椎名桔平「最後のセリフまでをどう生きるか、がこの役の根幹」

1978年に日本推理作家協会賞を受賞、戦後を代表するベストセラーとして知られる大岡昇平の裁判小説『事件』。あの宮部みゆきにも多大な影響を与えた同作が、実力派俳優・椎名桔平を主演にWOWOWで連続ドラマ化されることとなった。

WOWOW『連続ドラマW 事件』で主人公・菊地大三郎を演じる椎名桔平

椎名が演じるのは、かつて裁判長として下した判決にトラウマを抱える主人公の弁護士・菊地大三郎。23歳のスナック経営者の殺人および死体遺棄の容疑で逮捕された19歳の青年の弁護を引き受けることになり、その青年のことを調べるうちに、自身の過去と向き合う物語だ。

登場人物それぞれが抱える孤独と絶望、裁判を通して浮かび上がる真実、そして、それに真摯に向き合うことで見つけたわずかな希望。ミステリーとしてだけでなく、重厚な人間ドラマとなった本作において、難しい役どころを演じた椎名に話を訊いた。

写真/Ayami

◆過去、名優たちが演じた主人公・菊地大三郎

──これまで何度も映像化されてきた『事件』。過去には、丹波哲郎さんや若山富三郎さん、北大路欣也さんといった名だたる俳優が主人公・菊地を演じてきましたが、やはり意識されましたか?

いや、そこに関しては意識しなかったですね。もちろん、参考にしようと思って拝見しました。どれも非常に重厚な作品でしたけど、半世紀くらい経ってますし、今回は弁護士目線で物語が進行していきますから。令和版「事件」ということで、いちから作品を作るという主旨のもとでやりました。

椎名桔平が演じる主人公の弁護士・菊地大三郎(WOWOW『連続ドラマW 事件』より)

──スリリングな法廷の展開が見どころでもありつつ、今回のWOWOW『連続ドラマW 事件』ではかなり人間ドラマに比重を置いたように思いました。

人間賛歌と言いますか、いろんな場面でキャラクターの心情が強く出てくる作品になってますよね。

──それはもう、脚本の段階から?

感じましたよ。この菊地弁護士という人間の成長物語的な部分もありますし、いろんな人がこの『事件』というストーリーのなかで、成長していったり、大人になっていったり、はたまた、過去を乗り越えていくというね。そういう人間模様というのは、この物語のカギですね。

──椎名さんが演じた主人公・菊地は弁護士ですが、法律家の日常やそこで交わされる言葉など、派手さはないんですけど、すごく丁寧に演じられている印象でした。そのひとつひとつが積み重なることで、より人間の描写が生きてくるという。

そうだと思いますね。うん、普段なかなか僕らが目にすることのない裁判官や検察官、弁護士、さらには裁判員のみなさんが登場しますが、法廷以外の場面もしっかり描かれていますからね。そういったシーンが、より人間ドラマという形に力を与えてくれるような感じがします。

──役作りをしていくなかで、裁判を傍聴したり、弁護士に話を聞いたりしたと思うんですが、最初に抱いていた法律家のイメージにギャップはありましたか?

準備の段階で、裁判官の方にお会いする機会がありまして。面と向かってお話していると、やはり言葉の端々に清潔感や品性みたいものを感じました。いろんな裁判官の方がいらっしゃるから、あくまでひとりの裁判官なんでしょうけど、やはり印象というものは、なかなか大きな力を与えてくれるものです。

僕の友人の弁護士もそうですし、そういう人の特性みたいなものを役にうまく活かせられればと考えますから。自分という素材を使って役をやるわけだから、自分にないものを補って、自分の想像力とか、感情みたいなものは自分で作っていくので、その準備にはかなり時間をかけました。

役作り、お芝居、役者の楽しみについて語る椎名桔平

──それはほかの作品と比べても?

かかりましたよ。セリフの長いシーンなんて、台本10ページくらいありましたし。仕込みが大変なんですよ。(法廷シーンだと)言い換えにくいセリフばかりですからね。

──かなり役作りも大変だった、と。

まぁ、役作りは役作りであって、実際のお芝居は相手がいますからね。もちろん演出も入るし。みなさん難しい役だったと思うんですよ、今回。でも、どう役を作って現場に来られるのかは、僕ら役者にとって楽しみのひとつ。あ、ここまでやるんだ、とかね。それを自分がどう受け止めてお芝居するのか、という感じですね。それは役者のいちばん楽しいところかもしれない。

◆どう自分に落とし込めるか、が勝負どころ。

20代のスナック経営者・葉津子(北香那)の殺人容疑で逮捕された19歳の青年・宏(望月歩)の弁護を引き受けることになった元裁判官の弁護士・菊地。かつて、自らが下した判決から二度と法廷には立たないと決めていたが、葉津子や宏の孤独や苦悩を浮き彫りにし、自身の過去に向き合うようになる。

当初、宏の自白からすぐに結審すると思われていたが、葉津子の妹で宏の恋人・佳江(秋田汐梨)、葉津子につきまうヒモ男・宮内(高橋侃)、女手ひとつで姉妹を育てた母・すみ江(いしのようこ)、遺体の第一発見者である大村(中村シユン)らの証言から、それぞれが抱える孤独と人間の業が思いも寄らない真実を浮かび上がらせる。

裁判長・谷本一夫を演じる永島敏行(奥)は、1978年公開の映画『事件』にて被疑者・宏を演じた

──今回、被疑者の宏をはじめ、登場する若者たちからは孤独や絶望、世間への諦めとも言える「誰も僕の言うことなんて信じない」というセリフがよく聞かれます。それに主人公・菊地は次第に動かされていくわけですが。

そうですね。そういう展開ですね。

──そして、物語が進んでいくなかで、最終的に菊地の心情、信条は「間違わない人間なんていない。間違えれば、やり直せばいい」というところに着地してきます。どういう想いでそのセリフにたどり着きましたか。

物語のいちばん最後・・・そこに至るまでをどう生きるかですよね。それがこの役の根幹ですから。そのセリフをちゃんと自分の言葉として吐けるのか。最初はね、そこまでたどり着くことができるのかって思いながら演じてましたから。単純な言葉ではあるんだけど、どう自分のなかに落とし込めるか、そこがひとつの役の勝負どころだと思いました。

主人公の弁護士・菊地大三郎役の根幹について語った椎名桔平

──菊地がどうそこにたどり着いたのか、その道程は全4話のドラマでぜひ注目してもらいたいポイントですね。最初に「人間賛歌」という言葉もありましたが、そのあたりはどうですか。

ちょっと辛いシーンなんかもありますが、なんていうか、人間というものを感じさせてくれる作品だと思うんですね。自分の過ちを見つめ直して、現実を乗り越えていく素晴らしさというか。加害者、被害者、それを証言する人、そこにも人間ドラマがあるんです。

どのキャラクターにも感情移入できる物語になってますし、最後に勇気を与えてくれるような作品に仕上がったと思ってます。もちろん事件の解明や人間模様の謎解きなんかもあって、本当に見どころがたくさんある。いいエンタテインメント裁判ドラマに仕上がったと思います。

──裁判員制度はまさに令和版『事件』ならではのシーンですが、驚きながら、怖がりながら一般の方が参加している。そういうシーンを丁寧に描いているのは、まさにこのドラマならではですね。

ある意味、人を裁くわけですからね。弁当を食べながら話してるんだけど、その一方で人を裁く重さは誰もが感じていて。普段、視聴者のみなさんが体験できないことを疑似体験できるというか、そういったシーンも結構ありますから、そこも楽しみにしていただきたいですね。

WOWOW『連続ドラマW 事件』

同ドラマは、8月13日・夜10時からWOWOWにて放送・配信スタート(全4話/第1話無料放送)。出演者は椎名桔平のほか、北香那、望月歩、秋田汐梨、高橋侃(なお)、ふせえり、貴島明日香、中村シユン、仁村紗和、入山法子、堀部圭亮、いしのようこ、永島敏行、髙嶋政宏ら。

WOWOW『連続ドラマW 事件』

原作:大岡昇平『事件』(創元推理文庫刊)
監督:水田成英
出演:椎名桔平、北香那、望月歩、秋田汐梨、高橋侃、永島敏行、髙嶋政宏、ほか

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