鬼才クローネンバーグが語る!「臓器を生むアーティスト」描く問題作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』“肉体の変容”に固執する原体験とは

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』© 2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A. © Serendipity Point Films 2021

クローネンバーグ御大の貴重インタビュー!

『スキャナーズ』や『ビデオドローム』、『ザ・フライ』『裸のランチ』に『クラッシュ』、そして『イグジステンズ』から『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『イースタン・プロミス』などなど、作品毎に物議をかもしてきた映画作家デヴィッド・クローネンバーグ。第75回カンヌ国際映画祭で退出者が続出したという最新作にして問題作が『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』だ。

クローネンバーグ作品常連のヴィゴ・モーテンセンが「⾃⾝のカラダから臓器を⽣み出す」アーティスト、ソールを演じる本作。パートナーのカプリースをレア・セドゥ、⼆⼈を監視する政府機関のティムリンをクリステン・スチュワートが演じ、怪しくも妖艶な世界観を創り上げる。

製作に20年以上を費やし「⼈類の進化についての黙想」をテーマに掲げる本作について、御年80のクローネンバーグが語ってくれた。

「1998年に書かれたが、今この時代に映画にする意味がある脚本」

―本作の脚本は1998年に書かれていて、それからほとんど変えずに撮影されたということですが、それは本当ですか? 映画にはユーモラスな部分やエモーショナルでロマンティックな部分もありましたが、それもそのままなのでしょうか?

撮影に入る前段階では、脚本は一言も変えていません。本作のプロデューサーであるロバート・ラントスさんに「そろそろコレを手がけてみたら?」と言われて久しぶりに脚本を読み返してみたんです。読む前は「なんせ20年以上経っているし、相当手を加えないといけないんだろうな」と思いながら読み始めたんですが、読み終えたらそんな必要はないと思いました。まるで他人が書いた脚本かのように感じたんです。

1998年以来、テクノロジーは凄まじい変化を遂げているし、この世の中も一変していますが、それでも脚本に書かれたことは筋が通っていて、環境破壊などについても今この時代に映画にする意味がある脚本でした。というよりも今だからこそ、より現代性を帯びたものとなっています。

ただ、撮影が始まってからは色々と調整しなくてはならないことがあり、脚本通りのビジュアルにはなっていないところがありますね。そもそも物理的な問題や、キャストの持ち味によって変わった部分もありますし、予算の都合もあります。なにより今回脚本から飛躍したのがロケ地です。もともとはトロントを想定して書いていたのですが、本作はギリシャのアテネで撮影しました。

トロントの歴史はせいぜい300年程度ですが、アテネは約4000年ほどの歴史を紡いできた。歴史あるアテネの都市文化、そして退廃感がこの映画にもたらしてくれたものは大きかったですね。例えば、街中のグラフィティを登場させていますが、あれは私たちが映画のために用意したものではなく、実際の街に遺されたグラフィティです。今のアテネのビジュアルに抵抗せず、どんどん吸収して作品の中に落とし込みましたが、結果的にそれが良かったと思います。

「はたして蝶とサナギは同一の存在なのだろうか?」

―本作には、監督のこれまでのフィルモグラフィーにも通底するテーマである「肉体の変容」が描かれています。映画監督になる前からこういったことへの興味はあったのでしょうか?

私は子どもの頃から動物の営みに興味がありました。とくに“虫”にね。虫はさまざまなステージで変容を遂げていきますよね。一番有名なのは蝶です。卵が毛虫になって、サナギになって、最終的には蝶になる。

そこで私は、アイデンティティについて考えたんです。はたして蝶とサナギは同一の存在なのだろうか? と。これが僕の「肉体の変容」にこだわる原体験です。そういったことが発端になって、地球上に生きる生命体、その生命体の変容に関して興味を持ったんです。

―本作のタイトルは『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』ですが、監督の初期作で同タイトル(邦題『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』[1970年])があります。両作品に繋がりはあるのでしょうか?

繋がりといえば、未来犯罪を描いたもの、というぐらいです。テクノロジーが変わり、人間も進化して文化も変わっていき、はたして犯罪とはなんなのか? 犯罪をどう定義づけるのか? 禁忌は何なのか? ということを考えたのが、いずれの作品もベースになっています。

ただ、改めて観返してみると「様々な関連性があるな」と気づきました。我ながら驚きだったのが、『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』には人間の体の部位が保存されている場面が出てきますが、今作にもそういうシーンがあります。おそらく自分のなかにそういう場面がこびりついているのでしょう。この2つの作品は一緒に上映したら面白いでしょうね。

「ヴィゴとは互いにプロフェッショナルなコラボレーターであり、大切な友人でもある」

―本作でソール役を演じた主演のヴィゴ・モーテンセンについてお聞きしたいのですが、彼とは『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(2005年)から4回目のタッグですね。そして、ヴィゴさんの監督作『フォーリング 50年間の想い出』(2020年)にはクローネンバーグ監督も出演されています。お二人のタッグがずっと続いている理由は何でしょうか?

ヴィゴは、私にとって真のコリーグ(一緒に働く仲間という意味。自分と立場が並列の人、同じポジションや責任のある人を指す)であり、コラボレーターです。彼は文章も書くし、詩人であり、ミュージシャンであり、写真家でもあり、出版社(パーシヴァル・プレス)も立ち上げている。非常に多彩な人ですから、映画の役柄にも深い味わいを持たせてくれる人です。

とても頭が良いので、自分の出番以外についてもあれこれ質問をしてくるタイプの役者なのですが、こういったことを脅威に感じてあまり歓迎しない監督もいます。しかし、私は彼のそういうところが好きだし、大歓迎なんです。いつも大いに刺激を受けています。そして、笑いの感覚が近いところがあって、撮影中だけではなく、こうして映画の宣伝活動をしていく中でも、笑い合うことが多いです。プロフェッショナル同士のコラボレーターというだけでなく、大切な友人でもあるんですよね。

「私の楽観視はみなさんの悲観視かもしれない」

―本作にはソールが使う椅子(Breakfaster)やベッド(OrchidBed)など奇妙な小道具が出てきます。監督と長年仕事をされているプロダクション・デザイナーを務めるキャロル・スピアさんとは、どのような話をして作業を進めるのでしょうか?

まず私は、ひとつひとつの作品を別個のものと考えています。みなさんは私のフィルモグラフィから紐付けをすると思うんですが、それはそれで悪いことではないですが、私自身はそれぞれ別の作品で、完結しているものだと考えています。そして、私の映画はいろいろな小道具が登場しますが、私自身が過去作品のあれこれを意識して小道具を考えることはないんです。

キャロルさんと仕事をする時は、かなり大勢のチームを編成してもらいます。まずスケッチをしてくれるグラフィックデザイナーを呼んで、どんなルックスのものがいいのか考察し、脚本に書かれた「亀の甲羅のような」「昆虫の殻のような」というところを具体的に詰めていくんですね。そのあたりは形状から手触りまで、細かいディテールをキャロルが私に質問をしてくれます。まるで車やコンピューターを設計しているような感じですね。その後、実際に立体で作ってくれるアーティストと組んで作っていき、最終的に映画に登場したものが出来上がるわけです。

「テレビ、PC、タブレット、時計でもいい。それが私の映画の観方です」

―本作の脚本が書かれた1998年から、映画そのものの消費のされ方も変わってきています。監督ご自身は今後の映画の未来をどのように考えていますか?

私は楽観視しています。ただ、私の楽観視はみなさんの悲観視かもしれないですね。私は映画の上映手段は映画館だけではなく、テレビ、PC、タブレット、さまざまであっていいと思っているんです。なぜなら私自身がまったく映画館に行っていないんですよ(笑)。

この前、ベネチア映画祭でスパイク・リーと話していたんですが、そこで彼は「映画館というのは我々にとって教会なんだ。教会は大事にしないといけない」と熱弁したんです。それで私は彼にちょっかいを出しましてね、スマートウォッチを見せて「ほら、スパイク。これは『アラビアのロレンス』だよ。時計の中でもラクダが見えるでしょ?」と冗談でからかったんです。でも、それが僕の映画の観方です。時計でもiPadでもいいのです。

それこそ『スキャナーズ』(1981年)や『ビデオドローム』(1982年)を撮っていた頃から、多くの観客は私の作品をテレビで見ることになるだろうと思っていました。なので、当時からテレビの画面比率(4:3)で観られることを想定して画角を考えていました。今の世界も、その延長線上にあると思っています。

映画館でかかる作品がスーパーヒーローものばかりになっていくかもしれない。それは当然のことかもしれないですし、悲観することではありません。何十年も前から、大多数の人がテレビで映画を観ていますから。真なるシネマを映し出すのは映画館だけではないのです。

取材・文:市川夕太郎

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は2023年8月18日(金)より新宿バルト9ほか全国公開

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