大谷翔平の「ホームランかぶと」、制作会社は釣りざおメーカーから異例の転身 親子3代で「日本文化」守り抜く

ホームランを放ちベンチでタッチを交わすエンゼルス・大谷翔平選手=米アナハイム

 米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手は今季も活躍している。右肘靱帯の損傷により、残り試合は登板しないことになったが、打者としてはホームラン王も射程圏内だ。その大谷選手のホームラン後のパフォーマンスとして、「かぶと」をかぶり、チームメートから手厚い祝福を受ける姿が今季定着した。このかぶとを制作した「丸武産業」(鹿児島県薩摩川内市)は釣りざおメーカーとして創業し、一度倒産した経験もあった。時代の変化に合わせ甲冑メーカーに異例の転身。親子3代で日本文化の伝統を守り抜いてきた。(共同通信=神谷龍)

 ▽4億円の負債を抱え倒産
 丸武産業の創業者の田ノ上忍さんは薩摩川内市に生まれ、雑貨屋を営んでいた。手先が器用で、傘を貼ったり団子を売ったりしていたが、知人から「竹の釣りざおを作ってみないか」と声をかけられて転業し、1958年に会社を設立した。

 日本国内で竹製釣りざおの約8割を販売していた時期もあったが、軽くて丈夫なグラスファイバー製の波が押し寄せ、売上高は大幅に低下。1970年ごろに約4億円の負債を抱え、倒産を余儀なくされた。

 田ノ上さんは趣味で武具を集めており、自分で購入しては修理して事務所に飾っていた。田ノ上さんが4千円で購入し修理したよろいを、お客が「20万円で売ってほしい」と打診してきたこともあったという。

 当時の時代劇やドラマなどの撮影では、数百年前の本物の甲冑を使用しており、老朽化が進んでいた。現代人とサイズが合わなかったり、動きに耐えられずひもが切れたりすることも多くあった。田ノ上さんは「テレビ業界が甲冑のレプリカを欲しがっている」と聞きつけ、1973年に武具メーカーに転身した。

丸武産業の社内にある甲冑(かっちゅう)の展示施設=6月7日、鹿児島県薩摩川内市

 ▽こだわりは職人の育成
 3代目で現社長の智隆さんは忍さんを「バイタリティーのあるじいちゃんだった」と話す。メモと鉛筆を常に持ち、気付いたことはすぐに書き留めていたという。貴重な甲冑のレプリカを制作する会社ということで、事業は拡大。多くの大河ドラマに利用されるようになった。最近では松本潤さん主演のNHK大河ドラマ「どうする家康」、木村拓哉さんと綾瀬はるかさん主演の映画「レジェンド&バタフライ」にも使用された。

米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手が着用する「かぶと」を制作した丸武産業の田ノ上智隆社長=6月7日、鹿児島県薩摩川内市

 だが、1990年代ごろから注文は少しずつ減少している。かぶとやよろいは、耐用年数が長く破損などを原因とした新規購入は少ない。また、全国各地で祭りの開催が減り、新型コロナ禍によるイベント自粛の影響も受けた。

 そういった厳しい時代背景があるからこそ、智隆さんは職人の育成と、良い甲冑を作ることにこだわってきた。智隆さんは2019年に父親から社長を引き継いだ。当時は職人同士で意見が合わないこともあり、社内でグループに分かれることもあったという。だが「楽しい職場にしたい」という思いから、どういう考えで仕事に取り組んでいるのか職人と議論を重ねた。現在は約30人の職人をまとめる。

 顧客からの要望に沿い、安全に配慮した甲冑も多く手がける。素材をアルミや紙に代えて軽量化したり、かぶとの正面に付ける飾りの角を丸めたりすることで、けがが発生しにくいようにした。智隆さんは「祖父のころは黙っていても注文がきた。でも今はすごくシビアになっている」と現状を語る。

 ▽大谷効果で注文4割増

米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手が着用する「かぶと」と同型のものを手にする丸武産業の田ノ上智隆社長=6月7日、鹿児島県薩摩川内市

 丸武産業に驚きのニュースが飛び込んできたのは今年4月。大谷選手の通訳を務める水原一平さんから、横浜市にある甲冑販売の専門店「サムライストア」にかぶとの問い合わせがあった。「ホームランのパフォーマンスに使用したい」という内容だった。

 サムライストアの担当者が丸武産業製の在庫があるのを確認し、米国に発送。大谷選手の活躍の度にテレビに映り、一躍「話題のかぶと」となった。大谷選手の映像を見たお客からの問い合わせが増え、丸武産業への注文は4割近く伸びたという。智隆さんは「とても似合っているし、かぶってもらってありがたい」と喜ぶ。

大谷翔平選手が使用しているかぶとと同型のかぶと=6月7日、鹿児島県薩摩川内市

 智隆さんは伝統の継承を掲げる。1990年に甲冑を展示し、来場者が着用もできる施設を薩摩川内市にオープン。約4千坪の敷地は本格庭園さながらで、城もあれば橋もかかり、江戸時代にタイムスリップしたような景色が広がる。

 入場無料で、市内の観光施設としてにぎわう。話題を聞きつけ、宮崎県から訪れた70代の男性は「どれも手がかかっていてすごい。もっと有名になってもいいんじゃないか」と驚く。

 智隆さんは「特殊な業種は続けていくことが難しい。甲冑の伝統を守り続けていくことが自分の使命だと思っている。販売するだけではなく、着用してもらうことで良さを広げていきたい」と話した。

大谷翔平選手のかぶとを制作した丸武産業の社内にある城や庭園=6月7日、鹿児島県薩摩川内市

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