【F1チームを支える人々(5)ルース・バスコム/アルファロメオ】跳ね馬の”スパイ”として有名になった、実績ある戦略責任者

 F1チームには多数の人々が関わり、さまざまな職種が存在する。この連載では、普段は注目を浴びる機会が少ないチームメンバーに焦点を当て、その人物の果たす役割と人となりを紹介していく。今回は、アルファロメオのレースストラテジー責任者を務めるルース・バスコムに焦点を当てた。レース戦略を担当するストラテジストは、膨大なデータを分析し、ドライバーを可能な限り早くフィニッシュさせるためのプランを決める役割を担っている。

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 モータースポーツはチームスポーツなので、複数の人々が良い仕事をすることで、良い結果がもたらされるわけだが、なかでも重要な仕事を受け持っているのがストラテジストだ。

 ストラテジストは、自分たちのドライバーがレースでライバルたちよりも早くチェッカーを受けるにはどうすればいいか、その方法について判断を下す責任を担っている。プラクティス、予選、過去のレースのデータを分析し、あらゆる選択肢を研究して、どの戦略がベストであるかを決める。チーム代表やドライバーの同意が必要な場合もしばしばあるものの、最終的に判断を下すのはチーフストラテジストだ。

 現在、女性のF1チーフストラテジストが何人か活躍しているが、なかでも有名なのは、アルファロメオのルース・バスコムだ。まだそれほど長いキャリアを積み上げてはいないが、すでにふたつのチームでストラテジストのトップの役割に就いた経験を持つ。

ルース・バスコム(アルファロメオのレースストラテジスト)

 バスコムは、子どものころからF1の大ファンであり、一方で数学を使って問題を解決することが大好きだった。そのふたつを結びつける分野に興味を持ったバスコムは、英国ケンブリッジ大学の学生時代に、航空宇宙工学とエアロサーマル・エンジニアリングを学んだ。FIAと協力してDRS(ドラッグ・リダクション・システム)の影響に関する修士論文を執筆したことも知られている。

 2012年に卒業したバスコムは、スクーデリア・フェラーリに加入し、モデナに移り住んだ。まずシミュレーション開発エンジニアを務め、2013年にはレースストラテジストのポジションに就いた。そのころバスコムは、マラネロのサポートチームの一員としてファクトリーで働いていた。彼女が最初にF1ファンから大きな注目を集めたのは、2014年末のアブダビテストで、メルセデスのガレージを盗撮していた一件だろう。

 フェラーリのユニフォームを身に着けたバスコムは、メルセデスのピットボックスの上からサーマルカメラを使って撮影。メルセデスのチームメンバーが、撮影をやめるよう抗議したという出来事だった。

ルース・バスコム(アルファロメオのレースストラテジスト)とセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)

 2015年、バスコムはフェラーリで、自身の戦略による初の勝利を達成した。マレーシアGPで、彼女の戦略が奏功し、セバスチャン・ベッテルが優勝したのだ。バスコムは2015年シーズン末でフェラーリを去り、F1デビューイヤーを迎えるハースへと移籍することを決めた。ハースのヘッドストラテジストに就任したバスコムは、ピットウォールでレースウイークエンドを過ごすことになった。ロマン・グロージャンがチームの最初の2戦でトップ6入りを果たし、バスコムの評判は高まりつつあったが、チームとの文化的衝突により、彼女は2016年シーズン途中でハースを離脱。数カ月後、ザウバーへの移籍が明らかになった。

 そこからバスコムのザウバー/アルファロメオ時代が始まった。当初、チームの競争力は高くはなかったが、バスコムは加入して数カ月で存在感を示し、2016年のブラジルでフェリペ・ナッセの9位獲得に貢献。それにより、ザウバーはコンストラクターズ選手権でマノーを抜いて10位に上がることができた。

 ザウバーは2年後、安定してポイントを獲得できるようになり、チーフストラテジーエンジニアとして働くバスコムは、2018年アゼルバイジャンでは、アルファロメオ・ザウバーからこの年にF1にデビューしたシャルル・ルクレールを6位フィニッシュへと導いた。2018年、チームはランキング8位を獲得した。

ルース・バスコム(アルファロメオのレースストラテジスト)とシャルル・ルクレール

 もちろん、F1で良い結果を出せるかどうかは、マシンのパフォーマンスに大きく左右されるものだが、2022年のアルファロメオのランキング6位獲得において、バスコムが果たした役割は大きい。彼女の貢献により、シーズン序盤、ライバルたちと比較してマシンの力が強力だった時期に、アルファロメオは最大限の結果を出すことができた。バルテリ・ボッタスは最初の9戦中7戦で入賞し、46ポイントを稼いだ。

 アルファロメオのような中団チームは、表彰台を目指すことは現実的には難しいので、中団のライバルたちに勝ち、できるだけ多くのポイントを獲得することが大きな目標となる。バスコムは、チームのドライバーたちを可能な限り早くフィニッシュさせることを勝利と考え、そのために毎戦、ベストを尽くしている。

2023年F1第12戦ハンガリーGP 周冠宇(アルファロメオ)
ルース・バスコム(アルファロメオのレースストラテジー責任者)

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