ノキアの月面4Gネットワークの試験的構築ミッション、打ち上げは2023年11月以降の3か月以内に実施予定

フィンランドの通信機器大手ノキアは、月面において4G/LTEネットワークの試験的な展開を予定しています。既報の通り、ネットワークを構築するための機器の打ち上げは2023年後半に予定されていますが、スペースXの「ファルコン9」ロケットによる打ち上げが2023年11月から3か月以内に実施される見通しであることを、ノキアが7月25日に発表しました。

関連:ノキア、2023年後半に月の南極域で4Gネットワークを試験的に展開予定(2023年4月2日)

この月面向け4G/LTEネットワークは、米国の民間宇宙企業インテュイティブ・マシーンズが開発した無人ランダー(月着陸船)「NOVA-C」による「IM-2」ミッションのペイロードの一部として機器が搭載され、月面で展開されます。IM-2ミッションの着陸目標地点は、水の氷の存在が期待されている、月の南極にあるシャックルトン・クレーターに近いシャクルトン・コネクティング・リッジ周辺です。ミッションでは着陸から10日間ほどかけて、ランダーに搭載されるローバー(探査車)を用いて周辺のマッピングを行ったり、氷を探索したりすることになっています。

【▲ シャクルトン・コネクティング・リッジ付近に降下するIM-2ミッションの無人ランダーNOVA-Cの想像図(Credit: Intuitive Machines and Nokia Bell Labs)】

今回の計画では、アンテナを搭載したNOVA-C自身が基地局の役割を担い、着陸後にネットワークを自動的に展開。そして、ペイロードとして運ばれる米企業Lunar Outpostが開発した2台のローバー「MAPP」および「Micro-Nova Hopper」と、地球との間で4G/LTEネットワークを利用できるようにします(なお、同ミッションの他の通信関連では、York Space Systems社の通信衛星が月周回軌道に投入される予定です)。

このネットワークが構築されることで、ローバーからの画像データなどを着陸船経由で地球のミッション管制室に送信できるようになると同時に、管制室からローバーの遠隔操作も行えるようになります。

【▲ NOVA-Cにはノキアが開発した月面用ネットワーク機器が搭載され、ローバーと地球との間を中継する基地局としての役割を担います。(Credit: Intuitive Machines and Nokia Bell Labs)】

ノキアによると、将来的に月や火星で人類が継続的に活動するのに不可欠となる通信環境を構築する上で、地球上のモバイル通信で使われているものと同じセルラー方式の技術を活用する必要があると同社は考えており、信頼性が高く、大容量で、効率的な接続を提供できることを同社は証明しようとしています。

月面でのネットワークの構築で最も難しいのは、月面の環境が地球上のどの極限環境とも比較にならないほどの厳しい環境であるという点です。ご存じの通り、月面はほぼ真空なので、表面温度の寒暖差は非常に激しくなります。昼間の温度は120~130℃ほどになる一方で、夜間はマイナス170~180℃ほどまで下がります。この300℃近い寒暖差は機器にとって激しい負荷となります。

そのため、開発を担当したノキア傘下のベル研究所は、地球上で使用されている同社の既存のネットワーク機器に対し、低消費電力化・コンパクト化・宇宙環境への耐性の向上といった改良を施した月面バージョンの機器を開発しているということです。この月面向けの機器は打ち上げ時の激しい振動や月までの飛行に耐えられるのはもちろんのこと、上述した極端な寒暖差に加え、地球上とは比較にならない高い放射線環境でも問題なく動作するような設計が施されているそうです。

IM-2ミッションの具体的な内容は以下のとおりです。MAPPはシャクルトン・コネクティング・リッジ周辺のステレオ画像と熱データを取得・マッピングし、レゴリス(月面の砂や塵)も回収してその詳細な撮影も行います。動画撮影も行われる予定で、シャックルトン・クレーターの端近くの影の中にあると予想される水の氷の証拠を探します。

また、MAPPにはマッチ箱ほどの小さなローバー「AstroAnt」が搭載されていて、MAPPの上を移動して温度データを収集するといいます。MAPPとAstroAntによって収集されたデータは4G/LTEネットワークを介してNOVA-Cに送信され、地球に中継されます。

【▲ ネットワークの構築により、MAPPは管制室からの遠隔操縦が可能となります。(Credit: Intuitive Machines and Nokia Bell Labs)】

そして、もう1台のローバーであるMicro-Nova hopperは水の氷の探索を任務としており、シャクルトン・クレーターの奥深くへと移動して探索を行います。最大の特徴はヒドラジンスラスターを用いてジャンプするように短距離の飛行を行えることで、MAPPでは到達できない場所に移動して、水の氷を含んでいそうな堆積物の撮影を行います。この画像も4G/LTEネットワークを介して地球へと送信されます。

【▲ Micro-Nova hopperのイメージ。短距離の飛行が可能で、シャックルトン・クレーターに降下し、永久影の領域にあると期待されている水の氷の直接的な証拠を探す予定。(Credit: Intuitive Machines and Nokia Bell Labs)】

【▲ Micro-Nova hopperの飛行中のイメージ。MAPPでは辿り着けないシャックルトン・クレーター内部のエリアに移動します。(Credit: Intuitive Machines and Nokia Bell Labs)】

実際にシャクルトン・クレーターで水の氷が発見されれば、将来の月面探査ミッションで飲料水や生活用水として利用できる可能性があります。また、酸素と水素に分解すれば、呼吸用やロケットの推進剤として利用できることから、月の南極に恒久的な有人活動拠点が建設される可能性が高くなるとしています。

ノキアは今回のIM-2ミッションで収集されるデータについて、将来の月でのミッションに最適化したネットワークやデバイスの設計・構築に活用されることで、宇宙飛行士が月面でインターネット利用をできる環境を実現する上で大きな役割を果たすとしています。将来的には、宇宙飛行士がスマートフォンを宇宙に持って行き、月や火星などでも地球上と同じように使用できるようになるかもしれないと展望を述べています。

それだけでなく、地球上の過酷な環境に展開されるネットワークのさらなる改善にもつながるといいます。前述のように、月面の環境は地球の南極などと比べても遥かに厳しい極限的な環境です。そのため、月面で機能するネットワークを構築できれば、地球上の最も過酷な環境でも機能するネットワークを構築できることになるとしています。

冒頭でもお伝えした通り、IM-2ミッションの打ち上げは2023年11月以降の3か月以内ということなので、最も遅い場合は年明けとなる可能性もありますが、いずれにしてもそう遠くない時期なのは間違いありません。なお、このIM-2ミッションでは日本の株式会社ダイモンが開発したローバー「YAOKI」も月面に運ばれることが決まっています。

参考記事:月面探査車YAOKIのダイモン、新たにインテュイティブマシーンズと月輸送契約 2023年後半に打ち上げ予定(2023年1月17日)

Source

  • Image Credit: Intuitive Machines and Nokia Bell Labs
  • NOKIA \- An inside look at Nokia’s Moon mission
  • NASA \- NASA’s LRO Finds Lunar Pits Harbor Comfortable Temperatures

文/波留久泉

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