田んぼダム、見えた課題 せき板設置に濃淡 20年豪雨被害の熊本・人吉地方

人吉盆地の水稲地帯と球磨川(熊本県あさぎり町で)

「営農への影響」農家に疑念

2020年7月豪雨で被災した熊本県人吉地方で、県は、水田の貯水機能を高めて洪水を抑止しようと「田んぼダム」の実証実験や排水を緩やかにするせき板の配布を進めた。今年7月の豪雨や九州に接近した台風6号でも大雨が降った同地方では、洪水が起きなかったものの、問題点が明らかになったという。県の要請でせき板を農家に配布した土地改良区4組織に課題を聞いた。

県によると、3年前の豪雨では、球磨川流域の水田に続く水路で内水氾濫が起き、洪水の要因となった。翌21年、県は地域の土地改良区4組織にせき板の配布協力を要請。水田296ヘクタールで効果を測る実証実験も行った。

焦点となった収量には「影響がない」ことを確認。田1枚から最大80%の排水抑止効果も分かったという。

県は694万円かけて今年3月までにせき板457ヘクタール分6500枚を配布した。だが、設置は各土地改良区や農家ごとに濃淡が生じ、それぞれの事情が分かってきた。

田の構造は多様

3年前豪雨で最も多くの犠牲者が出た人吉市のひとよし土地改良区の高野和夫理事長(73)は「農家の関心は高い」と語った一方、「兼業農家は他の収入源もあるため広げやすいが、専業農家は営農の影響を見極めたいとの思いが強い」と打ち明けた。

あさぎり町の水路を管理する百太郎溝土地改良区の岡村文明理事長(69)は「排水口の大きさやあぜの高さが田によってばらばら」だと構造的な課題を指摘。「必要以上に水をためられない田も少なくない」と語った。

上流の水路を管理する幸野溝土地改良区の恒松一廣理事長(67)は「背の低い稚苗を植え付ける農家が多いので、この頃に20センチ近い水をためれば生育に影響が出る恐れがある」と語り、「農家の自主的な取り組みに任せるしかない」と言った。

錦町の錦町土地改良区の吉田眞二理事長(58)も「県は収量に影響しないと言うが、水をためることでジャンボタニシを含む病害虫の発生を心配する農家がいる」と語った。

田んぼダムを推進する県農村計画課の松本俊秀主幹は「土地改良区や農家ごとの課題が見えてきた」と語り、「流域治水の課題を地域の人たちと話し合い解決していきたい」と言った。 丸草慶人

<メモ> 台風6号では洪水起こらず
20年7月、人吉地方の上空に長さ270キロの線状降水帯が発生、24時間雨量が400ミリを超えるなど4地点で観測史上最多を記録した。今年6月末~7月初旬にも大雨が降ったが、同地方の降雨量は20年7月より3割少なかった。また、8月上旬の台風6号では24時間の最大雨量340ミリを記録したが、洪水は起きなかった。

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