漁業者「約束は」、消費者「説明を」 処理水24日放出 茨城県内、憤りや諦め 「現場の声聞いて」 

水揚げされた魚を選別する会瀬漁港の関係者=22日午前6時半ごろ、日立市会瀬町

東京電力福島第1原発の処理水について、政府は22日、海洋放出を24日にも開始すると正式決定した。東日本大震災後、茨城県内漁業者は港の復旧や休漁期間などを乗り越え、復活へ一歩ずつ前進してきた。再び風評被害にさらされる懸念は拭えず、政府の判断に「『約束』はどこにいったのか」「現場の声をもっと聞いて」と切実な訴えが相次いだ。

「国としてそれでいいのか、という思い」。福島県に隣接する茨城県北茨城市の大津漁協の鈴木徳穂組合長(75)は、関係者の理解なしには放出しないと約束してきた政府に疑問を投げかけ、「われわれは今も放出に反対で了承していない。国は公約通りにしていない」と強調した。

決定直前に岸田文雄首相が放出に向けた設備を初めて視察した動きなどにも触れ、鈴木組合長は「原発事故から12年たつ。処理水の問題も何年も前から言われていた。直前になって格好を付けているように思う」と不信感を隠さなかった。

大津漁港では22日も早朝から漁船が行き交い、水揚げ作業する漁業者の姿が見られた。

巻き網漁の準備をしていた元船乗りの男性(74)は「政府は説明不足。現場に十分な説明もなく、気持ちもくみ取っていない」と指摘する一方、「国の仕事だから騒いでもどうにもならない」と諦め顔を浮かべた。

9月解禁の底引き網漁に向けて漁具を整備していた漁師の男性(20)は「魚が安くなる可能性はある」と気をもむが、一般消費者の受け止めについては「心配しているのは都会の人が多いように思う。人それぞれの感じ方があると思う」と冷静に語った。

茨城県内で唯一、定置網漁を行う同県日立市の会瀬漁港。現在も7人の乗組員が、この場所で約100年前から行われてきた伝統的な漁法を続ける。

同日朝、沖合約5キロに仕掛けた漁場から港に戻ってきた漁労長の河田純さん(36)は「風評は絶対に起きると思う。できるなら流してほしくない」と心境を明かし、「被害が出た場合はしっかり補償を」と注文を付けた。

定置網とは別に、素潜りでアワビを、刺し網で伊勢エビも捕る。近年は海外需要の高まりで魚価は堅調だが、付き合いのある仲買人からは7月、「処理水が放出されれば、買えなくなるかも」と言われ、不安を募らせている。

一緒に漁に出る副漁労長の佐久間伸也さん(36)も、震災の津波被害と原発事故による出荷制限に苦しんだ経験から「やっとの思いで持ち直してきた」と振り返る。処理水の風評被害を懸念し「一時的なのか長く続くのか、始まらないと分からないところが一番の不安」と話した。

■県内、安心求める声 「なぜ急ぐ」「丁寧に」

東京電力福島第1原発の処理水放出を巡り、海産物を扱う茨城県内の小売店や消費者からは「説明が足りない」「安全確保を」など風評被害の懸念や政府対応への不満の声が上がった。処理水は国際原子力機関(IAEA)が7月、「国際的な安全基準に合致する」との報告書を公表しており、放出後も「安全性に問題なければ食べる」と話す買い物客の姿もあった。

那珂湊おさかな市場(同県ひたちなか市湊本町)で、県内外の海産物を取り扱う「新屋」社長の大内一範さん(48)は、福島や茨城県産の魚に対する「お客さんの反応が一番心配」と風評被害に対する不安を打ち明ける。

東日本大震災で店舗が被災し、2020年以降は新型コロナウイルス禍でダメージを受けた。客足が戻り始めた矢先の処理水放出決定。大内さんは「水を差す。プラスに働くわけがない」と険しい表情だ。

一方、同市場でサンマや貝類を購入した同県つくば市、無職、男性(76)は「国の説明通り安全が確保され、問題なければ産地にかかわらず食べる」と冷静な受け止め。ただ、国や東電に対しては「丁寧な説明を」と訴えた。

震災に伴う原発事故の発生から12年が過ぎ、再び訪れた不安。県消費者団体連絡会(同県水戸市)の藤原正子同会会長(83)は「安心して(食品を)選べるようになったと思ったのに、またか」と語った。国の対応についても「なぜ、そんなに急ぐのか。漁業者や国民へ説明が足りないのではないか」と疑問を投げかけた。

水戸市の主婦、平向早香さん(38)は「これまで以上に産地をチェックして購入したい」と語り、海水浴などのレジャーについても「この先、子どもを海で遊ばせても大丈夫なのか」と話し、国に不安解消を求めた。

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