月面着陸に自信「ispace」袴田武史社長に聞いた

袴田武史ispace代表取締役CEO

宇宙ベンチャーのispace<9348>は月に物資を運ぶ着陸船(ランダー)や月面探査車(ローバー)を開発する企業で、こうした事業を手がけているのは日本では唯一、世界を見ても競合は少ない。

2023年4月に実施した民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1では、Success 8まで成功したが、残り二つのSuccess 9(月面着陸の完了)、Success 10(月面着陸後の安定状態の確立)に失敗し、月面への着陸が実現しなかった。

2024年に予定しているミッション2、2025年に予定しているミッション3はどのような状況なのか。同社の袴田武史代表取締役CEO&Founderに現状やM&Aの可能性、スタートアップ企業へのアドバイスなどをお聞きした。

1キロ2億円で運搬

-ミッション1での失敗の原因解析は進んでいるのでしょうか。

原因は分かっています。着陸船がクレーターの縁を通過する際に、搭載のセンサーによる測定高度が急激に上昇したことが確認されました。センサーは起伏を正確に把握したのですが、ソフトウエアがあまりにも差が大きいので、これはエラーだとして対処してしまい、実測の数字が反映されなくなってしまったのです。

着陸に備えてスピードをコントロールできたのですが、着陸船の高度測定においては異常が生じており、実際の月面高度約5キロメートルに対して、着陸船自身が自己の推定高度をゼロ(月面着陸)と判断していたことが判明しました。このため降下中に燃料が切れてしまい、月面着陸を実現できませんでした。

-次の打ち上げまでに改善できるのでしょうか。

ハードウエアには特に問題がありませんので、ソフトウエアの改善で問題を解決できるとみています。2024年に予定通りミッション2を行う予定です。

-収支については、どのような計算をしているのですか。

現在ミッション2と並行してミッション3も進めており、より大型の着陸船を子会社であるアメリカのispace technologies U.S., inc.で開発をしています。これが完成すると最大500キログラムまで荷物を運べるようになります。月に荷物を運ぶことで売り上げを見込んでおり、金額は1キログラム当たり約2億円で、1回の打ち上げで100キログラムを運ぶと200億円ほどになります。そうなると利益率が改善して事業は成長していくのではないかと考えています。

またミッション2では月面探査車も打ち上げ、月のいろいろなデータを集めて、データベースを作り、販売することも計画しています。これらのデータをどのように活用すればミッションをより精緻に計画したり、リスクを回避するためにどういうことが必要となるのかが分かります。さらにこのデータをどう活用すれば、月での活動がうまくいくのかといったノウハウなども提供できると思っています。そうすれば安定的なサブスクリプション型のビジネスになっていくのではないかと予想しています。


M&Aの可能性も

-御社は宇宙に生活圏を作ることをビジョンとして掲げられています。

月には水があることが分かっています。水を水素と酸素に分けると、燃料になります。宇宙にガスステーションができると、宇宙の輸送コストを大きく下げることができますので、宇宙での高コスト構造を一気に改善することができます。宇宙で経済が回りやすい世界になれば、『人間が宇宙で生活圏を築く世界を創る』という我々のビジョンに近づけると思っています。

-2023年4月に株式を公開されました。出口戦略としてIPO(新規株式公開)を選択されたわけですが、M&Aについてはどのようなお考えをお持ちですか。

我々はこの事業を独立してやっていきたいと考え、上場に踏み切ったのですが、大手企業などとビジョンが合うのであれば、この先のM&Aの可能性はゼロではないと考えています。この業界は巨額の投資が必要ですので、資金規模の大きな企業等と一緒に事業を行うということはあるかもしれません。ただ、今はM&Aの必要性はない状況です。

-では現在の資金状況は

IPOの前に行っていた資金調達やIPOの時の資金、そして銀行ローンなどを活用させていただいています。また、すでに100億円ほどの宇宙への物資運搬契約をいただいており、これが基本的に前払いで入ってきますので、こうした資金を使いながら、ミッションを進めています。

-2022年9月にはピッチコンテストに参加されています。こうしたコンテストについてはどのようなお考えをお持ちですか。

我々は資金調達というよりは「HAKUTO-R」というプログラムに取り組んでいるので、この広告価値を高めていくという思いから、コンテストに参加させていただきました。また、事業を支援して下さるパートナー企業にリーチする場としても活用させていただきました。

-他のスタートアップ企業にアドバイスはありませんか。

何を目的にコンテストに参加するのかを明確にした方がよいのではないでしょうか。事業計画を発表するということは同時にビジネスモデルが公開されてしまいますので、それでも良いのかどうかという判断も必要でしょう。ただ、プレゼンテーションを繰り返すことで、その事業の本当の魅力を常に考えるというトレーニングになりますので、思考を深めていくという点ではいい機会になります。

袴田武史ispace代表取締役CEO

【袴田武史氏】
2006年、マサイ・ジャパン(現エイミングジャパン)入社
2010年、ホワイトレーベルスペース・ジャパン(現ispace)設立、代表社員
2013年、ispace代表取締役CEO(現任)

名古屋大学工学部卒業。米ジョージア工科大学大学院で修士号を取得。
1979年生まれ。

文:M&A Online

© 株式会社ストライク