ヤマハとホンダの新パーツ。雨のシルバーストンの影響は/MotoGPの御意見番に聞くイギリスGP

 8月4~6日、2023年MotoGP第9戦イギリスGPが行われました。後半戦の緒戦はセッションのフォーメーションが変更されたり、新空力パーツを投入したチームもありました。

 そんな2023年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム第14回目です。

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–5週間の長い夏休みが終わって、やっとMotoGPが戻ってきましたけれど、イギリスGPはどんな印象をもたれましたか? 悪天候のせいなのか分かりませんが、個人的にはガラッと景色が変わってしまった感じがしました。

 う~ん、なんて言ったらいいのかな。今回のレースは主催者側としては大成功と捉えているみたいだね。その証拠に、motogp.comではThe telegraphの記事を引用して、unpredictable(予測不能), mysterious(魔訶不識)なレース展開がF1には無い魅力だと自画自賛しているんだが、確かに開幕戦からRed Bullが連戦連勝しているF1は退屈と言えなくもない。

 とは言っても、今回のイギリスGPようにここまで予測不能な展開だと、逆に僕なんかはちょっとシラケてしまったね。初日からクラッシュも多かったし、せっかく落ち着いてきたのが夏休みでリセットされて一から仕切り直しみたいな、不思議な展開になってしまった。

 それに今回のような悪条件では、全員が翻弄されてしまって、なかなか本来の実力が出せないから、マシンの性能差が誤差範囲に入ってしまう筈なんだ。失礼ながら弱者にとってはむしろチャンスと言っても良い状況で、更に悪い結果しか出せない日本メーカーとライダーの不甲斐なさにがっかりしたというのが本音だけどね。

ファビオ・クアルタラロ(モンスターエナジー・ヤマハMotoGP)/2023MotoGP第9戦イギリスGP

–ところで、マシンの性能差が出にくいウエットで、ドライよりタイム差が拡がる要因はなんですか?

 それは、ライダーとチームの経験値の差と言えるかな。そもそもウエットでの走行は特殊なテストコースでもない限り、積極的にテストする機会が無いし、通常のテストで雨が降ったとしても積極的に走ろうとするライダーは少ない。

 つまりウエットではライダーの地力勝負という側面が強いんだ。マシンもしかりで、ウエットに合わせたサスセッティングやエンジンマネージメントをしっかり作りこむ機会は少ない。つまり蓄積した経験値の差が出るという事だね。

 ちなみに先日の鈴鹿8耐ではレース終盤の雨の中を、清成選手がスリックタイヤのままで他車より10秒以上速いラップを刻んでいたけれど、この辺りはもう理屈じゃないんだな。天候の影響を受けやすいBSBで走りこんだ、経験値が豊富な清成選手ならではの技という事だね。

–今回はアプリリアのアレイシ・エスパルガロ選手の優勝、KTMのブラッド・ビンダー選手の3位入賞以外にもアプリリアとKTMの躍進が目立ちましたね。

 どういう理由か、ドゥカティのフランセスコ・バニャイア選手が初日からピリッとせず、さすがにレースでは最終ラップで抜かれるまでトップをキープしたけれど、今までの余裕が全く感じられずに孤軍奮闘という感じだったね。

 マルコ・ベゼッチ選手が序盤に転倒しなければまた違った展開もあったのかもしれない。あの転倒もオーバースピードが原因だけど、前車に吸い寄せられるように接近していたのにちょっと違和感が有ったね。

 これまでのドゥカティ一強というイメージは崩れてしまったけれど、この5週間でアプリリアとKTMが何か飛躍的に進歩したという事も考えにくいので、今回は天候も含めてマシンの性能差が出にくい条件が揃ったと考えるべきじゃないかな。

–一方でヤマハのファビオ・クアルタラロ選手の、予選最下位というのは結構衝撃的でしたよね。

 5週間の休みと言っても、直前にかなりひどい怪我をしていたから、あまりトレーニングとかはできなかったと思うんだけれど、それにしてもちょっと不甲斐ないと言わざるを得ないね。

 来シーズンの契約更新をしないと言い渡されたフランコ・モルビデリ選手が、なんとかQ1で勝ち上がって11番グリッドを獲得したのとは対照的だっただけに目立ってしまった。

 レースは最後尾スタートから一時は7番手まで上がり、さらに上位を狙っていたところでアクシデントに見舞われ、最後までツキに見放された感じだったね。

–モルビデリ選手の後任にアレックス・リンス選手と契約したと発表がありましたが、ヤマハとの相性とかどうなんでしょう。

 速さはあるけど一発屋というイメージが強いライダーだね。今シーズンも大怪我する前は難しいと言われるホンダ機で優勝した唯一のライダーというのが評価ポイントなのかな。

 昨年まで乗っていたスズキはヤマハと同じP4エンジンだったから、基本的には相性面での問題は無いと思うね。むしろヤマハとしてはスズキのマシンがどうだったのか、この苦境を乗り越えるためには、彼から何かヒントを得たいという意向が強いんじゃないかな。

 それより、いまだ復帰の目途が立っていないというのが懸念されるね。

–ところで公式予選振り分けの方法が今回から変わったようですが、何かメリットはありますか?

 それはまったくないと思うね。

 初日のFP1のタイムを振り分けの参照にしない事で、ライダーの慣熟とマシンのセットアップやニューパーツの評価に充てられるという趣旨の変更だけど、所詮45分と時間が短いうえに、走り始めのサーキットのコンデイションは良くないので、気休め程度の変更で実効性に乏しいね。

 どうせやるならFP1を60分、プラクティスを45分にして、30分のFP2も振り分けの対象にすればよいと思うんだ。60分一本勝負は集中力の維持が難しいような気がするね。

中上貴晶(LCRホンダ・イデミツ)/2023MotoGP第9戦イギリスGP

–ヤマハとホンダが今回新しい空力パーツを導入しましたね。

 結果的に、外観は両社ともにドゥカティやKTMの形状をフォローする事になったけれど、方向性としては悪くないというか、もっと早くこうするべきだったんじゃないかなと思っているんだ。

 ホンダの中上貴晶選手がダウンフォースの増加と高速コーナーでの操縦性についての違いをコメントしていたと思うけど、この形式の空力パーツは単にダウンフォースだけを狙ったものではなくて、ダクト状に形成することに依ってアッパーカウリングで強い気流を作って、ライダー周りに発生する乱流を制御する狙いがあるんだね。結果的に全体的なCd値も低減できるので、最高速の向上も期待できるんだよ。

 F1の世界でも、シーズン中のアップデートは空力パーツに限られるから、空力エンジニアは毎レース他チームの様子を子細に観察して、良さそうな結果が出ていたら即座に模倣するというのが普通だから、MotoGPというか日本メーカーはもっと貪欲にやるべきなんじゃないかな。逆に欧州メーカーに模倣されるような存在に早く戻って欲しいよね。

 もっとも、僕はあのシュモクザメみたいな不細工なのは、個人的には好きじゃないけどね(笑)

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