前野隆司・慶應義塾大学 大学院教授 新連載:第1回そもそも「ウェルビーイング」とは何か?

あなたと地球のウェルビーイング

サステナブルな世界を目指すために必要となるキーワードのひとつ「ウェルビーイング」。「幸せ」「良好な状態」などと訳されますが、人や自然がウェルビーイングでなければ、持続可能な世界を実現することは難しいといわれています。
果たして、このウェルビーイングとは一体どういう意味なのでしょうか。

サステナブル・ブランド ジャパンでは、長年、幸せのメカニズムや幸福度を高めるために何が必要か研究され、幸福学の第一人者である慶應義塾大学 大学院の前野隆司教授に、SB-Jコラムニストとしてご執筆いただくことになりました。「あなたと地球のウェルビーイング」と題し5回にわたって、ウェルビーイングをわかりやすく”前野流“にひも解いていただきます。

WHOの健康の定義で出てきた「ウェルビーイング」

図 ウェルビーイング、幸せ・幸福、ハピネスの関係

ウェルビーイング(well-being)という単語は、1946年にWHOの健康の定義の中で使われたのが最初と言われています。すなわち、“Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.”です。日本語に訳すと、「健康とは、肉体的、精神的及び社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない(平成26年版厚生労働白書)」となります。ここではwell-beingは「良好な状態」と訳されています。確かに、wellは良好、beingは状態という意味ですから、読んで字の如く、良好な状態という訳はしっくりきます。

また、well-beingを英和辞典で引くと、「健康、幸せ・幸福、福利・福祉」とあります。つまり、先ほどのWHOの定義にもあったように、well-beingは、身体的に良好な状態である狭義の健康、精神的に良好な状態である幸せ・幸福、社会的に良好な状態のための活動である福利・福祉を包含する概念です。近年、日本では幸せ・幸福の意味で使われることが増えてきましたが、より広い意味を持つ単語だというべきでしょう。

また、SDGsの3番目は”good health and well-being”ですが、これは「すべての人に健康と福祉を」と訳されています。よって、well-beingはSDGsの一部、と考えることもできそうです。しかし、SDGs自体は、地球上の生きとし生けるもののwell-beingのための複数のゴールですから、well-beingはSDGを束ねて包含する上位概念であるということもできると思います。つまり、世界中の生きとし生けるものの幸せについて考えることが、ウェルビーイングの目指すところだと私は思います。サステナブル・ブランド ジャパンの目指すところと同じですね。だから連載がスタートしたという次第です(笑)。

さて、幸せを英訳するとhappinessなのではないか、という疑問が湧くかもしれません。しかし、ハピネスは短期的な感情を表す用語ですので、幸せと訳すよりも「楽しくうれしく笑顔の状態」と訳す方が適切だと思います。もちろん、「お昼ご飯が美味しくて幸せな気分」というときには幸せをハッピーと同義で用いていますが、「私の人生は辛いことも苦しいこともあったが総じて幸せだったなあ」としみじみ言うときには感情的にハッピーそうな笑顔はしていないでしょう。つまり、ハピネスは数秒間、数分間といったような短期間だけ持続する感情を表す用語であるのに対し、幸せは数秒間から数十年に渡る持続的な心の良い状態を表す守備範囲の広い単語というべきでしょう。

実際、幸せの研究を行う学問分野は、英語では“well-being and happiness study”と呼ばれており、短期的な感情状態から長期的な心の良好な状態までを研究領域としています。心理学分野では、主観的幸福研究(subjective well-being study)という言い方もされます。アンケートによって主観的な心の状態を聞き出して、それを統計学によって客観的に分析する研究分野の一部です。主観的幸福研究は、故エド・ディーナー博士が中心人物と言われている分野です。また、ポジティブ心理学という研究分野もあります。これはもともとうつ病の研究者であったマーティン・セリグマンが、「心のネガティブな状態だけに着目するのではなく、ポジティブな状態にある人がよりポジティブになるにはどうすればいいかを検討すべきだ」という考えのもとで命名した研究分野です。

そんなわけで、これから5回にわたって、幸せ(ウェルビーイング)について連載していきます。
お楽しみに〜。
そして、お幸せに〜♪

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