元新聞記者が移籍報道の背景と移籍情報の取り方を明かす。移籍ニュースはこう書かれる!

Jリーグ第2登録機関がきょう18日で終わり、新規補強は所属先がないフリー選手などの加入のみとなった(来月8日まで)。

この「夏の移籍市場」で数々の移籍ドラマが発生した。この時期になるとJリーグを担当する新聞記者は、いつも以上に緊張感を持って仕事にあたる。

なぜなら、クラブのリリース掲載前に自社媒体に移籍ニュースを掲載することが彼らの職務で最重有用ミッションだからだ。

この移籍報道を心待ちにしているサッカーフリークは多いわけだが、どのような経過を経て選手の移籍は記事になるのか。元新聞記者である筆者がそのプロセスを説明する。

スポーツ記者の重要ミッションは2つ

スポーツ記者の主な仕事は、スポーツ現場で取材することだ。Jリーグの番記者であれば、練習場に顔を出して選手やクラブ関係者とコミュニケーションを取って、その日おきた出来事を記事化する。

そして記者に要求される重要ミッションは2つあり、「エピソード」と「移籍情報取得のための取材及び関係作り」にある。

前者の「エピソード」はタイトル獲得、昇格、日本代表選出、ワールドカップ出場などのビッグイベントの節目に、ヒーローとなる対象選手と記者しか知り得ない印象的な出来事を記事にして掲載することだ。

このエピソードは選手との関係性が重要になり、「あなたなら話していい」といった具合に秘蔵のエピソードを引き出すほどの関係性を築かなければならない。

一方後者の「移籍情報取得のための取材及び関係作り」は選手との関係性も重要になるが、クラブ関係者としっかり関係性を築けないと移籍報道記事は書かせてもらえない。

なぜなら、クラブの支出の大半は人件費になるため、経営戦略上選手、監督の去就は最重要情報となる。そのためクラブにとって監督や選手の去就は最重要情報であるため、ステイクホルダーとの関係性を考慮すれば人事情報を簡単に漏洩してはいけない。

情報入手先の関係者は誰か

移籍情報を簡単に書かせてもらえないことは、報道機関も重々承知している。そこで報道機関の記者たちはあの手この手で移籍情報を収集しようとする。この場合、情報を持っている人間と深い関係性を構築しなければならない。

ではよく移籍報道で目にする関係者とは誰なのか。これはおおよその話になるが、7、8割は選手仲介人いわゆる「代理人」から情報を得ていると思われる。

もちろん、選手本人、強化部などのクラブ関係者、クラブのスポンサー関係者、選手の血縁関係者、過去に選手を指導した指導者など情報のソース元は多岐に渡る。

新聞記者は情報提供者の秘匿と保護も重要な職務となるため、情報提供者を関係者という形で伏せなければならない。

また敏腕スポーツ記者になると情報ソースは国内だけではなく、海外のエージェント(代理人)、選手、クラブ関係者から情報を得る人物も少数いるため、掲載する選手がビッグネームになればなるほどし烈な競争を強いられる。

業界用語“抜く”と“当てる”

移籍ニュースを執筆するにあたって、業界内では“抜く”と“当てる”という言葉が多用される。

例えばある関係者から「●●選手はAというクラブに完全移籍する」といった情報を得たとする。この情報を獲得したことを“抜く”という。

“当てる”はクラブへの事実確認とリリース前に掲載する許可を得ることを指す。この“抜く”と“当てる”は移籍ニュースを書く上で必要不可欠な行動となる。事実に反した内容を書くことは論外であり、クラブの許可なく書いてはならない。仮に事実に反した妄想記事をクラブの許可なく媒体に掲載した場合は、クラブから出入り禁止などの処分を受けることになる。

そのためクラブ関係者と新聞記者との信頼関係は重要になる。だが世界的なスター選手獲得を事前に記者が知った場合、クラブに止められているにも関わらず、強行して掲載する場合もある。この場合はクラブとの信頼関係に大きなヒビが入り、中にはクラブに“当てる”ことすらせずに強行掲載するケースも過去にはあったそうだ。

社会的に注目を集めるニュース記事を「スクープ」と称するが、このスクープ記事は記者にとって勲章のような実績となる。そのため各報道機関の記者たちは血眼になって情報収集に日夜取り組んでいる。筆者も報道機関の記者で移籍報道記事を複数本書いてきた。ただ、報道機関がクラブや選手との信頼関係にヒビを入れてまで原稿を求めることは個人的に疑問しかなかった。

移籍報道のメリットとデメリット

一方で人事情報をリリースより先に出すことはクラブにとってメリットがあるのだろうか。仮にニュース記事になった場合は、リリース後の加入記事より加入選手を大きく宣伝することができる。そして注目度もリリース後の記事より高いため、新聞やTVを使ってクラブの認知度を上げることができる。

ただしデメリットも存在する。例えば交渉中にニュース記事によって情報が漏れた場合は、他クラブからの横やりが入る場合もあれば、移籍情報が漏れたことにより移籍交渉が破断したケースは数多くある。

近年は報道媒体の購読数低下や視聴率低下により、広告効果は以前より少なくなったと見られている。そのためクラブからすれば、ニュース記事を掲載されるメリットは少なくなってきたため、情報漏洩対策の強化や掲載拒否のケースが増えつつあるという。

なぜ飛ばし記事は発生するのか

よくこの時期は「飛ばし記事」という言葉を目にすることがある。この飛ばし記事は、根も葉もない実現可能性がほぼゼロ%の情報を元にした記事を指す。ではなぜかの飛ばし記事が世に出てくるのかというと、2つの理由を推測できる。

1つは話題性があるトピックのため、実現可能性が低いと分かっていても載せるケースだ。この場合世界的な選手が日本のクラブに興味を示している又は売り込んでいるといった根拠のない噂がソースになっていることが多い。話題先行になるトピックのため、実現可能性が仮に低かったとしても載せてしまうことが多々あるという。飛ばし記事の大半はこのケースだ。

2つ目は記者の実力不足だ。ニュースソースの真偽が判別できない場合は掲載してはいけないのだが、まれに経験不足な記者が誤って掲載してしまうケースがある。それもクラブに確認を取らずに…。その場合は完全に媒体の責任になるため、2つ目のケースは報道媒体からすれば発生してはならない事案だ。

移籍情報アカウントの99%は偽物

このように報道機関の記者は、日夜必死になって情報を収集して記事を掲載している。一方で、X(旧Twitter)などで移籍情報を発信している移籍情報アカウントなるものが存在する。

この移籍情報アカウントは自らをクラブ関係者、クラブスカウト、記者、元選手などと称していることがあるという。ただ元報道機関記者の筆者から見ると彼らはほぼすべて偽物であると断言できる。

なぜならクラブ側にメリットが全くないからだ。SNS上に人事情報を垂れ流す得体のしれない者にクラブ側から情報を流すメリットは一切なく、仲介人も彼らに情報を流すメリットが存在しない。そのため妄想をでっち上げる形で架空の移籍情報を流している可能性が極めて高い。このような虚偽の情報を流す行為は、詐欺罪や偽計業務妨害罪にあたる可能性があるため、SNSでこのようなツイートを流している人間は直ちにやめることをお勧めする。

SNSには「Here we go」で著名なファブリツィオ ロマーノ記者が移籍情報を流しているが、日本の記者は業務上の取材で得た情報を媒体掲載前にSNSで流すことは情報漏洩にあたるため、ロマーノ記者のように移籍情報を流すことはないだろう。

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今回移籍報道の背景などを記事化した。読者の知らない裏側でこのような経過を経てニュース記事が掲載されている。今回の記事で移籍ニュースをより深く、より多角的な読み方をするきっかけになればうれしい限りだ。

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