【中原中也 詩の栞】 No.53 「夏」(詩集『山羊の歌』より)

血を吐くやうな 倦(もの)うさ、たゆけさ
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り
睡るがやうな悲しさに、み空をとほく
血を吐くやうな倦うさ、たゆけさ

空は燃え、畑はつづき
雲浮び、眩(まぶ)しく光り
今日の日も陽は炎(も)ゆる、地は睡る
血を吐くやうなせつなさに。

嵐のやうな心の歴史は
終焉(をは)つてしまつたもののやうに
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののやうに
燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。

私は残る、亡骸(なきがら)として――
血を吐くやうなせつなさかなしさ。

【ひとことコラム】「弛(たゆ)けさ」は疲れて力が入らない感じ。圧倒的な夏の情景を前に、暑さにうだる身体感覚と傷ついた心の痛みとが共鳴しています。昭和12年8月13日、詩人・草野心平は中也を紹介するためラジオ番組でこの詩を朗読し、それを聴いた作家・島木健作に深い印象を与えました。

中原中也記念館館長 中原 豊

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