おニャン子クラブ「PANIC THE WORLD」その遺伝子は AKB48 に受け継がれているのか?  AKB公演との共通点が多いおニャン子クラブのアルバム

アイドル界の景色が変わろうとしていた1985年

1980年代の歌謡界を席巻したアイドルを語る上で、1985年は主役が入れ替わる転換の年だった。松田聖子の休業や “花の82年組” と呼ばれたアイドルたちの人気に迫るように、前年にデビューした岡田有希子、菊池桃子、荻野目洋子が台頭。さらに中山美穂、南野陽子、斉藤由貴、本田美奈子らが表舞台に登場し、アイドル界の景色が変わろうとしていた。

そんなアイドル転換の年に旋風を巻き起こし、景色どころか常識をぶっ飛ばしたのが “おニャン子クラブ(以下 おニャン子)” であった。おニャン子が登場した背景や革新性は80年代の社会現象の一つとして知られていて、評論も多い。一方、おニャン子の楽曲、特にアルバムについては、一部の曲を除きあまり語られていない。

「セーラー服を脱がさないで」をはじめとするシングル曲の印象が強い分、アルバムには光が当たってない気がするのだ。しかし、おニャン子のアルバムに名曲が揃っていることは、ファンには周知の事実である。

全国縦断コンサートツアー「おニャン子PANIC」に合わせて制作・発売

―― ということで、今回はおニャン子が残した5枚のアルバムの中から3枚目の『PANIC THE WORLD』を紹介したい。取り上げた理由は、おニャン子のアルバムの中で唯一サブスク未配信の埋もれた作品であること、そして、このアルバムが後世のグループアイドルに影響を与えたと思えるからである。

1986年夏、おニャン子人気は最高潮に達していた。ソロやユニットのデビューが相次ぎ、この年のオリコンランキングでおニャン子関連曲が51週中35週にわたり1位を獲得。夏にはドキュメンタリー映画『おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ!』も公開され、メンバーも40名を超えていた。渡辺満里奈、工藤静香、生稲晃子ら後期人気メンバーが加入したのもこの年だ。

そんな人気絶頂期の1986年7月10日に発売された『PANIC THE WORLD』は、全国縦断コンサートツアー『おニャン子PANIC』に合わせて制作・発売された。このツアーは、おニャン子のコンサートで最多の全国13会場を巡るもので、初回は横浜スタジアム、ラストは日本武道館と会場も豪華だった。

「PANIC THE WORLD」従来のアルバムには見られない特徴とは?

その豪華ツアーに合わせるように、このアルバムは2枚組で発売された。しかも1枚目は全曲がオリジナル、2枚目はベスト盤というユニークな構成で、1枚目には従来のアルバムには見られない特徴が2点あった。

1点目は、秋元康さんと麻生圭子さんが5曲ずつ作詞を分担していること。おニャン子の楽曲のほとんどは秋元さんが作詞しているが、秋元さん以外が作詞に関わったアルバムは、この作品のみ。セカンドアルバム『夢カタログ』からわずか4ヶ月後の発売とあって、さすがの秋元さんも全10曲の作詞は荷が重かったのだろうか。しかし麻生さんの歌詞は歌唱メンバーにマッチして、全く違和感がない。

2点目は、観客にショーを観せるように曲のタイプ、順番、歌唱メンバー、演出が決められていること。そのため全10曲を通して聴くと、まるで後年のAKBグループの公演を劇場で聴いている錯覚に陥るのだ。

アルバムの楽曲と歌唱メンバーを収録順に紹介

では、架空の “おニャン子劇場” での公演を想像しながら、アルバムの楽曲と歌唱メンバーを収録順に紹介したい。

出だしの3曲は秋元さん作詞。1曲目の「乙女心の自由形」は、幕開けにふさわしく全員で歌うアップテンポのナンバー。実際のコンサートでは、メンバーが次々と登場しながらワンフレーズずつ歌った。「♪女の子にもいろいろタイプがあるから 好きなタイプどうぞ!」という歌詞が、いかにも秋元さんらしい。

そして2曲目の「KISSはMAGIC」からはユニットが続く。この曲を歌うのは、おニャン子初期のメインボーカルを務めた福永恵規と内海和子。声質が異なる二人のソロパートが聴きどころだ。3曲目の「秋を待ち伏せ」は、新田恵利と高井麻巳子が登場。新田恵利の爽やかな歌声を堪能できる。4曲目からは麻生さんの作詞。「ウインクで殺して」は、おニャン子のトリックスター、岩井由紀子がフロントボーカルを務めるコミカルな曲。オールディーズ風のサウンドに、ゆうゆの声がマッチする。5曲目の「避暑地の森の天使たち」は隠れた名曲。歌うのはW渡辺と呼ばれた渡辺美奈代、満里奈に、富川春美を加えたトリオ。一人の男性を美奈代と満里奈が取り合う歌詞にリアリティーを感じる。

閉幕を飾るのは、全員が順番に歌う卒業ソング「瞳の扉」

6曲目「体育館はダンステリア」は、全員がわちゃわちゃと再登場して魅力を振りまく集合ソング。タイトルは明らかにシンディーローパー「ハイスクールはダンステリア」のパロディー。AKBグループの公演では自己紹介タイムが入る頃だ。

続けて全員で歌う7曲目「夏休みは終わらない」は秋元さん作詞の名曲。彼女と過ごしたひと夏の思い出を記した歌詞が甘酸っぱく切ない、ファン以外にも知られた曲だ。8曲目と9曲目は麻生さん作詞。コミカルな「明るい放課後の過ごし方」を歌うのは、城之内早苗、樹原亜紀、白石麻子という濃いキャラのトリオ。次の「国道渋滞8km」は、永田ルリ子、名越美香、立見里歌、横田睦美の4人がノリの良いモータウンサウンドに載せてドライブデートを歌う。

閉幕を飾るラストナンバーは、全員が順番に歌う卒業ソング「瞳の扉」。じっくり聴かせる名バラードで、コンサートでも最後によく歌われた。

以上、10曲を駆け足で紹介した。メンバーやユニットの個性に合わせた曲作りは従来のアルバムでも見られたが、全曲書き下ろしでショーを意識しているのはこの作品が初めて。このスタイルは翌年のアルバム『SIDE LINE』と『サークル』にも引き継がれるが、ここでおニャン子は解散してしまう。

AKB公演との共通点が多いおニャン子のアルバム

それから20数年が経過した2005年、秋元さんのプロデュースでAKB劇場が開幕するが、AKBメンバーが歌い踊る公演の制作には、おニャン子の『PANIC THE WORLD』をはじめとするアルバムの経験が生きていると私は思う。AKB48の初公演『PARTYが始まるよ』を聴けば、全体の曲順や演出に加え、挑発的な歌詞、昭和歌謡を彷彿させるサウンド、バラエティーに富む楽曲、全員曲とユニットの配分、そして少し舌足らずで幼さが残る歌唱と、おニャン子のアルバムとの共通点の多さに驚くはずだ。

おニャン子はアイドルの常識を壊したと言われるが、楽曲についてはアイドルポップスの王道をいく作品を多く残した。活動期間は2年半と短かかったが、その遺伝子はAKBグループの公演に受け継がれ、新世代のファンを再び獲得しているように思えてならない。

カタリベ: 松林建

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