80年代は洋楽黄金時代【アメリカ大統領選の音楽 TOP10】歴代キャンペーン悲喜こもごも  いよいよ大統領選の季節の到来!そのエンターテインメントの側面に着目

米国大統領選は、壮大なエンターテインメント

2023年4月25日、米国の現職大統領であるジョー・バイデンは、翌年11月5日に行われる大統領選挙に向けて立候補することを正式に表明した。一方、前大統領のドナルド・トランプやフロリダ州知事のロン・デサンティスらも共和党の指名争いに名乗りを上げている。そう、いよいよ大統領選の季節の到来である。

米国大統領選と言えば、もちろん世界最大の政治イベントだが、同時に壮大なエンターテインメントでもある。今回は、そのエンターテインメントの側面に着目し、歴代の “キャンペーンソング(Campaign Song)” を取り上げたいと思う。

ビル・クリントンが選んだフリートウッド・マック「ドント・ストップ」

キャンペーンソングと聞いて僕が真っ先に思い出すのは、1992年の大統領選にビル・クリントンが挑んだ際に選んだフリートウッド・マックの「ドント・ストップ」だ。出馬表明時、全国的には無名だった彼が、この曲と共にあれよあれよという間に大統領の座まで駆け上がってしまった。

この曲の「Don't stop thinking about tomorrow.(明日のことを考えるのをやめないで)」「Yesterday's gone.(昨日は行ってしまった)」という歌詞は、彼の若々しく溌剌としたイメージに合っていたし、実際それが有権者に受けたのだろう。そして、その頃フリートウッド・マックは既に解散していたが、クリントンは大統領就任式に際して、バンドに頼み込んでわざわざ再結成させて、この曲を演奏してもらったのだった。

2022年11月30日、この曲の作者でありボーカルの一人でもあるクリスティン・マクヴィーが亡くなった際、クリントンはこの曲について「it perfectly captured the mood of a nation eager for better days.(あの曲はよりよい日々を求める国のムードを完璧に体現していました)」とツイートした。だが、実はこの曲、彼女がバンドのベーシストであり夫であったジョン・マクヴィーと離婚して新しい生活を迎える時の心情を綴ったものだった。でも、きっとクリントンには、そんなことは関係なかったのだろう。

それはともかく、ビル・クリントンと「ドント・ストップ」の組合せは、候補者とキャンペーンソングがプラスの作用を生み出した好事例と言える。だが、もちろん逆のケースもある。

ドナルド・トランプ出馬表明時は、ニール・ヤング「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」

2015年6月16日、ドナルド・トランプは自らが所有するトランプタワーで大統領選出馬表明会見を行ったが、その時に流れていたのがニール・ヤングの「ロッキン・イン・ザ・フリー・ワールド」だった。これを知ったヤングの代理人は即座に抗議し、楽曲の使用中止を求めた。そもそもヤングはカナダ人だが、民主党の候補者であるバーニー・サンダースを支持していたのだ。それにこの曲は、民主党支持者でリベラル派の急先鋒として知られる映画監督のマイケル・ムーアが、2004年に発表したドキュメンタリー『華氏911(Fahrenheit 9/11)』のエンディングテーマに選ぶような楽曲であった。

結局、トランプ陣営はこの曲の使用を取り下げたのだが、その後にサンダースのキャンペーンソングとして使われることになったのだから、皮肉なものである。

このように楽曲の使用を拒絶されるのは、圧倒的に共和党の候補者が多い。そもそもハリウッドのセレブリティやロックスターには民主党支持者が多いのだから、当然だ。中でもトランプは特に強烈だが、だからと言ってそれが選挙戦にマイナスに働くかと言うと、必ずしもそうでもないらしい。彼の “腐敗したハリウッドのエスタブリッシュメントに戦いを挑む” 姿を支持する人が少なくないと言うから、米国社会は本当に複雑だと思う。

と言うことで、今回も1980年代前後にリリースされた楽曲の中から、米国大統領選のキャンペーンソングとして、いわくつきの10曲を選んでみた。くれぐれも政治的な意図は全くないので、念の為。

米国大統領選のキャンペーンソング、いわくつきの10曲

【第10位】ギャップ・バンド「アウトスタンディング」
アルバム『ギャップ・バンド・フォー』に収録。2015年6月、ヒラリー・クリントンは来たる大統領選に向けて、『Spotify』上で公式プレイリスト「The Official Hillary 2016 Playlist」を公開した。2010年代にリリースされた女性アーティストのパワフルな曲がズラリと並ぶ中、なぜか30年以上前の黒人男性ファンクグループの楽曲が選ばれた。ちなみに、この曲はマドンナ、ティナ・ターナー、ウィル・スミスなどにより、100曲近い楽曲でサンプリングされている。

【第9位】トゥイステッド・シスター「ウィア・ノット・ゴナ・テイク・イット」
アルバム『ステイ・ハングリー』に収録。リードボーカルのディー・スナイダーは、ドナルド・トランプが2016年の大統領選でこの曲を使うことを快諾した。彼は米国のニュースサイト『TMZ』のインタビューに対して「この曲は反逆の歌だ。トランプが今やっていることは反逆以外の何ものでもない」と答えている。これと同じ理屈で、政治的にはトランプの真逆の立場にいるバーニー・サンダースも「物事をひっくり返そうとしている」から、この曲を使っていいのだそうだ。

【第8位】R.E.M.「世界の終わる日(It's The End Of The World As We Know It(And I Feel Fine))」
アルバム『ドキュメント』に収録。2016年、リードボーカルのマイケル・スタイプは、ドナルド・トランプの集会でこの曲が無断使用されていることに気付いた。バンドはすぐに使用停止通知を送ったが、トランプ陣営はその後も再三に渡ってこのバンドの楽曲を使った。ベースのマイク・ミルズは、「Go f-k yourselves, the lot of you--you sad, attention grabbing, power-hungry little men.(この哀れで目立ちたがりで強欲な小心野郎どもめ、何をしやがるんだ!)」とツイートした。

【第7位】トム・ペティ「アイ・ウォント・バック・ダウン」
デビューソロアルバム『フル・ムーン・フィーヴァー』に収録。2000年の大統領選で共和党候補だったジョージ・W・ブッシュはキャンペーンにこの曲を採用したが、すぐにトム・ペティからクレームが入って使用を取り止めている。ブッシュはタイトルの「I won't back down.(俺は引き下がらない)」が繰り返されるこの曲に自身の決意を託したのかもしれないが、そもそもトム・ペティは民主党支持者だったそうだ。

【第6位】アース・ウインド&ファイアー「ガット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ」
初のベストアルバム『ベスト・オブ・EW&F Vol.1』に収録。言うまでもなくザ・ビートルズのカバー。2012年2月、再選を目指すバラク・オバマはキャンペーンソングをまとめたプレイリスト「2012 Campaign Playlist」を公開したが、その中に数々のカントリーソングと共にこの曲が登録された。ちなみに、かつてこのグループに在籍したギタリスト、アル・マッケイを中心とする「アース・ウィンド&ファイアー・エクスペリエンス」によるライブバージョンが採用されている。

【第5位】ダイアナ・ロス「アイム・カミング・アウト」
アルバム『ダイアナ』に収録。今年81歳になる現職大統領のジョー・バイデンは、その年齢に相応しく、“いかにも” な「古き良きアメリカ」を愛しているのだそうだが、2020年の大統領選に向けて発表したプレイリストは、良くも悪くも “無難” なものであった。米国で大統領選に出馬するというのはこういうことなのかもしれないが、老若男女白黒混合なバランスを強く意識した選曲になっている。その中で唯一の80年代作品であるこの曲は、まさに女性や黒人に配慮したということなのだろう。

【第4位】ニール・ダイアモンド「自由の国アメリカ(America)」
映画『ジャズ・シンガー』のサウンドトラックに収録。米国の音楽誌『Billboard』のアダルト・コンテンポラリー・チャートの歴史上、エルトン・ジョン、バーブラ・ストライサンドに次ぐヒット曲を持つ大御所によるこの曲は、1988年の大統領選で民主党候補だったマイケル・デュカキスによってキャンペーンに採用された。だが、この年の選挙戦は、共和党候補のジョージ・H・W・ブッシュとの間で双方が罵り合うネガティブキャンペーン(Negative Campaigning)の応酬となり、“史上最も汚い選挙戦” と言われた。

【第3位】ABBA「テイク・ア・チャンス(Take A Chance On Me)」 アルバム『ジ・アルバム』に収録。2008年の大統領選に共和党から立候補したジョン・マケインはこのグループの大ファンであることを公言していて、演説前にはいつもこの曲を大音量で聴いて自身を奮い立たせていたらしい。だが、悲しいことにABBAからはこの曲の選挙戦での使用停止を求められた。また、マケインは当選した暁にはホワイトハウスの全てのエレベーターでABBAを流すと宣言していたが、残念ながらそれが実現することはなかった。

【第2位】ヴィレッジ・ピープル「Y.M.C.A.」 アルバム『クルージン』に収録。このグループは1970年代後半に同性愛者コミュニティの旗手として人気を博したが、なんと反LGBTで知られるドナルド・トランプがこの曲を好んで使った。2021年1月の大統領退任式でも当たり前のように流されたが、著作権侵害通告を無視され続けてきたヴィレッジ・ピープルは「Thankfully he's now out of office, so it would seem his abusive use of our music has finally ended.(ありがたいことに彼は退任したので、私たちの音楽の乱用はやっと終了したと思われる)」と声明を出した。

【第1位】ブルース・スプリングスティーン「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」
アルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』に収録。1984年、再選を目指していたロナルド・レーガンによって採用されたが、良くも悪くも史上最も有名なキャンペーンソングとなった。レーガンはこの曲のメッセージを理解していなかったのか、サビの「I was born in the U.S.A.(俺はアメリカで生まれた!)」を抜き出して愛国ソングとして誤用した。よく知られるように、この曲は政府に見捨てられたベトナム帰還兵を題材にした、いわば失望の歌だ。だが、結果的にレーガンの戦略は功を奏し、この選曲が彼の再選を後押ししたとさえ言われている。

■ Billboard Hot 100/Official Singles Chart Top 100
■ Don't Stop / Fleetwood Mac(1977年5月21日 全英32位、9月24日 全米3位)
■ Take A Chance On Me / ABBA(1978年2月18日 全英1位、7月8日 全米3位)
■ Got To Get You Into My Life / Earth, Wind & Fire(1978年9月16日 全米9位、10月28日 全英33位)
■ Y.M.C.A. / Village People(1979年1月6日 全英1位、2月3日 全米2位)
■ I'm Coming Out / Diana Ross(1980年11月15日 全米5位、12月6日 全英13位) ■ America / Neil Diamond(1981年6月13日 全米8位)
■ Outstanding / The Gap Band(1983年2月19日 全英68位、4月2日 全米51位)
■ We're Not Gonna Take It / Twisted Sister(1984年6月16日 全英58位、9月22日 全米21位)
■ Born In The USA / Bruce Springsteen(1985年1月19日 全米9位、7月13日 全英5位)
■ It's The End Of The World As We Know It (And I Feel Fine)/ R.E.M.(1987年9月5日 全英87位、88年2月20日 全米69位)
■ I Won't Back Down / Tom Petty(1989年6月24日 全英28位、7月1日 全米12位)
■ Rockin' In The Free World / Neil Young(1994年2月26日 全英83位)

■ Billboard 200/Official Albums Chart Top 100
■ The Album / ABBA(1978年2月4日 全英1位、7月22日 全米14位)
■ The Best Of Earth, Wind & Fire, Vol. I / Earth, Wind & Fire(1979年1月27日 全米6位、2月10日 全英6位)
■ Cruisin' / Village People(1979年2月10日 全英24位、2月17日 全米3位)
■ Diana / Diana Ross(1980年8月16日 全英12位、10月4日 全米2位)
■ The Jazz Singer (Soundtrack) / Neil Diamond(1981年2月7日 全米3位、3月21日 全英3位)
■ Gap Band IV / The Gap Band(1982年9月11日 全米14位)
■ Stay Hungry / Twisted Sister(1984年6月16日 全英34位、9月15日 全米15位)
■ Born In The U.S.A. / Bruce Springsteen(1984年7月7日 全米1位、85年2月16日 全英1位)
■ Document / R.E.M.(1987年9月26日 全英28位、11月7日 全米10位)
■ Full Moon Fever / Tom Petty(1989年7月8日 全米3位、全英8位)

カタリベ: 中川肇

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