)の両極地域に多く、低緯度地域ではほとんど存在しないことも明らかにしました。これは、磁場の影響によって荷電粒子の衝突による氷の分解が両極地域に集中するという、事前の予測と一致します。

興味深い傾向として、同じく氷の分解物として生じる酸素は両極地域には少なく、低緯度地域に多いことが観測により判明しました。一見すると酸素と過酸化水素の分布は矛盾していますが、Trumbo氏らは次の理由で矛盾していないと考えています。酸素は氷とは結合しにくく、保持されるには気泡のような物理的な囲いが必要であると考えられます。放射線分解は気泡そのものを破壊するほどの激しいプロセスであるため、両極地域では発生する酸素の量よりも気泡の破壊によって逃げてしまう酸素の量の方が多いと考えられます。逆に、低緯度地域では荷電粒子が届きにくいので放射線分解が起こりにくいものの、気泡も破壊されにくいため、結果的に酸素が保持されると考えられます。

これに対し、過酸化水素は氷と結合しやすく、このような物理的な囲いは必要ないことから、単純に発生量が分布に反映されると考えられます。このため、過酸化水素の分布はガニメデが保持する磁場と荷電粒子との相互作用をよく反映した結果であると考えられます。

イオの一酸化硫黄と火山噴火の関連を証明

「イオ」は天体全体が火山であると言えるほど活動が活発であり、熱い物質を放出する火山を持つことが知られている地球以外で唯一の天体です。イオの火山から噴出する火山ガスの主成分は二酸化硫黄(SO2)ですが、少ない成分として一酸化硫黄(SO)も放出しています。特に、一酸化硫黄分子が火山の熱で約1200℃ (1500K) まで加熱されると、エネルギーが高い励起状態となります。励起状態は不安定であり、すぐに光の形でエネルギーを放出します。

このような光は、通常は他の大気分子との衝突で抑えられてしまうため、本来ならば放出されることはありません。ところが、イオには薄い大気しか存在しないため、励起した一酸化硫黄が数秒後に光を放出することを妨げるような衝突は発生しにくい状態です。また、一酸化硫黄は大きな火山だけでなく、塵をほとんど放出せずガスのみを放出するために観測が難しい「ステルス火山 (stealth volcano)」からも放出されていると考えられます。

しかし、一酸化硫黄分子から光が放たれる現象や、ステルス火山から一酸化硫黄が放出されているという事実を観測で証明することは困難でした。イオの大気組成の観測は非常に難しく、一酸化硫黄のような微量成分となればなおさら困難であるため、一酸化硫黄の観測はイオが木星の影に入っている時にのみ可能です。イオが木星の影に入って太陽光が届かなくなると表面温度が低下し、二酸化硫黄が凍結して大気から消え、相対的に一酸化硫黄の量が増えることになるからです。

これに加えて、イオの見た目の位置が太陽から十分離れており、1時間というかなり長時間の観測が可能な時に、ノイズとなる大気の揺らぎや木星からのシグナルを補正する必要もあります。これまでそのような観測機器を備えていたのはハワイにあるW.M.ケック天文台の「ケック望遠鏡」のみであり、理想的な観測条件が整うことはめったにありませんでした。

カリフォルニア大学バークレー校のImke de Pater氏などの研究チームは、ウェッブ宇宙望遠鏡によるイオの観測データをもとに、一酸化硫黄と火山活動の関連性を分析しました。観測当時、イオで噴火をしていたのは「カネヘキリ溶岩流(Kanehekili Fluctus)」と「ロキ火口(Loki Patera)」でした。

【▲ 図3: ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で捉えたイオの一酸化硫黄の分布図。噴火しているカネヘキリ溶岩流 (Kanehekili F.) の付近で最も濃度が高いことが分かる一方で、それ以外の地域にも多少濃度の高い部分があることが分かる(Credit: Imke de Pater, et.al.)】

観測データを分析した結果、カネヘキリ溶岩流については励起した一酸化硫黄から放出される1.707µmの赤外線を捉えることに成功しました。また、これより弱いものの、一酸化硫黄からの放射が他の地域でも観測されました。この結果は、励起した一酸化硫黄が見つけやすい火山の噴火に関連しているだけでなく、見つけることが難しいステルス火山からも放出されていることを示しています。これらの観測結果は、この少し前に行われたケック望遠鏡による観測結果とも矛盾しません。

ウェッブ宇宙望遠鏡の能力の高さを証明する観測結果

ウェッブ宇宙望遠鏡は赤外線望遠鏡として優れているだけでなく、見た目の移動速度が速い太陽系内の天体を追跡して詳細な観測ができることも強みとしており、今回の研究結果はその能力の高さを示す好例となりました。

今後も、ウェッブ宇宙望遠鏡はガニメデやイオの追加観測を行う予定であり、また太陽系の他の惑星や衛星も観測する予定です。ウェッブ宇宙望遠鏡は太陽系の天体に存在する多くの謎を明らかにしてくれるでしょう。

Source

  • Samantha K. Trumbo, et.al. “Hydrogen peroxide at the poles of Ganymede”. (Science Advances)
  • Imke de Pater, et,al. “An Energetic Eruption With Associated SO 1.707 Micron Emissions at Io's Kanehekili Fluctus and a Brightening Event at Loki Patera Observed by JWST”. (JGR Planets)
  • Robert Sanders. “James Webb Space Telescope sees Jupiter moons in a new light”. (University of California, Berkeley)

文/彩恵りり

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