西九州新幹線「かもめ」の魅力は? 開業当日、JR長崎駅でオフィシャルカメラマンを務めたプロの写真家に聞く

西九州新幹線「かもめ」(撮影:村上悠太)

2022年9月23日、武雄温泉~長崎駅間(約66キロ)で開業した西九州新幹線。その軌跡を追いかけ、開業当日はJR長崎駅でオフィシャルのカメラマンも務めた写真家・村上悠太さんが、8月23日から28日まで、渋谷区恵比寿のアメリカ橋ギャラリーで個展「だから、かもめを追いかけた」を開催します。なぜ西九州新幹線に魅せられたのか、取材を始めたきっかけは何だったのか、写真家の目で見た西九州新幹線「かもめ」車両の良さは?語っていただきました。(聞き手:一橋正浩)

――個展開催おめでとうございます。今回は「西九州新幹線」がテーマということですが、本題に入る前にまず村上さんの写真家としての経歴といいますか、今までどのような活動をされてこられたかお聞かせ願えますでしょうか。我々Webメディアの記者からすると、いつも鉄道の取材現場にいらっしゃるプロのカメラマンというイメージですが……

村上:ありがとうございます!僕は1987年東京生まれ。JRと同じ年の写真家です。「人と鉄道、そして生活」をライフワークに創作を続けています。フィールドから撮影するカットはもとより、元来「乗り鉄」ということもあり、実際に列車旅をしながら、撮影することも多いです。

高校時代には毎夏、北海道上川郡東川町で実施されている「写真甲子園」に出場し、その後出場経験者で初めて審査委員を務めました。鉄道旅行、鉄道写真を通じて、日本と台湾の大学生交流事業にも関わっていまして、台湾観光貢献賞(2019年台湾・観光局)も受賞しています。主な写真展には「つなぐ旅-その、日々へ」(キヤノンギャラリー銀座・大阪 2020年)があります。

――「Railil(レイリル)」(JR西日本グループの鉄道写真で交流するSNSアプリ)ユーザーにとってもお馴染みですよね。ではここから本題に移らせてください。写真家として長い間鉄道を撮り続けた村上さんですが、西九州新幹線「かもめ」を追いかけようと決意されたきっかけは何だったのでしょうか?

村上:一番はシンプルに「カッコよかった」というのがきっかけです。続けて、高速船QUEEN BEETLEを使用して、車両工場から長崎へ海上輸送中の「かもめ」を見学する「かもめウォッチング in 玄界灘」や西九州新幹線の誕生を祝う「かもめ楽団」など、今までの新幹線開業とは一線を画す、さまざまなイベントや取り組みを取材していくうちに、どこか「かもめ」に会いにいきたい、西九州の風土、人々のパワー、笑顔に会いに行きたい、そんな感情が強くなっていきました。

会場に展示しているイントロダクションにも明記しているのですが、僕は九州出身ではなく、ただの、いち、九州ファンです。

なぜ九州が好きなのか、と聞かれるとその理由はいくらでもあるので割愛しますが、そんな大好きな九州に新しい新幹線ができる!というのであれば、追いかけるのは必然で、そこにあまり深い理由はなかった気がします。

最近の鉄道写真はどこか、テーマを深く掘り下げ、アングルや撮り方に工夫を凝らした結果、やや難しく考えられた写真が多い傾向を感じます。もちろん僕自身もそうした創作を行うこともありますが、今回は超絶シンプルに「九州が好きでかもめがカッコよくて、かもめに会いにいくのが楽しいから」というのが最大のテーマですね(笑)取材の度、西九州の地で一橋さんや福岡さん(※1)、佐藤くん(※2)や福島さん(※3)たちと、まめに会えるのもとても楽しかったです。

※1 「鉄道新聞」編集長の福岡誠さん。
※2 「TRAICY」編集部の佐藤正晃さん。
※3 鉄道広告写真家の福島啓和さん。

写真家目線で見る「かもめ」の魅力

――取材の後で一緒にうどんを食べに行ったりもしましたね。2022年は東京のメディアもわりと頻繁に九州に通っていた覚えがあり、やはり新幹線の新線開業ということで注目度が非常に高かったのを覚えています。そんな西九州新幹線ですが、「かもめ」の好きな部分や鉄道車両として特に気になっているポイント、また「被写体」としてみたときの魅力を教えていただけないでしょうか。

村上:全長約66kmながら、「ここにしか走っていない、かっこいい新幹線」という点でしょうか。

形式的にはN700Sで、新幹線における「標準車両」として、走行線区の特性に合わせ編成長や仕様を変更できる同形式における、初の派生車両でもあります。一方で、東海道・山陽新幹線で活躍するN700Sとは全く異なるエクステリア・インテリア、特に座席の存在感にはとても惹かれています。

被写体としては、やはりかっこいいという点、その白さとブラックマスク、そして床下部の赤をどう見せるか、その辺がポイントかなと感じています。

――「床下部の赤」といえば弊社のカメラマンからも村上さんへの質問を預かっていまして。新幹線って高架だと車体の下の部分までは撮りづらいじゃないですか。もし撮影地選びで気を使う点がありましたら教えてください。

村上:西九州新幹線は全線にわたって高めの防音壁があるほか、トンネルも多く、撮影地が限定的な路線でもあります。しかも床下部の「赤」が見えないと、「かもめ」らしさがちょっと減ってしまうので、なんとかして高さを稼いで撮影していることが多いです(ドローンとかは使ってません)。

車両自体の魅力もそうですが、長崎・佐賀らしい風土や、行ってみたい、出会ってみたい、そんな風にかんじていただけるような光景をいつも意識して探しています。

――「その土地らしさ」を出す際に村上さんが工夫していることを教えてください。

村上:例えば大村湾や茶畑など、その地域の特徴ってなんだろう、というところからまず探していきます。これはある意味、シンプルかつシンボリックなモチーフを探す、そんなアプローチですが、とても楽しい時間です。

僕は撮影に車を使うことも多いですが、車を使うとその地域に1週間程度留まるので、ある意味「住むように」滞在することができます。地元のスーパーや公衆浴場、飲食店に行ったり。そうすることで、なんとなくですが、その地域の方々との結びつきを感じる瞬間があるのですが、そうなったときに少し「人」を撮ることができる、そんな感覚を覚えます。地域の方と話し込む、そんな時間も増えていきます。

しかし、実際に住んでいるわけではないので、あくまでもその地域の日常に「お邪魔させていただく」「ほんの少しだけ触れさせていただく」そんな意識を大切にしてます。

ちなみに車でロケに行っても、撮影のキリがいいタイミングで新幹線乗って武雄温泉行ったり長崎に行って、行きつけの中華料理屋に行ったりと、結構新幹線に乗ってます。根本的に乗ることが好きなんですよね(笑)

オフィシャルカメラマンとしての重責

西九州新幹線開業当日はオフィシャルカメラマンとしてJR長崎駅の撮影を担当(撮影:櫻井寛)

――開業当日はJR長崎駅でオフィシャルのカメラマンも務めておられましたが、担当された経緯を詳しくお話いただけますか?

村上:JR九州のさまざまなビジュアルイメージを撮影されている福島啓和さんからお声かけをいただいたのがきっかけです。

当日は5駅全てで出発式を行うため、5人カメラマンが必要で、そのうちの一人になってくれないかとお誘いをいただきました。ただ、そのころには写真展の開催や雑誌でのグラフ展開などを想定していたため、「長崎駅の開業の瞬間」はなんとしてでも自身で撮影、もしくはその場に立ち合いたかったという思いが強く、そのことを正直に福島さんに伝えました。

通常であれば福島さんが長崎駅を担当するのが当然なのですが、「じゃ村上くんに長崎駅をお願いします!!」と快く承諾をいただき、撮影をさせていただくことができました。本件に限らず、西九州新幹線の取材、公私ともに九州を訪れた際にも福島さんにはいつも歓迎していただき、僕が九州についつい通ってしまう、大きなきっかけの一つにもなっています。

――写真家として、西九州新幹線開業という一大イベントで「オフィシャル」として仕事をされるというのがどのようなものなんでしょうか。当日のお気持ちなどをお聞かせください。

村上:開業日の前後は在来線「かもめ」の最終到着から、新幹線開業まで徹夜体制で長崎駅に張り付いていました。午前3〜4時台にも関わらず、大勢の人が集った長崎駅の光景は忘れられません。

もちろんプレッシャーは感じていました。オフィシャルの撮影はやはり歴史的な瞬間を確実に残さないといけないので、重責以外のなにものでもありません。しかしあまりガチガチになっても、普段やらないようなミスを誘引することにもなりかねません。どこか楽しいことを考えていたり、納品には必要ないかもしれないスナップ的な写真を撮ったりして、いつもの「村上悠太」を保つ工夫もしていました(JR九州のみなさんがあとで写真を見てくださった時、「このときこんなだったよね」と思ってもらえたらいいなーといった写真も多く撮ったりしました)。それに加えて、一緒にお仕事をさせていただいてきた記者さんやカメラマンさん、そしてJR九州広報部の方々に「村上くんなら大丈夫、写真楽しみにしてるよ」と声をかけられ、平常心をとりもどした、そんな感覚がありました。

コンコースでの式典が終わり、ホームに上がり、いよいよ「かもめ2号」と対峙したときは、今までにない、緊張やプレッシャーともちがう不思議な感覚を覚えました。これまでたくさん撮ってきた「相棒」のような「かもめ」のいよいよの晴れ舞台を共にする、そんな照れ臭さというか、嬉しさみたいな感覚でしょうか。一方で「どうか、無事に」という思いも強かったのを覚えています。実は2011年の九州新幹線開業の日、僕は『鉄道ジャーナル』の取材で新大阪におり、鹿児島中央からの初列車の出迎え取材を担当していたのですが、3.11が発生して式典が全てキャンセルになってしまったので……。

西九州新幹線の話に戻ります。開業当日は同一の機材、同一焦点距離のレンズを全て2〜3重系統で携行し、とにかく何があっても大丈夫なように準備をしました。高鳴るプレッシャーを感じつつも、とにかく「プロ」としての仕事をきちんと遂行することに集中し、無事に「かもめ2号」が出発したあとは、おのずと涙が出てきました。

とはいえ、あまり感傷に浸ってもいられません。すぐに撮影カットをセレクトし、公式素材として発信しなくてはいけないので、すみやかに車に戻り配信作業に取り掛かりました。無事に画像のアップが終わってようやくホッとしたのもつかのま、今度は「ふたつ星4047」の出発式のために急いで「かもめ」で武雄温泉へ。本当に一息ついたのは15時過ぎでした。そうそう、ブルーインパルスも撮りましたね(笑)

長崎でやはり行きつけの中華料理屋に福岡さんと行き、交通渋滞で空港に辿り着かなかった佐藤くんも合流し、お疲れ様会をしばし行い、3人で再び武雄温泉に戻り、温泉に入り、かねてから「開業したら絶対に3人でやろうね」と言っていた「新幹線かもめで温泉入って湯上がりビール」という約束を叶えました。

後日談ですが、福島さんや広報さんに「写真から”気持ち”を感じた」と言ってくださり、とても嬉しかったです。長崎出発式撮影という、大役を快く譲ってくださった福島さんにはどんなお礼の言葉をいっても足りません。

――本当に大変で、でもやりがいのある仕事ですよね。私も開業当日の西九州新幹線の記事を書く際に村上さんの写真を使わせていただきました。その他に西九州新幹線「かもめ」に関する面白いエピソードがありましたら、ぜひ教えてください。

村上:2022年最初の「かもめ」取材となった「かもめウォッチング」の取材日が奇しくも僕の誕生日で、福島さんたちが朝早い集合にも関わらず、バースデーケーキをサプライズで用意してくださいました。ちなみに前日の東京は大雪で、飛行機での福岡入りが不安定だったので、新幹線で向かいました。

海上輸送される西九州新幹線「かもめ」(撮影:村上悠太)

――最後に、個展へいらっしゃる方へ一言お願いいたします。

村上:かっこいい「かもめ」、楽しい「かもめ」、美しい「かもめ」といろいろな姿の「かもめ」がいる、そんな展示です。展示から約1ヶ月後には、1周年を迎える西九州新幹線ですが、本展示をご覧いただいたみなさまが、ぜひ実際に西九州の地へお出かけいただき、「かもめ」に会いに行っていただけたらとても嬉しいです。

「だから、かもめを追いかけた」開催情報

会場:東京都渋谷区恵比寿南 1-22-3 アメリカ橋ギャラリー
会期:2023年8月23日 ~ 28日(11時~19時)
※23日初日は設営のため17時オープン、28日最終日は17時まで

© 株式会社エキスプレス