国境付近に身を潜め…命がけで「声」発するミャンマーの表現者たち 日本の映像作家らが「伝える場」を開設、その名はドキュ・アッタン

「ドキュ・アッタン シアター」で登壇した久保田徹さん(左)ら=6月18日、東京都中野区

 忘れられた戦争―。
 2021年2月に軍がクーデターを起こしたミャンマー。権力を掌握した軍が今もなお圧政を敷き、言論や表現は厳しく制限されている。だが、世界の注目はロシアによるウクライナ侵攻に集まり、ミャンマー情勢への関心は低下しているようにも映る。冒頭の表現は、国連の特別報告者によるものだ。
 それでも現地や隣国との国境地帯には、弾圧を逃れながら命がけで映像を撮り、発信しているミャンマー人たちがいる。その活動を支援しようと、ミャンマーで当局に一時拘束された経験がある日本人ジャーナリストとドキュメンタリー映像作家がウェブサイトを開設し、発表の場をつくった。現地からの「声」を広く届ける取り組みを取材した。(共同通信=岩橋拓郎)

ミャンマーの首都ネピドーで行われた軍事パレード=3月(共同)

 ▽消えた自由
 ミャンマーを巡る現状はどうなっているのか。クーデターを起こした軍は非常事態を宣言し、国家顧問だったアウンサンスーチー氏率いる民主政府を倒して軍事政権を発足させた。市民に苛烈な弾圧を加え、ミャンマーの人権団体「政治犯支援協会」によると、今年8月22日時点で3966人が命を落とした。拘束された市民は2万4千人を超える。

2021年3月、ミャンマー・ヤンゴン郊外で、軍政に抗議する人を制圧する警察官ら(AP=共同)

 軍は民主派や少数民族武装勢力との戦闘を続けており、弾圧や無差別空爆は広がっている。日本を含む国際社会は戦闘停止と民政への移管を要求しているが、暴政がやむ気配は一向にない。

 ミャンマーのジャーナリストや映像作家らの中には、弾圧から逃れるためタイとの国境地帯への潜伏を余儀なくされている人も多い。ミャンマーでは1988年のクーデターでも軍事政権が樹立されたが、2011年に民政に移管した。再び軍政に戻るまでの10年間、表現の自由の幅は広がり、外国の芸能や文化も流入。この間、作家や芸術家らは軍政下ではできなかった表現活動に取り組もうという活気に満ちていたが、その希望も軍政の復活によりついえた。

2021年2月28日、ミャンマー・ヤンゴンでの抗議デモで治安当局の催涙ガスを浴び、退却を呼び掛ける市民ら(ゲッティ=共同)

 ▽一緒に「声」を
 苦境にあるミャンマーの表現者たちを支えようと、ジャーナリストの北角裕樹さん(47)とドキュメンタリー映像作家の久保田徹さん(27)が、クーデターから2年となった今年2月1日にウェブサイトを開設した。二人ともクーデター後のミャンマーで取材中、当局に身柄を一時拘束されたことがある。

北角裕樹さん=6月18日、東京都中野区

 サイトの名称は「Docu Athan(ドキュ・アッタン)」。ミャンマーのジャーナリストや映像作家、ミュージシャンらの作品に日本語と英語の字幕を付け、サイト上で公開している。無料で見られるが、視聴者はサイトを通じて寄付という形で映像作家らへの資金支援ができる。
 久保田さんは取材に「ミャンマーの映像作家らは、国軍に居場所を察知されないよう国境付近で身を潜めながら活動している。同じ表現者として彼らの『伝える場』をつくりたかった」と開設の動機を語る。アッタンはビルマ語で「声」という意味。金銭的な支援にとどまらず、「一緒に声を上げる」というメッセージをサイト名に込めたのだという。
 開設当初は、軍から拷問を受けた女性がその経験を語る「ザ・レッド」など3人の3作品を掲載し、8月までに9人の12作品に増えた。短編ドキュメンタリーやアニメーションなど表現方法はさまざまだが、共通するのは、軍政下の惨状を伝えたいとの思いだ。掲載作品は今後も増やしていく予定という。

「ドキュ・アッタン」の画面

 ▽すぐに消化できなくても
 6月18日、東京・東中野のカフェ「ポレポレ坐」で、サイトに掲載した作品を上映する「ドキュ・アッタン シアター」が開かれた。来場した約100人が、軍による拷問や攻撃の映像のほか、民主派がつくった学校で勉強に励む子どもたちの様子などが映し出されたスクリーンに見入った。
 北角さんと久保田さんに加え、若者の政治参加を促す団体「NO YOUTH NO JAPAN」代表の能條桃子さん(25)も登壇してトークし、能條さんは「見た後に『面白かったからシェアして』って簡単に言えるものではない。すぐに消化できるようなものでもない。でもせっかく発信している人たちがいるから広げたいと思うし、懸け橋のような役割を果たしてくれていると思う」と感想を述べた。

能條桃子さん=6月18日、東京都中野区

 近畿大3年の古波津優育さん(23)は、このイベントのために奈良県から駆け付けた。ドキュメンタリーに関心があるといい、「ミャンマーのジャーナリストは命がけで活動している。背負っているものが違う」と刺激を受けた様子だった。

ミャンマー人映像作家らへの応援メッセージを読む人=6月18日、東京都中野区
「ドキュ・アッタン シアター」参加者がミャンマー人映画監督宛てにしたためたメッセージ=6月18日、東京都中野区

 久保田さんは「彼らはかわいそうというより、力強い人々であって、それを映像で伝えたかった。どんなに現実が厳しくても目を背けたくない」と話す。ミャンマーの表現者たちが必死に発する「声」は、日本の若い世代にも確かに届いている。

「ドキュ・アッタン シアター」参加者と話す久保田徹さん(右から2人目)=6月18日、東京都中野区

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