当事者からすると全部を正義として受け取れるんだろうか
――映画『きみとまた』は浮気をする話じゃないですか。
平井亜門:
ダメですよね。
――浮気をするから結婚生活が上手くいってないのかと思いきや、旦那さんはそんなに悪い人じゃないという。
平井:
僕も思いました。ちゃんとアキのことを大事に思っていて、「旅行に行こう」とか向き合っていて良い旦那さんじゃないかと思いました。そこから見るとアキはけっこう悪人ですよね、コイツと思いながら試写を観ました。
葉名恒星:
(笑)。
――頑張っていますよね。アキは義理の妹に子供が出来てプレッシャーを感じていたことも分かりますが、基本的に良い人しか出てこないと思いました。
葉名:
そうですね。良い人しか出てないです。
――仲たがいするシーンもありますけど、まるおの映画制作チームも協力的で。
平井:
いい作品を作ろうと意見を言ってくれていますよね。僕も監督なんだからしっかりしろよと思います。ついて来て偉いなと思ってしまいますよね。
――確かに上手くいかない部分はありますが、人間関係では恵まれている環境です。悪者を作らずにいい人に囲まれた環境を作ったのは何故ですか。
葉名:
1つは悪い人が居たら逃げれば終わりだなと思ったんです。例えば夫が浮気しているだと、僕が描きたいSEXのあり方というところから外れて、人間関係から逃げ出してしまえばいいということになってしまうんです。そういった終わりを迎えたくなかったというのもありました。
――もう1つは何ですか。
葉名:
個人的にみんないい人という作品をやりたかったんです。その良い人も第三者目線では正解しか言っていない善ある行動でも、当事者からすると全部を正義として受け取れるんだろうかという疑問があったんです。引いた位置から見るとわかるけど、当事者には見えないこともあるじゃないですか。
――その人が抱えている問題や環境によって感じ方は変わりますよね。
葉名:
君が言っていることが正しいのはもちろん分かるけど、正しい方向に進もうとは思えないこともある。そういう世界観を作りたかったので、確約みたいなものを作らない脚本にしました。
平井:
周りが良い人だから主役二人の倫理観がずれているんじゃないかと思っちゃいますよね。
――映画を観て二人のバックボーンを知っているから受け入れられますけど、背景を知らないだと怒りますよね。
葉名:
逆にいい人に見える人ほど倫理観がずれていませんか。
平井:
難しいな。
葉名:
アキのお義母さんの「子供を作るのは若いに越したことないからね。」というのがいま正しいのか。それはあなたの正解であって、私の正解ではない。私はあなたのお家に嫁いだ以上、あなたの考えに従わなければいけないのかというプレッシャーもある。外からみれば「その考えが古いから反対すればいい。」というのもわかるけど、それが出来ない今の私はどうすればいいのという状況。
平井:
お義母さんからすればお義母さんの正しさもありますからね。
――それぞれの理想が。
葉名:
冨手麻妙さんが演じた義理の妹からすれば、お腹に子供が居るけど苗字が違う子をどこまで受け入れてくれるのかが分からない。アキからするとその悩みすら羨ましいと思ってしまう。倫理観からずれてしまうかもしれませんが、普通に生きているだけでちょっとした攻撃をしてしまうことある。
平井:
人それぞれの正義があるからぶつかることもありますよね。
葉名:
その中でタガが外れてしまった二人なんです。
まるおの行動は僕の中で繋がっている
――一番悩んでいる二人でもありますね。率先して逸脱しようとはしていない、まるおは映画制作で悩んでいた、アキは子供のことで悩んでいた。そのタイミングが偶然会ってしまった。
平井:
とはいえ、逸脱しているからドラマになる部分はありますから。
葉名:
「まるおの精子を下さい。」というのはぶっ壊れているセリフですよね。僕が壊れているのか。僕がまるおだとこういう行動をとってしまうかもしれないという気持ちのもと出てきたセリフです。どんどん自分を丸裸にしていかないと思って出てきたものなんです。
――監督として心を丸裸にということですね。
葉名:
まるおも自分の名刺が何もない新人監督が格好をつけてもいい映画は撮れないと分かっているんです。映画のためという建前を武器にして元カノに会いに行く、再会するとやっぱりかわいいなと揺れる、「もう一度会わない」と彼女からくる、映画という建前で会ってしまう、そこで「精子が欲しい」と言われると舞い上がってしまうと思うんです。そういうまるおの行動は僕の中で繋がっているので、まるおならこういう壊れ方するだろうなというところからこうなりました。
平井:
まるおはどんどん進んでいくから、よくやるなと思っていましたよ。僕はヤバイとなったら、一度距離を置いてしまいます。絶対に良い未来が待ってないからやめようとなるのが僕で、そうならないのが葉名監督なんですね。
葉名:
距離を置けますか。
平井:
僕は置きますね。
――私も平井さんと同じです。やばいと感じたら距離を置きます。本当にやらないといけないならやりますが、元カノに会わなくても映画制作を進めることはできるじゃないですか。気持ちの消化できない部分はあるにせよ、不安要素は弾いちゃいますね。
平井:
決定的なのが「精子をください。」と言われ、落ち着いて話そうとなるじゃないですか。そこで「はい」と言ってしまうところで道が分かれているんです。平井亜門は「はい」と言わない、葉名恒星は「はい」と言う。こういう人生の選択がある。
葉名:
まとめるとそうですね。
――「精子をください」ってパンチラインとして強いですけど。そのことについてお話しされなかったのですか。お互い独身なら結婚を見据えて受け入れるという人が増えるかもしれませんが、相手が既婚ということであれば浮気じゃないか。認知しなくていいと言われても、子供の未来を考えると。
葉名:
最終的にアキが決断したことは僕の中の救いなんです。落ち着いて観るとアキが壊れたのは「精子をください」と言った瞬間だけで、その時に放った言葉でどんどんまるおは周りが見えなくなるという物語なのかもしれないですね。
――とはいえ、アキも旦那さんとSEX出来ないというのは、女性としてはきついですよね。求めているのに受け入れてくれないということですから。
葉名:
一番かわいそうなのはアキの旦那さんですよね。
平井:
何も知らないですから。知ったら、絶対に別れますよね。アキは寂しいとなったら、他の人と浮気するんじゃないかって思いますよね。
――分かります。だからこそ、まるおとSEXするなって思っていました。
葉名:
(笑)。
僕は常に訳が分かってない
――マルオは多少の浮き沈みはありますが、基本的に沈んだ感情のままで心情を表現するというのは演技力が試される部分のように感じましたが。感情の起伏がそんなになく、感情表現が狭い中でいるのは。難しくなかったですか。
平井:
僕は普段がこんな感じなのでパーンッと行きたいんですけど、そこが行けないもどかしさはありました。バイト先店長の丸純子さんとのシーンが一番明るく、楽しくできたのかもしれないです。中山求一郎さんと二人で話しているときは良いですけど、スタッフみんなと映画の話をしている時も重かったです。
――まるおが暴走して、空中分解しかけますからね。
平井:
葉名監督もまるおみたいに訳が分からなくなることあるんですか。
葉名:
僕は常に訳が分かってないです。
平井:
180度違うことを言ってしまうことも。
葉名:
それが積み重なるほど脚本が良くなるので。
平井:
大筋も変えてしまうことがあるんですか。
葉名:
作品によって違うかもしれないです。こういうテーマで、これを叫びたいということであれば大きな変化はさせないです。例えばラストシーンが決まっていてスタートがここということであれば、ゴールまでの道のりをどう面白くしていくかを優先するので道筋を大きく変えることはあります。
平井:
スタートとゴールが大事だから、他は大きく変わってもいいということなんですね。
葉名:
変わっていく主人公を描くというのであれば変わるかもしれませんが、変化することが重要じゃなければそうです。ただ、このテーマを伝えたいという作品だとブレないです。
――芯が変わらなければいいということですね。
葉名:
それでもどんどんバグっていきます(笑)。
――真剣に向き合うからこそ、ゲシュタルト崩壊起こす瞬間もありますよね。演じる側もそういうことはあるんですか。
平井:
僕も自分がこういうキャラクターだと思っていて、現場で段々監督の要望で変わっていて、はじめ思っていたキャラクターと違うというのはあります。
――そういうときはどう対処されるのですか。
平井:
監督を信じるしかないです。これは違うだろうと思ったときは相談しますが、何でも逆らうのも違いますから。
足りないピースを埋めてくれるのが平井亜門という俳優
――普段の平井さんはまるおとは違った性格ですが、葉名監督は平井さんにまるおを演じてもらおうと思ったのは何故ですか。
葉名:
今まで僕が創ってきたものを通して、足りないピースを埋めてくれるのが平井亜門という俳優さんだと思ったからです。プラス今回の作品ではスタッフさんも含めて初めましての方と創りたいという考えがありました。新しい方と初めての関係性を作って新しい世界を見てみたいとなったときに、そこを誰が埋めるのかとなったときに埋めてくれるのが平井さんだったんです。
――平井さんのどういった所からそれを感じたのですか。
葉名:
平井さんが出演された『ほとぼりメルトサウンズ』を観ていた時にリズム感が違うなと思ったんです。平井さんの出演するどの作品を観ても、どういう感情を表していてもリズム感が違うなと感じたんです。そこに魅力的に感じて、そこが欲しかったんです。『きみとまた』は凄くダウナーな作品ですけど凄く暗くは見えない愛されるキャラクターになっているのは、平井さんがまるおを演じてくれたからだからだと思います。純度100の僕だともっと重くシリアスな映画になってしまうので、そこから脱せたのはありがたかったです。演じてくれた平井さん本人は辛かったかもしれないですが。
平井:
そんなことはないですよ。
――平井さんから見た葉名監督はどんな方ですか。
平井:
まるおほどダウナーな印象はないですが、一風変わった繊細さを持っているという印象です。まるおのように常にダウナーで自分の中で、グルグルしながら創っている若手監督は沢山いそうですね。
葉名:
僕も平井さんが言ったようにずっと頭を悩ましている人はいると思います。まるおは平井さんが演じてくれたことで「大丈夫、頑張ろう。」と言ってもらえる人間になっているのが救いです。めちゃくちゃ悩んで意固地になって、誰も助けれてくれないと感じてしまうこともあります。これがしたいんだと殻に閉じこもってしまって誰も受け付けてくれないとなってしまう人もいますが、まるおにはそうはなってほしくなかったんです。平井さんが演じてくれたことで、まるおが周りから手を差し伸べたくなる、愛せるなというところに行けたのでよかったです。
――お二人の関係性は劇中の平井さん・中山さんの映画制作チームに近いですね。
葉名:
かもしれないですね。
――そういう距離感であったからこそできた作品ですね。暗い気持ちを抱えている二人を中心としていますが、絶望感はなく最後にやっぱり大丈夫だったとなれた。いい関係性のお二人で良かったです。
平井:
実はめちゃくちゃギスギスしてるかもしれないですよ(笑)。
葉名:
それは困ったな(笑)。平井さんとだからこそできた作品だと思います。この少し変わった感情を皆さんも楽しんでいただきたいですね。
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