鈴木彩艶も!この10年で「マンチェスター・ユナイテッドの誘いを拒否した」8名のスター

2013年にアレックス・ファーガソン監督が勇退し、それ以降なかなか世界のトップレベルに到達出来ていないマンチェスター・ユナイテッド。

かつては彼らの誘いを拒否するような選手はほとんどいなかったものの、この10年ではユナイテッドに加入するチャンスを断る者も多くなってきた。

今回は『Planet Football』から「2013年以降にマンチェスター・ユナイテッドの誘いを拒否した選手たち」をご紹介する。

ギャレス・ベイル

2013年にベイルがトッテナム・ホットスパーを離れる意志を固めたとき、その行き先はレアル・マドリーであった。ただその時、マンチェスター・ユナイテッドのデイヴィッド・モイーズ監督も彼をかなり欲しがっていた。

そのためレアル・マドリーよりマンチェスター・ユナイテッドは大きな額を提示していた。ウェールズの先輩であるライアン・ギグスの存在も武器になると思われたが、ベイルはスペインへ行くという気持ちを崩すことはなかった。

「私はベイルを最初の補強にしたかった。彼を獲得するために全力を尽くし、ヘリコプターまで用意したが、彼を連れて行くことはできなかった」と2020年にモイーズ監督は振り返っている。

サディオ・マネ

2016年にサウサンプトンからリヴァプールに移籍したサディオ・マネ。それからクラブの成功に不可欠な存在となったが、あるいはマンチェスター・ユナイテッドに加入する可能性もあった。

2019年にマネが明かしたところによれば、「マンチェスター・ユナイテッドからオファーがあった週にユルゲン・クロップ監督から電話があった。多くのクラブを見てきたが、リヴァプールが自分にピッタリのチームだと思った」とのこと。

そのためクロップ監督には「リヴァプールに行くつもりだよ」と答え、気持ちを固めたという。もちろんそれは正解だった。

セスク・ファブレガス

アーセナルで大成功を収めた後、ユース時代を過ごしたバルセロナでの活躍を夢見てスペインへと帰国したセスク。しかしながらそこではアンドレス・イニエスタやチャビ・エルナンデスに阻まれ、満足できる立場を得られなかった。

その状況に目をつけたのはマンチェスター・ユナイテッドで、デイヴィッド・モイーズ監督は彼を獲得するためにオファーを用意した。しかしながらセスクはもう一年バルセロナでチャレンジしたいと決め、それを断った。

しかしその1年後にはセスクがバルセロナ退団を決め、チェルシーへ移籍。プレミアリーグ2度の優勝を経験することになったため、彼にとっては素晴らしい選択であったと言える。

エンゴロ・カンテ

誰もが愛する謙虚なMFであるエンゴロ・カンテ。2016年にレスター・シティでタイトルを獲得した後にチェルシーへと移籍したが、マンチェスター・ユナイテッドに行く可能性もあった。

当時のユナイテッドを率いていたジョゼ・モウリーニョ監督は、ポール・ポグバをなんとか生かすためにエンゴロ・カンテを横に置きたいと考えていた。

カンテは「モウリーニョが電話をかけてきてくれたのは驚きだった。その話に耳を傾けたが、ただ僕はすでにレスター・シティに残るかチェルシーに移籍するかで迷っていた状況だった」と後に明かしており、ややタイミングが遅かったようだ。

ジュード・ベリンガム

2020年にバーミンガム・シティからボルシア・ドルトムントへと移籍し、ブンデスリーガで大ブレイクしたベリンガム。今夏レアル・マドリーへと引き抜かれた天才は、マンチェスター・ユナイテッドも狙っていた選手であった。

ドルトムントと同じタイミングでマンチェスター・ユナイテッドは彼を練習場にまで招待し、交渉を行った。しかしながらすでにベリンガムはドイツに行くことを決めていたという。

ベリンガムが明かしたところによれば、「僕はとても集中していて、ドルトムントからの関心にとても満足していたんだ。自分にとって最高の場所を見つけたら、他のすべてを無視してしまうんだ」ということだそうだ。

ペドロ・ロドリゲス

バルセロナのウインガーとして長く活躍したペドロ・ロドリゲス。彼がスペインを離れてチェルシーに移籍することになったとき、記者会見で以下のように明かされた。

「マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティからもオファーがあったが、チェルシーは僕の移籍をより迅速に解決してくれたクラブだ。より大きな関心を示してくれたんだ」

また「ジョゼ・モウリーニョの下で仕事ができるのみならず、ロンドンという都市が自分を魅了した」とも語っていた。

アーリング・ハーランド

2020年1月にレッドブル・ザルツブルクからボルシア・ドルトムントへと移籍し、それから急速に世界的スターとなっていったアーリング・ハーランド。当時マンチェスター・ユナイテッドももちろん彼を狙っていた。

当時のスールシャール監督は同じノルウェーの出身であり、ハーランドを説得するために動いていたという。しかしながらそのオファーは断られたという。

ハーランドは「ドルトムントを選んだ理由は、ここで自分の気持ちが最高だったからだ。ずっとこのクラブが好きだった」と2020年に明かしており、ドイツのほうが居心地が良かったというのが理由だったそうだ。

鈴木彩艶

そして今夏のマーケットでマンチェスター・ユナイテッドの誘いを受託しなかった鈴木彩艶。浦和レッズでまだあまり出場機会を得ていないにもかかわらず、年代別代表チームで見せるポテンシャルの高さが評価された。

マンチェスター・ユナイテッドはちょうどデ・ヘアが退団して守護神不足となっていたが、交渉の間にアンドレ・オナナが加入することが決定。鈴木彩艶は出場機会を得ることが難しいと考え、その移籍を断念したとされている。

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