Vol.249 ソニーの多機能な指向性切り替え式デジタルマイク「ECM-M1」レビュー。超指向性に驚き[OnGoing Re:View]

ソニーから、マルチインターフェースシュー(インテリジェントなホットシュー)専用のデジタルマイク「ECM-M1」が登場した。8種類の指向性をダイヤルで切り替えることで、超狭指向性から360°(無指向性)、ステレオ、双指向性(マイクの前方と後方に狭い画角を持つ)などに切り替えられる。これ1つであらゆる撮影場面での録音を簡単に最適化することができる。

4つのマイクカプセルを並べることで様々な指向性を生み出すソニーの音響技術による新製品だ

マルチインターフェースシュー専用の多機能デジタルマイクECM-M1。デジタル接続で48KHz 24bit収録が可能なプロ仕様(デジタル接続はカメラ仕様に依存)

まず、この製品が登場するまでの経緯を簡単に解説しておく。ソニーは、複数の小さなマイクカプセル(収音器)を並べて配置し、それぞれのマイクに届く音の時間差を利用して指向性を作り出すマイクをこれまでもいくつか開発している。YouTuberの中でも"神マイク"と称された「ECM-B1M」がその代表だ。

元祖、多機能デジタルマイク。YouTuberの間では、どこでも高音質になる"神マイク"と呼ばれている。ノイズキャンセラーと高い指向性が特徴だ

ECM-B1Mは8個のマイクを直線上に並べて、プロ用のショットガンマイク(18cm級)を凌ぐ狭い指向性を作り出している。また、デジタル処理を行う利点としてノイズキャンセル機能も搭載した。このECM-B1Mはどんなに周囲がうるさい場面でも、マイクを向けた被写体の声を明瞭に、かつ人の声だけを大きく、ほかの音を小さく録音できる。マイクの指向性(画角)としてはスーパーカーディオイドに類似するが、マイク背面の音はほぼゼロになるほどカットされる(スーパーカーディオイドは背面に指向性がある)。画角としては前方方向に60°くらいだと思うといい。

さらに、ECM-B1Mはカーディオイドに類する指向性(画角)のモードがあり、これは前方180°に画角があり、背面は見事にカットされる。この2つのモードで、通常のインタビューや対談は綺麗に録音でき、さらに、ノイズキャンセラーによってあらゆる背景音が大幅に軽減される。それゆえ、エアコンや冷蔵庫のようなノイズや街中の雑踏も、気にならない(気づかれない)レベルにまで低減される。

その後、「ECM-B10」という4つのマイクカプセルのマイクが登場する。ECM-B1Mと同じ機能を搭載し、音質も同等。小さく軽く低価格になった。その後、「ZV-E1」が登場し、こちらは3つのマイクを三角形に配置したもので、ノイズキャンセラーは搭載されていないが、指向性を前方のみ、後方のみ、全方向(ステレオ)と切り替えて使える。これもECM-B1MやECM-B10と同じ技術が使われているようだ。

ただし、ECM-B1MとECM-B10は48kHz 16bitリニアのデジタル録音となる(カメラ側がデジタル入力対応の場合)。

進化したデジタル多機能マイク。画角が細かく変えられる画期的な機能を搭載した

上部に配置された4つのマイクカプセル。それぞれのマイクに音が到達する時間差を用いて指向性を作り出している

そして先月発売になったのがECM-M1だ。これは4つのマイクを四角に配置し、指向性を作り出している。また、ECM-B1Mらと同じようにノイズキャンセル機能も搭載している。そして、同じくデジタル接続が可能で、なんと48kHz 24bit 2ch or 4ch収録が可能だ(後述)。

さて、搭載されている前方への画角だが、スーパーカーディオイド類似の指向性として最も狭い画角30°程度、中間の60°程度(ECM-B1Mらと同等)、カーディオイドに近い120°程度と3つも指向性を持つ。どのモードも背面の音は見事に抑えられており、狙った音を的確に捉えられるだろう。

その他に、モノラルの無指向性、背面60°程度、前面と背面に各60°程度の双指向性、そして、前面を左チャンネル、背面を右チャンネルに分離して録音するモードと、プロが使うであろう多チャンネル録音にも対応している。さらにステレオを搭載し、全部で8つのモードを持つ。

モードダイヤルで簡単に指向性を切り替えられる。真ん中はロックボタンで、不用意な設定間違いを防止できる。音量はオートとマニュアルを切り替え可能だ

これらのモードは、背面のダイヤルを回すだけで簡単に切り替えられる。非常に簡単かつ、わかりやすいモードダイヤルで、直感的に使うことができる優れたデザインだと思う。ただし、録音中にダイヤルを回すと操作音が入ってしまうのは残念。ダイヤルの回転する時の摩擦音とクリック音が入るのだ。

摩擦音に関してはノイズキャンセルがオンになっていればほぼ聞こえないレベルまで軽減できるが、クリック音は大きく入ってしまう。クリックのバネの力や構造をもうちょっと考えてくれれば、撮影中にモードを切り替えやすくなったと思う。

各モードの音質とノイズキャンセル性能。音質は人の声に最適化、ノイズキャンセルは強力

さて、実際に使ってみると前方3つの狭指向性は、非常に良好だと驚かされる。周囲の音を効果的に下げて主要被写体の声(音)をばっちり録音できる。居酒屋のようなうるさい場所でも狙った人の声をクリアに録音できる。

一方、3つの画角だが、どう選べばいいか、筆者の使ってみた感じで解説する。まずは背景音とのバランスで広い画角から順番に狭くしていくといい。いずれにせよ、ヘッドホンやイヤホンで聴きながら最適なモード選びが必要だということは付記しておく。

マイクの画角というのは、このマイクに限らず狭くなるほど臨場感が減る。かつ、このマイクの場合はデジタルで余分な音を引き算して消している関係で、狭い画角ほど不自然に感じてくる。つまり、画角を狭くすること(余計な音を消すこと)の引き換えとして音質が犠牲になる。

ただ、犠牲になるといっても、人の声にはほとんど影響せず、シンバルやハイハットというような高音成分は画角が狭くなるにつれて痩せる。逆に画角が広くなるほどに音質が向上してゆく。無指向性モノラルがもっとも高音質だ。実は、マイクカプセルが天井を向いているので、無指向性モノラルの時の天井方向の音が最も美しかった。

ノイズキャンセルは非常に効率が良く、エアコンなどの定常的なノイズはほとんど全部消してくれる。街中の雑踏もかなり下がる。実際には、指向性(画角)モードを適切に選ぶことで、電車の中やクラブの騒音の中でさえインタビューが快適に撮影することができる。

ただ、NCをオンで最も狭い画角にすると、撮影している場所の雰囲気はかなりなくなって、どこでしゃべっているのかわからない感じになる。よく言えばナレーションのような声だと言えるが、別の場所で喋っているような感じになることもある。

つまり、ヘッドホンで聴きながら、どの程度の臨場感を残すのか(画角を広めにするか)を選ぶべきマイクだとも言える。言い換えれば広い画角ほど臨場感があり、狭くなるにつれてスタジオっぽくなる。

実際の運用はこれだ

さて、実際にインタビューに使ってみたのでレポートしてみたい。普通の会議室で被写体はカメラ前80cmと、街頭インタビューに近い構図だ。ちなみに、マイクというのは、マイク本体の性能や種類(画角)に関係なく、マイクと被写体との距離が音質を左右する。つまり、100万円のマイクでも、1mも離れてしまえば50cmの距離の1万円のマイクに負けてしまう。マイクには画角とピント距離があって、指向性(画角)が狭いほどピント距離は遠くできるが、それでも1mが精一杯だ。

ただし、この距離は部屋の残響やノイズ量で激変する。静かで残響がない場所(無風の湖面に浮かぶボート上での会話など)であれば、100m離れても綺麗に録音することもできる一方で、パチンコ店では、口元にマイクがなければ明瞭な声にならない。この辺りがマイク録音の難しいところなのだが、一般的に言えば、普通の部屋では1m以上離れたらアウトだと思うといい。

実際にインタビューしたところでは、指向性は60°程度(二番目の指向性)、距離80cm、NC(ノイズリダクション)はオン、アッテネーター(ATT)は-10dB、AUDIO LEVELはAUTOだ。これで非常に良好な声が収録できた。

まだ使い慣れていなかったので、反省としては、もう1つ広い画角にすればもう少し自然な声になったかもしれない。また、NCをオフにして画角を狭くするという考え方もある。つまり、画角を狭くすると背景音が下がるのでNCが必要なかったかもしれない。

このように、このマイクは、最適な音を現場で探る努力をした方が良いと思う。これはカメラの絞りとシャッタースピードを選ぶようなものだと割り切るのがいい。逆にいうと、マイク任せでいい音になるという製品ではなく、ユーザーが最適になる設定を選ぶべきだ。

ただ、実際には、指向性を二番目(60°程度)を標準にして、NCはオフ、LC(低音カット)はオン、アッテネーターは-10dB、AUDIO LEVELはAUTOでとっておけば、ほとんどの環境で問題ない録音ができると思う。

ちなみに、AUDIO LEVELがAUTOだと、背景音が上がったり下がったりするので、そういう場合にはNCをオンにするのがコツだ。

などと難しそうに書いているが、私なら、前述したように指向性60°(二番目)、NCはオン、アッテネーターは-10dB、AUDIO LEVELはAUTOで使ってしまうだろう。多少の背景ノイズは、マイクの距離を近づけた方が簡単に軽減できるので、そういう運用を行う。

一方、望遠レンズを使って遠くからインタビューしたい場合はどうか。残念ながら普通の部屋では、マイクが離れすぎると音質は急激に悪化するので、無理だと思った方がいい。実際に筆者がやった例では、ECM-B1Mを搭載したα7cを被写体の近くに置いてマイク代わりにし、メインカメラに望遠レンズを付けるというマルチカメラ体制を組んだ。

デジタル24bitリニア+4ch収録。良いけど、使いにくい

ECM-M1は、マルチインターフェースシューのデジタル入力を使うと、デジタル4ch録音が可能になる。つまり、動画ファイルに、2chで選択したモードでの音と、残り2chのうち1つは、モノラル無指向性の音源、つまり、加工されていない最も高音質な音、もう1つは-20dBのセーフティーな音源をバックアップ用に残せる。

このバックアップの音は、まあ、高音質なカメラマイクの音、ということだ。無指向性なので、環境音がバリバリに入り、例えばインタビューの時にモード選択を間違えて音が悪かった時に、こちらのバックアップの音からインタビューの音を取り出そうとしても、これは、まあ、プロの筆者でもやりたくない音編集になる。

正直に言えば、中途半端な仕様だと思う。本来なら、モード選択した音の-20dBを保存してくれる方がいい。理由は前述のように無指向性の音は、どうやっても、ほとんど使えないからだ。録音の失敗はレベルオーバーによるものなので、ユーザーが選んだ音量とは別に、低い音圧のものを残してくれる方がありがたい。もしくは4chでなくても、指向性モードはモノラルなので、Lにユーザー設定、Rに-20dBを録音するセーフティーモードのようなものを搭載してくれた方がよかったと思う。いずれにせよ、中途半端な仕様にとどまっていると思う。

さて、邪推だが、本当は4chに4つのマイクそれぞれの生の音を録音して、編集用の専用フィルターで画角を編集時に作り出す、なんてことをソニーは考えているかもしれない、いや、考えているよね、やるよね!やるよね!ぜひ、やってほしい。これは画期的だと思う。

ECM-B1M(B10)とどちらを買うべきか?

最後に現行製品であるECM-B1M(ECM-B10は同等性能)とECM-M1はどちらを買うべきか。これは撮影方法で選び方が変わる。

まず、音質だが、正直に書けば、狭い画角の時にはECM-B1MやECM-B10の方が音質がいい。もちろん、コンデンサー式のショットガンマイクには叶わないが、YouTubeなら全く問題がない。

一方、ECM-M1は、モードによって音質が変わるので、使う人の力量で仕上がりが違ってくるはずだ。前述したとおり、人の声であれば音質低下はそれほど気にならないが、楽器演奏などではかなり音が痩せることがある(NCがオンになっている場合)。

なので、簡単に録音したいのであればECM-B10が比較的安価なのでおすすめだ。設定項目が少なく、いつも同じ設定でOKなのがいい。

一方、ECM-M1は、あらゆる撮影場面に最適な設定を提供してくれるマイクだと言える。例えば、ディレクター(もしくはカメラマン)の声と出演者の声を両方使うような作品では、圧倒的にECM-M1がいい。ECM-B10だと、カーディオイド(180°画角)にしてカメラの横でインタビューしないとインタビュアーの声が聞き取りにくくなる。もちろん、無指向性で録音するのも手段の1つだが、これだと環境音が大きくなってインタビューの声が聞き取りにくくなる。

こんな場面ならECM-M1の双指向性モードにすることで、2人の声が非常に明瞭に録音可能だ。しかも、LR振り分けモードにすれば、編集時に片方の声を消すこともできる(完全には消えない)。

そして、なんといっても48KHz 24bitリニア録音ができる。専門的な解説は省くが、16bit(ECM-B1Mなど)だとレベル不足や小さな音を編集時に調整すると音が劣化する。24bitだとかなり低く録音してしまっても大丈夫だ。どんな大声を出されるかわからない現場ではATTを-20dBにしておいて、編集時にゲインアップするということが安心してできる。

さらに、ECM-B1MやECM-B10では、画角の切り替えが恐ろしく小さなスライドスイッチだったので、切り替えが面倒だったり、知らぬ間に触ってしまってモードが変わっていたなどということがよくある。特に画角スイッチはモフモフの下に隠れてしまうので事故の元だった。

一方のECM-M1はモードがダイヤル切り替えだ。つまり、忙しい現場で失敗することを避けられるだろう。

つまり、前述のインタビューでの柔軟なマイク方向の切り替えや、モードダイヤルによる運用など、取材撮影に適した、ある意味でプロ好みのマイクに仕上がっていると言える。モードダイヤルのクリック音がうるさいと書いたが、反面、不用意に切り替わる事故が軽減できることはありがたいと言える。

YouTubeなどで街頭インタビューやテレビ的な手持ちでいろいろな物を取材してゆく場合のマイクとして、筆者は自信を持ってお勧めしたい。ただし、音質重視という場合には、使い方の研究を深くすることを忘れないように。

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