1983年の佐野元春を映した奇跡のライブドキュメンタリー「Film No Damage」  渡米前の元春を総括する “記録映画” 「Film No Damage」

“裸の佐野元春” 当時27歳

『Film No Damage』は、モノクロ映像の “裸の佐野元春" から始まる。宿泊先のホテルで朝起きて、朝刊を片手にコーヒーを飲みながら、トランクス一丁で室内を歩き回る元春。BGMは「モリスンは朝、空港で」だ。とにかく細く、贅肉のないカラダ。時はジャスト40年前の1983年3月、当時元春は27歳だ。

洗面所で鏡を見つめ、ふとカメラの方を向き直ると、元春は口パクで何か呟く。そこへスーパー。

「ショウタイムのはじまりだぜ。」

このCUEワードとともに、映像は一転カラーになり、オープニングチューン「悲しきレイディオ」が始まる。スーツに黒の細いネクタイを身にまとい、伊藤銀次ほかザ・ハートランドの面々をバックにギターをかき鳴らす元春。当時、全国30ヵ所以上を回る大規模ツアーの真っ最中で、このステージが最終公演だった。最後を締めくくる会場は、今年7月に閉場となった中野サンプラザだ。

以降、このサンプラザ公演をベースに、ステージの建て込みの模様や、楽屋での風景、「グッドバイからはじめよう」のスポットCM撮影の模様(幼児がピアノの上に乗ってるやつ)、ジョンとヨーコの「公開ベッドイン」のパロディや、ライブ終演後の様子など、さまざまな映像がインサートされていく。本作は単なるライブフィルムではなく、「1983年の佐野元春」を当時の空気感とともにとらえた貴重な作品だ。

映像は16mmフィルムで撮影、監督は日本のロック・ドキュメントのパイオニア井出情児

監督は井出情児。日本のロック・ドキュメントのパイオニアと呼ばれる人物で、元春自ら「僕のコンサート・ツアー最終公演をドキュメントしてください」と頼みに行った。当時は映像に力を入れるアーティストは少なく、ロックのドキュメンタリー映画も数えるほどしかなかった。そういう映画が撮れる人物も、井出しかいなかったからである。

映像は16mmフィルムで撮影。クランクアップ後、元春は井出と映画プロデューサーとともに編集にも立ち合い、約1ヵ月間にわたり作業をともにした。まだデジタル編集が導入される前、フィルムを切ったり貼ったりしていたアナログ編集の時代だ。MTV文化が起こる前から、元春が映像技術を学ぼうとしていたことは興味深い。

そこまでして元春が本作にこだわった理由は、このツアーを最後に日本での音楽活動に区切りをつけ、ニューヨークに拠点を移そうと心に決めていたからだ。中野サンプラザでの最終公演は、NY行きを発表した場でもある。元春は「国内ラストツアーをきちんと映像に残し、ファンにしっかり見届けてほしいという思いもあった」と後に語っている。

オリコンアルバムチャートで4週連続1位を記録した「No Damage」

映画に先駆けて、元春は既発表曲から14曲をセレクトした編集盤アルバム『No Damage(14のありふれたチャイム達)』を1983年4月にリリース。実質初のベスト盤で、オリコンアルバムチャートで4週連続1位を記録した。

このアルバムを置き土産に、元春は5月に渡米。『Film No Damage』が公開されたのは、本人が日本を去った後の7月のことだった。最初に上映された会場が中野サンプラザだったというのはなんとも皮肉だ。当時、このフィルムを観たファンたちは(生で最終公演を観た人もいただろうが)スクリーンの中でシャウトする元春をどんな思いで見つめていたのだろう。私もそう思っていたけれど「元春はもう日本には帰って来ないんだろうな」という雰囲気だった。実際はヒップホップ、ラップ・カルチャーを肌で体験し、翌1984年6月に戻って来るのだが。

渡米前の元春を総括する幻のドキュメンタリー

というわけで『Film No Damage』は、渡米前の元春を総括する “記録映画” である。冒頭で見せた肉体のように、贅肉のないシャープな音楽がそこにある。「ガラスのジェネレーション」の名フレーズ「つまらない大人にはなりたくない」は、改めてライブ映像で観ると「オレはつまらない大人になってないか?」とつい自問自答してしまう、そんな鋭さを感じる。当時の元春は、とにかく尖りまくってパワフルだった。

今だったら上映終了後にDVDリリースや配信が始まるところだが、あろうことか、この『Film No Damage』のフィルムは全国を巡回した後、なぜか行方不明になってしまう。長らく再上映がされないまま ”幻のドキュメンタリー” と呼ばれていたが、およそ30年後の2012年、ついに所在が明らかになった。灯台もと暗しで、EPICレコードジャパンの倉庫に眠っていたのである。

元春は少年期に、ビートルズのドキュメンタリー映画『レット・イット・ビー』や『ウッドストック』、ザ・バンドの『ラスト・ワルツ』を観て大きな影響を受けた。レコード会社が乗り気でないなか、ほぼ自主制作と言ってもいい形で元春がつくり上げた『Film No Damage』は、彼のキャリアを語る上で、初期のアルバムと同じくらい重要な価値を持つ作品だと思う。

発見された『Film No Damage』の16mmフィルムはデジタルリマスターが施され、2013年、5.1chサラウンドシステムで初公開から30年ぶりに上映された。サウンド面は、アルバム『SOMEDAY』のレコーディングに関わった坂元達也がマスタリングを監修。80年代の元春を生で観たことがない若い世代にも大きな反響を呼んだ。

「シネマシティ ライヴ・フィルム・フェスティヴァル 2023」のオープニング作として上映

東京・立川市のシネコン・シネマシティは『Film No Damage』を2021年に単独で再上映しているが、今年も『シネマシティ ライヴ・フィルム・フェスティヴァル 2023』のオープニング作として、8月14日にスクリーン上映を行う。15日・16日はレベッカ、17日・18日はTMNのライブ映像を公開。最近の映画館は音響設備が格段に進歩し、過去映像のデジタル修復技術もさらに進んでいるので、臨場感はどんどん生に近づいている。

最近は劇場スルーの映画も多く、配信でしか映画を観ない層も増えたので、映画館は厳しい状況を迎えている。だが、過去のライブ映像を発掘してスタンディングで声出しもOKという上映スタイルを採れば、けっこう需要はあるんじゃないか。世代的に体験できなかったライブを追体験したい後追い世代だって多いのだ。元春が残してくれたレガシーを、メディア業界全体が活かすのはこれからだ。

2018年には、再マスタリングされたDVD・Blu-rayが発売

この『Film No Damage』は、2018年に音声が再マスタリングされ、さらに臨場感がアップしたDVD・Blu-rayも発売されている。今回は大スクリーンでの上映だったが、スケジュールやエリアなど、様々な事情で映画館に足を運べなかった人たちは、ぜひ手にして欲しい。特に、当時の元春を知らない世代は「40年前に、こんなカッチョいいライブをやってた人がいたの?」と衝撃を受けるはずだ。

さあ、「ショウタイムのはじまりだぜ。」

カタリベ: チャッピー加藤

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