社説:終戦の日に〈上〉 「軍事大国」に突き進むのか

 <武装を捨てた頃の/あの永世の誓いや心の平静/(中略)そうだ、平和という言葉が/この狭くなつた日本の国土に/粉雪のように舞い/どつさり降り積つていた>

 <“すべてがそうなつてきたのだから仕方ない”というひとつの言葉が/遠い嶺のあたりでころげ出すと/もう他の雪をさそつて/しかたがない、しかたがない/しかたがないと、落ちてくる/(中略)ああ あの雪崩/あの言葉の/だんだん勢いづき/次第に拡がってくるのが/(中略)私にはきこえる>

石垣りん「雪崩のとき」

 「平和の危機を感じて書きました」。25歳で東京大空襲により自宅を焼け出され、直後の敗戦を胸に刻んだ希代の詩人は、2004年の本紙掲載インタビューで語っている。この年、84歳で亡くなった。

 明後日の「終戦の日」を前に、戦後78年の日本の周囲を見渡してみる。

 昨年来のロシアによるウクライナ侵略で、今この時も非道な戦争犯罪が続いている。習近平指導部で独裁性を強める中国は、「台湾統一」の野心を隠さない。繰り返すミサイル発射で、北朝鮮は軍事技術を研ぐ。

 息をつけば、きな臭い空気を吸うかのような環境である。

 仕方ない。危ない世の中だから。しかたがない。

 そんな現実へのあきらめや思考停止が、戦後引き継いできたはずの平和への思いを雪崩のように流そうとしてはいないか。

 日本は今年、世界3位の軍事大国への道を歩み始めた。

 防衛費の「倍増」と、「反撃能力」の保有。岸田文雄政権が昨年12月に閣議で決めた安全保障戦略の改定に盛り込んだ。先の国会では防衛財源の一部を確保する法が成立した。

 岸田氏は国会や記者会見で、中身を伏せた説明を「丁寧に」繰り返すだけで、歴史的な国防政策の大転換を図っている。

 防衛費倍増は、国内総生産(GDP)比2%とする欧州連合(EU)の基準を参考にしたという。

 7月の世論調査で約6割が「不適切」と答えたのも当然だろう。日本のGDPなら米、中に続く巨費を軍事に投じ続けることになる。しかも5年間で総額43兆円とする財源は、予算の使い残しを見込むなど不安定にして、不透明極まりない。

 国難ともいえる人口急減が進む中、身の丈を超えた「軍拡」ではないのか。それが私たちが望む国の形だろうか。

 他国のミサイル発射拠点などを破壊する反撃能力は、戦後の国是としてきた専守防衛を踏み越え、国際法違反の先制攻撃にさえなり得る。

 力に力で対抗していく先には、軍拡競争と衝突のリスクが高まる「抑止力」の危うい正体が見えないか。

 それでも仕方ないだろうか。

=<下>は15日に掲載

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