「左左左、ナイス!」 手探りとガイドの声だけで壁を登る視覚障害のクライマー 世界で4位の実力を持つ女性が壁を登り続けるワケ

壁に取り付けたカラフルな突起物をつかんで登っていく「スポーツクライミング」。これに挑戦する一人の女性に注目しました。目に障害がある女性が、世界に挑戦する思いとは。

壁に取り付けられた「ホールド」をつかみ、足がかりにして登っていくスポーツクライミングをする、青木宏美さん(51)。目はほとんど見えていません。

(青木さんのサイトガイド・小島理瑚さん)
「左左左、それ、触っている、ナイス、その真下に足(を置くホールド)があって…」

下で見ている人のガイドを頼りに「手探り」でホールドを掴み、足も慎重に探しながら、確実に登っていきます。青木さんは、「網膜色素変性症」という視力が低下していく難病で、今はほとんど見えていません。

(青木宏美さん)
「難しい課題(登るコース)を登れた時の達成感が『やったぜ』『よっしゃー!』って」

青木さんが打ち込んでいるのが、障害者のクライミング競技「パラクライミング」です。制限時間内に、高さ約15メートルの壁で登れた高さを競うもので、視覚障害の場合は、程度に応じて3つのクラスに分けられます。青木さんは「B1」という最も障害の重いクラス。公式競技では、アイマスクで完全に見えないようにして登ります。

青木さん、実はこの競技の日本代表。日の丸を背負い、8月8日からスイスで行われるパラクライミング世界選手権に出場します。そんな青木さんの「目」の役割を担い、登るルートを伝えるのが「サイトガイド」です。

青木さんのサイトガイドを務める小島理瑚さん(28)。

(小島理瑚さん)
「宏美さんは配置も距離もわからないので、最後に触ったホールドから時計の針で方向を示しています」

ガイドで伝えるのは、次のホールドへの方向と距離。方向は時計の文字盤に例えます。この紫のホールドは「2時」。距離は指先から肘までの長さを基準に「普通」か「遠め」、「近め」と表現します。さらにホールドの形。これでどう掴んだら良いかが分かります。

(小島理瑚さん)
「初手が『2時』『普通』」

登る前には、一通り登るルートを教えてもらい、頭の中でイメージ。

壁まで小島さんに案内してもらい、登る前に触れるホールドは一度触って位置を確かめます。

(小島理瑚さん)
「『2時』『普通』そうそれOK、左左左下、そう」

青木さんの手足の長さと筋力を考えて、確実に登れるガイドをしています。

(青木宏美さん)
「(Q.小島さんのガイドはどうですか?)最高です。声も聞きやすいし、安心して登れる。(Q.青木さんには何が見えている?)私の頭の中のイメージの壁とホールドが見えているというか映っている。ベージュの壁にグレーっぽいホールドが付いているのが頭の中に浮かぶかな」

幼い頃は弱視で、今より少しは見えていた青木さん。小中学校ではほとんどの授業を健常者と一緒に受けていました。高校の途中から盲学校へ。マッサージ師や鍼灸師の国家資格を取って現在は、整形外科クリニックで働いています。

(同じ職場のスタッフ)
「親切、丁寧に。真面目にやっている。ファンもいっぱい」

(林整形外科クリニック・林信彦院長)
「患者さんとお話しながら一生懸命やっている。ボルダリングをやっているので手は強い。しっかりマッサージとか施術もできる。自分のやりたいことで目的を持ってやれるというのは尊敬する。(大会も)頑張ってほしい」

そんな中、出会ったのがパラクライミングでした。きっかけは、37歳の時に夫の友人のすすめで体験会に参加したこと。自分がクライミングをするなんて思ってもみませんでしたが、全身を使って“上を目指す楽しさ”に魅了されたといいます。

(青木宏美さん)
「(Q.元々スポーツは得意だった?)全然、不得意。面白いと思ったから私はもうそれからずっと…」

仕事の傍ら競技にも打ち込み、2019年には日本代表としてフランスで行われた世界選手権に出場。なんと世界4位になったのです。

(青木宏美さん)
「(Q.青木さんはなぜ壁を登る?)かっこよくいたいというか、自分の人生の中で、何でもない、ただ生活していくだけよりも“特別な何か”があって、そういうものがある方がいいなと思うから登り続けている」

今は多くの人にパラクライミングを知ってもらおうと、体験イベントも主催しています。サイトガイドの小島さんもスタッフの一人。

(初挑戦の大学生)
「これ?怖っ!11時。右!それ」
(クライミング経験者)
「その上。それOK!右!ナイス!ゴール。ナイス~」

(参加者)
「楽しかった」
「サイトガイドをしてもらった時に(アイマスクで)見えていないけど、目の前の景色が見えたから本当に来てよかった」
(視覚障害者)
「障害のある方だけじゃなくて、健常者もアイマスクをして見えないという体験をすることで、わかってもらえる部分もあると思うし、そういう意味ではいいイベントだと思う」

『障害のある人には、自分の可能性を』『ない人にも、このスポーツの奥深さを知って欲しい』そんな思いもあります。

そして、7月30日。

(青木宏美さん)
「(Q.ユニフォームを手に取ってみてどう?)何回か(世界大会には)出ているけど、やっぱりうれしい。凛とした感じ。日の丸を背負っているなと思う」

この日は世界選手権前、最後の練習です。代表のユニフォームを着て、気合いも十分。

(青木宏美さん)
「登り切れた時の達成感が楽しいから、人生もそうありたいと思うし、見えなくても楽しいことがいっぱいあると思う」

目標は初のメダル獲得。世界という高い壁に挑みました。

迎えた8月8日。スイスで行われた世界大会では、「B1」「B2」の統合クラスで13人中7位で決勝進出とはなりませんでした。悔しい結果になりましたが、青木さんは「次の大会ではメダルが取れるように頑張っていく」と前向きに話していました。

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