茨城・龍ケ崎出身の医師 小田さん、南極観測隊員に 1年2カ月間 酷寒で健康守る

過去の南極地域観測隊員の展示品の前で意気込みを示す小田有哉さん=東京都立川市の国立極地研究所南極・北極科学館

茨城県龍ケ崎市出身の医師、小田有哉さん(37)が第65次南極地域観測隊員の医療スタッフに選ばれた。7月から国立極地研究所所属となり、11月の出発に向け準備を進めている。滞在はおおむね1年2カ月間。時にはマイナス45度を超すこともある酷寒の世界で、隊員の健康を守り、不測の事態に備える。「全隊員がけがや病気なく無事に帰国することが大事。医師として、人として成長して帰ってきたい」と意気込みを示す。

■2度目で採用

小学生の時に読んだ図鑑で、オゾンホールを発見したのが日本の南極地域観測隊だと知った。「いつか究極の〝へき地〟と言える南極で働いてみたい」と思っていた。

江戸川学園取手高を卒業し、へき地医療に従事する医師を育てる自治医科大(栃木県)に進んだ。卒業後は茨城県職員として常陸大宮市や神栖市などの病院に勤務し、救急の最前線や地域医療に携わった。

第64~69次隊の行動の基本となる「第Ⅹ期6か年計画」を読んだ。サブテーマの一つに「最古級のアイスコア採取を軸とした古環境研究観測から探る南極氷床と全球環境の変動」があり、「未来の地球のために働く人たちのお手伝いがしたい」と心を動かされた。

県職員の9年間の義務年限が終了するのが近づき応募。1度目での採用はかなわなかったが、2度目の応募でかなった。

■出発前の準備

現在は、現地の医療隊員から届く調達リストの機器や薬品を発注し、梱包(こんぽう)作業などを行っている。出発は11月24日に予定。まずは航空機でオーストラリアのフリーマントルに入り、そこで先発の観測船「しらせ」に乗船し、12月25日ごろに南極に接岸する予定だ。

出発前に済ませておかなければいけないのが健康チェック。自身が病気になっていては役割を果たせない。既に小さい胆石を取り、「あるとは思っていなかった」という歯周病の治療も。一緒に向かう隊員との医療面談も進め、「現地で悪くならないようにするのが重要」と強調する。

歯科医が同行しないため、歯科研修も出発前の大切な準備の一つだ。飲料水の水質管理や理髪も医師の役割。さらに生コンクリートを混ぜる作業も担うという。既に重機操作も研修し、除雪なども行う覚悟はできている。「医師である前に越冬隊員であり、みんなで協力し合うのが大切だ」と力を込める。

■「経験伝える」

昭和基地の平均最高気温は最も暖かい1月で2度程度。8月の平均最低気温はマイナス23度超。過去にはマイナス45度を超えることもあった。少しでも気を許すと、簡単に命を奪われてしまう危険な場所だ。越冬隊は27人。「血圧がどう変化するか」を調べたいとする一方、「隊員は別々の環境から来ているため、トラブルがゼロであるはずがない。いかにストレスを和らげるかが大事だ。尊重し合いながら生活していきたい」と願う。

現地と日本をつなぐ「南極教室」もやってみたいという。勤務していた病院の自治体の子どもたちに「南極の様子を知らせられたらうれしい」と望む。帰国したら「経験したことを多くの人に伝えることも重要」と認識しながら、「やっと手に入れた〝チケット〟だが、浮かれることなく、しっかり準備して臨みたい」と気を引き締める。

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