宇宙ではニュートリノのほうが反ニュートリノよりも多く生成された 初期銀河の観測で証明

私たちが住む宇宙は「物質」に満ちていて、一部の性質が反転している「反物質」はほとんど存在しませんが、現在の理論や実験では物質と反物質が常に同じ量だけ生成されることが分かっています。物質と反物質は出会うと消滅してしまうため、それぞれが同じ量だけ生成された宇宙は空っぽになってしまうはずですが、物質に満たされた現在の宇宙の姿は、宇宙誕生時に物質と反物質が生成されたプロセスの中で物質のほうが10億分の1だけ多く作られたことを示しています。わずかな差ですが、なぜこのようなことが起こったのかは物理学における大きな謎となっています。

この謎を解決するには、物質と反物質の性質の違いを示す具体的なデータを組み合わせることが必要であり、そのための観測や実験が進められています。カリフォルニア大学アーバイン校のAnne-Katherine Burns氏とTim M. P. Tait氏、そしてニューヨーク州立大学ストーニーブルック校のMauro Valli氏などの研究チームは、ハワイのマウナケア山に設置された「すばる望遠鏡」の観測データから、物質と反物質の違いに関連する結果を得ることに成功しました。

【▲ 図1: すばる望遠鏡の外観(Credit: すばる望遠鏡)】

誕生直後の宇宙では、水素が約75%、ヘリウムが約25%、そしてその他の原子核が1%未満、それぞれ合成されたと言われています。

水素の原子核は陽子のみでできている一方、ヘリウムの原子核は陽子と中性子の両方が必要になります。そして宇宙のある時代では、中性子に「ニュートリノ」、陽子に「反ニュートリノ」が衝突することで、陽子と中性子がお互いに入れ替わっていたとされています。

【▲ 図2: 誕生直後の宇宙で起きた、ニュートリノによる陽子と中性子の入れ替わり。ニュートリノと反ニュートリノでは反応が異なるため、生成数が反応の違いに影響することになる(Credit: 彩恵りり)】

陽子と中性子が互いに入れ替わるプロセスは、宇宙が膨張して温度が下がることで停止します。すると、原子核を構成しなかった中性子はすぐに崩壊してしまうため、初期の宇宙における中性子は事実上ヘリウム原子核の形でのみ存在することになります。つまり、この時代にどの程度の中性子が作られるかによって、中性子を必要とするヘリウム原子核がどの程度生成されるのかが決定します。

ニュートリノと反ニュートリノは物質と反物質の関係にあるため、本来であれば同じ数だけ生成されるはずですが、もしも物質と反物質の生成プロセスにわずかでも違いがあれば、ニュートリノの方が反ニュートリノよりもわずかに多く生成されるはずです。この差は陽子と中性子の入れ替わりが起こる反応の発生頻度を左右するため、最終的には中性子の生成数やヘリウム原子核の生成数にも関わってきます。

Burns氏らは、初期の宇宙に存在する重い元素に乏しい銀河10個を観測して、ヘリウムの正確な存在量を測定しました。このような銀河は宇宙誕生時に生成された水素とヘリウムの量を反映していると考えられるからです。観測データと理論を比較することで、ニュートリノと反ニュートリノが同じ数だけ生成されたのか、それとも異なる数だったのかが分かるはずです。

測定の結果、10個の銀河におけるヘリウムの存在比は23.37~24.04%であることが判明しました。これは理論的に示されたヘリウムの存在比と一致しており、ニュートリノの生成数が反ニュートリノの生成数よりも多くないと説明のつかない数値です。このことから、初期の宇宙ではニュートリノが反ニュートリノよりも多く生成された可能性が高いことが判明しました。

この結果だけでは、宇宙が物質に満ちている理由を解明することはできませんが、今後の研究を進めていく上で重要です。ニュートリノは原子を構成する素粒子である「電子」と仲間の関係 (レプトン) にあります。ニュートリノが反ニュートリノと比べて多く生成されたということは、原子の重要な構成要素である電子もまた、その反物質である陽電子よりも多く生成された可能性があるからです。今回の研究結果は、宇宙では物質が反物質よりも多いという謎について、ニュートリノに限らず多くの素粒子の研究に対して影響する可能性があります。

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文/彩恵りり

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