本ワサビ、海越えて英国ですくすく…食べたらガツンと辛い! 19世紀から続くクレソン農家が栽培、新鮮さ評判で欧州各国に輸出

本ワサビの生育状況を確認するガスリーさん=6月、英南部ハンプシャー(共同)

 英国で本ワサビを育てている農家がある―。少し前にそんな話を聞いた。ロンドン中心部には味が本格的かどうかはさておき「ジャパニーズフード」「ジャパニーズレストラン」と冠した飲食店がひしめき、スーパーでも手軽にパックずしが買える。それほど日本食がブームなのだが、練りワサビとされるものの多くは白い西洋ワサビ(ホースラディッシュ)に食用色素を混ぜている。本格的なワサビが英国にあるなら見てみたい。そう思い取材を申し込んだ。(共同通信ロンドン支局 伊東星華)

採れたての本ワサビを手にするガスリーさん=6月、英南部ハンプシャー(共同)

 ▽生育環境に共通点
 ロンドンから列車に揺られ約2時間。南部ハンプシャーの小さな駅で「ワサビカンパニー」のガスリー・オールドさん(20)が出迎えてくれた。隣の州ドーセットを拠点に、ハンプシャーと合わせ2州で計3カ所のワサビ園を営んでいる。そのうちの一つでハンプシャーにある農園に案内された。

 「こちらがワサビ園です」とガスリーさんが指さした場所には、蚊帳生地のような黒いネットが張られたテントがいくつも並び、地下40メートルからくみ上げた天然水がテント沿いに設置された用水路を流れていた。テントに入ると、みずみずしい濃緑色のワサビの葉が辺り一面に整然と広がっていた。足元には厚く敷き詰められた大小の砂利の間を水がせせらぎのように流れ、沢の環境を再現している。
 ガスリーさんによると、各テントに2500~3千株のワサビが植えられている。水温は20度ほどで、地下水を使うのは気温が上昇する夏でも水温を一定に保ちやすく、ミネラルも豊富だからだ。水の通しをよくするため砂利は4年ごとに入れ替える。

「ワサビカンパニー」が英南部ハンプシャーで営む本ワサビ園。このような区画が複数ある=6月(共同)

 ここで本ワサビ栽培を始めたのはガスリーさんの父親で、ワサビカンパニー代表のジョンさん(53)だ。後日行ったオンライン取材で「本ワサビに出会ったのは2010年だった」と振り返った。それまでは19世紀半ばから続くクレソン農家だった。得意客で日本を訪れたことがある南アフリカ出身のシェフがワサビを持って農園を訪ね、栽培を持ちかけたことがきっかけとなった。
 「ワサビなんてすしに入っていることぐらいしか知らなかった」というジョンさん。インターネットなどで調べるとクレソンと同様、きれいな水で育つことを知った。「それならできるかもしれない」と新たな挑戦に踏み出した。

オンラインで取材に応じるジョン・オールドさん=6月(共同)

 ▽試行錯誤の末に
 山梨県の農家から本ワサビを取り寄せ、ドーセットの農園で400株から栽培を始めた。「最も難しかったのは温度管理だ」とジョンさんは言う。ドーセットは夏と冬の寒暖差が大きく、2万株のうち半分が枯れたこともあった。栽培が盛んな静岡県の農家を訪ねて育て方を学ぶなどして改善を重ね、テント内での栽培にたどり着いた。
 植えたワサビは1年半~2年で根茎が2~3センチ、長さ10センチ前後になったところで収穫する。2012年に初めてレストラン向けに販売を始めたが、日本が原産のものを英国で育てることに抵抗感を示すシェフもいた。日本産を好む日本料理店からも当初はなかなか買ってもらえず、取引先開拓の課題にぶつかった。

本ワサビを収穫するガスリーさん=6月、英南部ハンプシャー(共同)

 「栽培環境を見てもらい、採れたてを食べてもらえば品質の高さに納得するはずだ」と考えたジョンさんはシェフたちを農園に招いた。すると新鮮さが評価され、ミシュランの星付きレストランやロンドンの日本料理店を含め、20~30件の飲食店から注文が来るようになった。現在は3農園で年間1・5トンほどを収穫するが、高まる需要に追い付かず、静岡県の農家から空輸したワサビも販売している。

「ワサビカンパニー」の農園ですりおろされた採れたてのワサビ=英南部ハンプシャー(報道写真家の加藤節雄氏撮影・共同)

 ▽広がる評判
 欧州で本ワサビを栽培している農家は珍しく、新鮮さの評判は英国外にも広がった。今ではオランダやベルギー、フランス、イタリア、スペイン、ノルウェー、スウェーデンの7カ国のレストランや日本料理店にも卸している。すしや刺し身の添え物にとどまらず、肉や魚の料理からソースまで、さまざまな創作料理に使われているという。
 ワサビと日本食材に魅了されたジョンさんは、収穫したワサビを混ぜ込んだマヨネーズやタルタルソースを商品化した。ワサビを原料に、英国の有名な蒸留酒メーカーと協力してワサビウオッカも開発した。ドーセットの農園ではシソやユズ、サンショウも栽培し、苗や加工した商品をネット通販で販売している。

ワサビ商品(加藤節雄氏撮影・共同)

 農園で取材中に収穫したばかりのワサビを試食させてもらった。根茎の外側をナイフでそぎ落としてすりおろすと、あのツンとした香りが漂った。それをさらにガスリーさんは慣れた手つきで練り上げる。差し出された練りワサビを少し食べると、ガツンとくる辛みの後に甘みが感じられた。ウオッカはワサビの香りと辛みがしっかり感じられながらも後味はすっきりしている。刺し身としょうゆが欲しくなった。

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