「人はすごい」と伝えたい…川越舞台の小説「菓子屋横丁月光荘」シリーズ完結 ほしおさん「正直さびしい」

「川越の老舗は、歴史を背負いつつ、時代にマッチするようなイメージを打ち出していて、たくましさを感じました」と話すほしおさなえさん

 作家のほしおさなえさん(59)が、古い家の声が聞こえる青年を主人公にした小説「菓子屋横丁月光荘」(ハルキ文庫)シリーズを完結させた。ベストセラーとなった著書「活版印刷三日月堂」(ポプラ文庫)に続き、蔵造りの町並みが残る川越を舞台にした「ご当地小説」だ。新旧の文化が入り混じる町の魅力を情緒豊かに描いている。

 「菓子屋~」の主人公・遠野守人(もりひと)は早くに両親を亡くした孤独な大学院生。恩師の紹介で、菓子屋横丁にある築70年の「月光荘」で住み込みの管理人をすることに。古民家の声に導かれ、さまざまな住民や長く会っていなかった親族と温かな交流をする守人。悲しい過去と向き合い、川越に根を下ろし生きていくことを決意する。

 3歳から20代半ばまで埼玉県所沢市内に住んでいたほしおさん。川越は身近な場所だが、取材するうちに「人々のつながりの濃さ」に驚いた。「十数代続く商店はざら。東京近郊なのに、土地に根付いて生きている」。伝統的な建物を残しつつ、そこに現代風のカフェなどを取り入れる活気ある町だと指摘する。

 特に魅力を感じたのは、幻想的な夜の雰囲気という。閉店時間が早いため、夕方を過ぎると観光のメーンストリートは昼間の喧騒が嘘のように静まり返る。「なにか懐かしい、妖怪に会えそうな闇が広がるんです。この世界を書きたい、と強く思いました」。

 物語には、古民家をリノベーションしてできた実在のスポットや、川越氷川神社の「縁結び玉」など小江戸らしい情景が織り込まれる。守人は「ここにはかつていた人たちの気配が色濃く残っている。暗くなるとそれが滲み出す」と思いを抱く。

 小説のモチーフの一つが、隆盛を極めながらも衰退した近代日本の技術や道具だ。大正期ごろまで狭山市の入間川周辺の特産品だった手織りの絹織物「広瀬斜子(ななこ)」をはじめ、知られざる県西部の産業遺産も小説に登場。ほしおさんは「活版印刷など技術を持った職人が道具を使いこなしたからこそできた仕事。『人はすごい』と伝えたいし、現存するうちに見てほしいという願いがある」と語る。

 同シリーズは2018年から始まり、6部作で完結。ほしおさんは「すごく好きな世界だったので、正直さびしい」。今冬には、やはり川越を舞台にした児童書を刊行予定。川越の魅力を紡ぐ物語はこれからも続きそうだ。

「菓子屋横丁月光荘」シリーズ

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